第五章
並んでベッドに座るイレーヌさんの右手が、布の上から、大胆に俺の肉棒をまさぐっている。
俺は、荒く息をつきながら、イレーヌさんのまとうナイトガウンの肩紐を、横にずらした。
呆気ないほどにあっさりと、たわわな両の乳房が剥き出しになる。
俺は、思わず生唾を飲み込みながら、白く豊かな胸の膨らみに、両手を重ねた。
そして、ずっしりとした柔らかな重みを指に感じながら、すくい上げるように左右の乳房を揉む。
「あ、あん……」
イレーヌさんが、可愛らしい声をあげながら、体をよじる。
服がずり落ち、目に映るきめ細かな肌の面積が徐々に増えていくのを見つめながら、俺は、手の平からこぼれ落ちそうなほどに大きなその乳房を、さらに揉み続けた。
「あ、あぁっ……あふ……だ、だめです……そんなにされたら……んううっ……」
イレーヌさんの肌が、まるで瑞々しい桃の実のような、ほんのりとしたピンクに染まっていく。
「はぁ、はぁ……ああぁ……もう許してください……んくうっ……」
「そ、その……嫌ですか?」
そう訊きながらも、しつこくイレーヌさんの胸を揉む俺。
「い、嫌じゃありません……でも、でも……このままだと……あうっ……わ、私だけ、恥をかいてしまいます……」
恥ずかしそうにそう言ってから、イレーヌさんは、ズボン越しに、ぎゅっ、と俺の勃起を握り締めた。
「あうっ……」
わずかな痛みを伴った甘美な感覚に、思わず、胸から手を放してしまう。
「はぁ、はぁ……お、お返し、しちゃいます……」
イレーヌさんが、まるで滑り落ちるような動きで、じゅうたんの敷かれた床に膝をつく。
その位置は、ベッドに腰掛けたままの俺の、脚と脚の間だ。
「トール様……」
ナイトガウンから胸をはだけさせたままのイレーヌさんが、俺のズボンに手をかけ、震える指でボタンを外す。
そして、竪琴を優雅につま弾くのが似合うその白い指が、膨れ上がった俺の肉塊を、外に取り出した。
「あぁ……すごい……」
イレーヌさんの熱い吐息が、剥き出しになった俺の肉棒の表面をくすぐった。
夢見る少女のような顔で、イレーヌさんが、浅ましく静脈を浮かせたペニスを見つめている。
幼さと淫らさが奇妙に同居したその表情に、俺のそこは、ますます堅く大きくなっていった。
「トール様……素敵です……」
濡れた声でそう言ったイレーヌさんの唇が、張り詰めた亀頭の表面に近付く。
期待と、そして、まさかと思う気持ちとが、俺の胸の内を焦がす。
そんな俺の表情をちらりと上目使いに見てから、イレーヌさんは、その大きな目を閉じた。
そして、ピンク色の花びらのような唇が、俺のペニスの先端にかぶさる。
「あうっ……」
これまで味わったのと全く違うタイプの快感に、俺は、思わず声を漏らした。
イレーヌさんが、肉棒をさらに深く咥え込み、ぬめぬめとした感触が、ペニス全体を徐々に包み込んでいく。
俺の肉棒が、イレーヌさんの口の中で、ヒクヒクとうごめいてしまうのを、感じた。
「ん……んん……んぶ……ちゅぶっ……」
形のいい鼻を俺の下腹部に押し付けるような感じで、イレーヌさんが、ペニスを喉奥まで飲み込んだ。
肉幹の腹に当たったイレーヌさんの舌が、ウネウネと動く。
そうしてから、イレーヌさんは、ゆっくりと頭を引いていった。
「ん……んむ……んぷ……んむむ……」
唾液に濡れたシャフトが、イレーヌさんの可憐な口から現れ出る。
そして、亀頭を口に浅く含むようにしたイレーヌさんが、先端を、舌でチロチロとくすぐった。
「あ、あっ、あく……んううっ……」
自然と、俺の口から声が漏れる。
鈴口から、ぴゅっ、ぴゅっ、と先走りの汁が溢れ出るのを、止めることができない。
イレーヌさんは、それを嫌がることなく、白い喉を上下させて飲み込んでくれた。
「んっ、んむ……ちゅぶぶ……んちゅ……ちゅぷ……ちゅぶっ……」
イレーヌさんが、ペニスを半ばまで口内に収め、シャフトに舌を絡み付かせる。
ひとしきりそうしてから、今度は、唇を前後にスライドさせ、肉竿を扱き始めた。
「んむっ、ちゅぶぶっ、ちゅぶ、ちゅぶぶ、ちゅぷっ……ちゅっ、ちゅむっ、ちゅぶぶ……」
淫らに湿った音が、イレーヌさんの口元から漏れる。
俺は、あまりの快感に茫然としながら、犬のように喘いだ。
「んむ、んむむ、ちゅぶっ……ちゅぶ、ちゅぶぶ、じゅぷ……んちゅっ、ちゅぶぶぶぶ、ぷはっ……はふ……」
もはや暴発寸前の俺の肉棒から、イレーヌさんが、一時、口を離した。
そして、まるでキャンディーを舐める子供のように舌を突き出し、唾液まみれの俺のペニスを舐めしゃぶる。
「ちゅぶぶ、ぺちゃ、ぺちゃ、ぺろっ……ちゅむむむ……れろ、れろ、れろろ……れるるるるっ、れろぉ〜っ」
イレーヌさんが、まだ濡らし足りないとでも言うように、たっぷりと唾液を乗せた舌を、俺の肉棒になすりつける。
俺は、下半身がドロドロにとろけてしまいそうな錯覚を感じながら、ぎゅっとシーツを握り締めた。
ペニスが、びくっ、びくっ、としきりにしゃくりあげている。
「トール様……がまんなさらないでください……」
そう言ってから、イレーヌさんが、俺のペニスの根元に手を添え、再び亀頭を口に含んだ。
「んむっ、ちゅぶっ、ちゅぶうっ……あふ……わらひ……トールひゃまに気持ひよくなってほひいんれす……んむっ、ちゅぶぶ、れる……ちゅぶぶぶっ……らから、がまんなさらないれ……」
イレーヌさんが何か言うたびに、ヒラヒラと踊る舌が、さらなる性感を煽る。
「で、でも……このままだと、イレーヌさんの口に……」
「はい……どうろ、わらひのくひに……いっぱい、いっぱいらひてください……ちゅぶ、ちゅぶぶぶっ、じゅぶぶっ、じゅずずずずっ……!」
イレーヌさんが、俺の肉棒をぐっと咥え込み、啜りたてる。
わずかな痛みを伴った強烈な快感が、俺の忍耐を電撃のように打ち砕いた。
「あっ……出る……ホントに……ホントに出るっ……!」
「じゅずずっ、じゅぶ、じゅぶぶぶっ……じゅずっ、じゅずずっ、じゅるるるるるっ!」
「うッ……!」
ドブッ! と、こらえにこらえていたザーメンが、イレーヌさんの口の中で弾けた。
さらに続けて、ドビュッ、ドビュッ、と激しい勢いで精液が迸る。
「んぐ、んぐっ……うぐ……んっ……んぶぶ……んくっ、んくっ、んくっ……」
イレーヌさんが、射精を続ける俺の肉棒をキュッと唇で締め付け、口内に溢れる大量のザーメンを飲み干していく。
俺は、その様を、ほとんど感動に近いものを覚えながら、見つめていた。
「んむむむむっ……んふ……はふぅ……たくさん出されましたね、トール様……」
俺のペニスから口を離したイレーヌさんが、指先で上品に口元を拭う。
その頬は、羞恥と、そして興奮に、赤く染まっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息をつく俺の目の前で、イレーヌさんが立ち上がる。
そして、その体に辛うじてまとわりついていたナイトガウンを、するりと脱ぎ捨てた。
今、イレーヌさんがまとっているのは、シルクらしき、レースのあしらわれた純白のショーツのみだ。
細い首、なだらかな肩、たわわな乳房、くびれた腰、豊かなヒップ、そして、すらりとした脚――
眩しいくらいの裸身に、俺は、しばし見とれてしまった。
「トール様もお脱ぎになってください……」
そう言って、まるで、小さな弟の世話をするお姉さんのように、俺の服のボタンに手を伸ばし、一個一個、外していく。
俺はと言うと、すぐ目の前に迫ったイレーヌさんの巨乳の谷間に視線を吸い寄せられ、要するに、されるがままだ。
「うふ……」
そんな俺に、イレーヌさんが、優しい笑みを向ける。
いつの間にか、俺は、イレーヌさんによって裸に剥かれていた。
「トール様……」
イレーヌさんが、覆いかぶさるような感じで、俺に抱きついてくる。
俺は、イレーヌさんの背中に腕を回し、その唇に口付けした。
「んっ……ちゅぶっ……んふ……んふぅん……ちゅっ、ちゅぶっ、ちゅぷっ……」
キスを繰り返し、首筋に唇を這わせてから、乳首を口に含む。
その時、イレーヌさんは、俺の腰に大胆に膝で跨がるような格好になっていた。
もうとっくに勃起を回復させているペニスに、ショーツに包まれたイレーヌさんの恥丘が押し付けられる。
心地よい圧力にさらに肉棒を堅くしながら、俺は、イレーヌさんの乳首を強く吸った。
「あううっ……! あっ、ああっ、そ、そんなに……あくうっ……!」
たちまち堅くしこった乳首を、舌でねぶる。
しばらくそうしてから、俺は、反対側の乳首を咥え、チュバチュバと音をたてて吸いたてた。
そうしている間も、空いている方の乳房を、指を食い込ませるようにぐにぐにと捏ね回す。
手の平に当たるイレーヌさんの乳首が、ますます勃起していくのが分かった。
「ああっ、あん、あぁん、だめです……あああっ、そんな、胸は、胸はもう……んううっ、ああああぁン……!」
イレーヌさんが、込み上がる快感に耐え切れなくなったように、クネクネと腰を動かす。
じっとりと何かに濡れたショーツの薄い布地が、俺のペニスを激しく擦る。
さっき、イレーヌさんの口に出してなかったら、俺は、間違いなく射精してしまっていただろう。
「ハァ、ハァ……ト、トール様……お、お願いです……私は……私はもう……」
喘ぎ混じりの声で言いながら、イレーヌさんが、その大きなお尻をますますもじつかせた。
「あ、あの……欲しい……欲しいんです……お願いですから……どうか……」
「俺も……イレーヌさんの中に入れたいです……」
ふやけるほどに舐めしゃぶった乳首から口を離し、正直に言う。
と、イレーヌさんが、少し腰を浮かしてから、まるでショーツを脱ぐ間も惜しいという感じで、その布地を横にずらした。
愛液に濡れて肌に張り付いた繊細な恥毛の下で、イレーヌさんの秘唇がヒクヒクと息づいている。
俺が肉棒の先端をそこに当てると、イレーヌさんは、ゆっくりと味わうように腰を落としていった。
「うっ……あ、あううっ……すごいです……ああぁっ、おっきい……」
みっしりとした濡れた肉の感触が、俺のペニスを包み込んでいく。
やがて、俺とイレーヌさんの腰がぴったりと重なり、肉棒は根元まで膣内に飲み込まれた。
「は、はふ……ああぁ……お腹の中、いっぱい……」
うっとりとした口調で言いながら、イレーヌさんが、俺にしなだれかかる。
俺は、イレーヌさんの体重を心地よく感じながら、その大きなお尻に手を添えた。
そして、手の平に吸い付くような感触を味わいつつ、最初は緩やかに腰を動かす。
「んあっ……あ、あふ……あん……あぁん……トール様のが……あっ、ああっ、あく……ああン……」
イレーヌさんが、甘い喘ぎを漏らしながら、その体を悶えさせる。
イレーヌさんの動きに合わせて、ペニスに密着した膣肉がうねり、新たな快感を紡いだ。
「はぁ、はぁ……トール様……んんっ……き、気持ちいい、ですか……?」
「はい……す、すごく……っ」
答える俺の声に、快楽のうめきが混じる。
「嬉しい……もっと……もっと感じてください……あふっ、あん、あうぅん……私も……私もぉ……あああっ……!」
イレーヌさんが、俺の肩に手を重ね、自らも腰を動かし始めた。
幾重にも重なった肉ひだが、さらに大きなストロークで俺のペニスを扱きたてる。
「あううっ……あっ、あはぁっ……すごい……中で……中でおっきくっ……あン、あぁン……!」
高まる快感が肉幹をさらに膨張させ、摩擦の刺激をより鮮烈なものにする。
俺は、両手をシーツについて体を支えながら、イレーヌさんの動きに合わせて、下から腰を突き上げた。
「ひうっ! うっ、うああっ、あぁン! 奥にっ……奥に、来てますっ……! あふっ、おっ、おふぅ……! うあああっ、もうダメ! イ、イキそうです……あぁん、イキますっ! イキますうっ!」
追い詰められたような声を上げながら、イレーヌさんが、俺の首に腕を回し、抱き着いてきた。
たわわな乳房が俺の胸に押し付けられ、堅く尖った乳首がこすりつけられる。
ペニスの先端にコリコリとした感触が当たるのを感じながら、俺は、ひときわ強く腰を使った。
「んひぃーっ! あああああ! イク、イク、イク、イク、イクぅーッ!」
高い声を上げて、イレーヌさんが、俺にしがみついたまま、白い喉を反らす。
ぎゅーっと締め付ける膣肉に抗いきれず、俺は、そのままイレーヌさんの胎内に大量に射精した。
「ひあああっ! あはっ、あはあぁっ! すごいっ……出てるぅ……トール様のが……あああ! イキます! またイちゃいますぅ! イ、イ、イ、イっちゃうぅうううううううううう!」
びゅくっ! びゅくっ! と迸るザーメンが、イレーヌさんの膣奥に叩きつけられる様を、幻視する。
一度目よりも鋭く激しい絶頂感に、俺は、脳髄を痺れさせた。
「あおおぅ……お、おふぅ……ふは……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ぐったりと全身を弛緩させたイレーヌさんが、俺にもたれかかってくる。
ひくっ、ひくっ、と震えるイレーヌさんの背中を、俺は、半ば無意識のうちにまさぐった。
「はぁん……ああぁ……トール様……はふぅ……」
満ち足りた感じのイレーヌさんの吐息が、俺の首筋をくすぐる。
快楽の余韻に茫然となった俺の視界の隅で――壁にかけられたサタナエルの剣が、一瞬、身じろぎしたように思えた。
「透、何かいいことあったの?」
玄関から出てきた仏頂面の芙美子は、開口一番、俺にそう言った。ちなみに、そろそろ初夏の陽気が眩しい昨今、芙美子のスタイルは上が体操服で下がジャージという感じに落ち着いている。
「あ、いや、別に」
俺は、意識して表情を引き締めた。
実は、ここのところ何だか妙に夢見がいいような感じなのだが、その内容となると、ちょっと芙美子には言いづらい。
何しろ、金髪ボインなお姫様とただならぬ関係を重ねているという、あまりにも男の欲望ジャストミートな夢なのだ。
とは言え、そういう夢をどれくらい連続で見ているかとなると、これはちょっと心もとない。だって、普通、二日や三日も前の夢の中身なんて覚えてないだろ?
ただ、漠然と、同じ舞台の夢を見続けているような、そんな記憶がある。
気合を入れれば、もっと詳しく細部を思い出せるような気もするんだが、少なくとも、芙美子の目の前でそれは避けたい。いつかのようにニヤケ男として認定されるのがオチだ。
と、そんなことを考えていたため、俺は、芙美子が大荷物を抱えていることに気付くのが遅れてしまった。
「何だそりゃ?」
俺は、芙美子が右手に下げてる市指定の大きなゴミ袋を指差した。半透明なポリ袋の中身が、大きくて四角くて、そして堅いものであることが見て取れる。
「トレス台」
短く、芙美子が答える。
「トレス台ってーと、あれだよな。中に蛍光灯の入ったお絵描き台」
「そう。家に置いておけなくなったから」
「どうしてだよ」
「お父さんが帰ってきた」
芙美子の簡潔な物言い、俺は、しばし返す言葉を探した。
芙美子の親父さんは、今どき珍しいほどの堅物らしい。趣味や娯楽の類いに対して、ことごとく否定的で、漫画なんてものには全く価値を認めていないとのことだ。だから、芙美子や芙美子のお姉さんが趣味で漫画を描くことに対して、どんな態度で臨んでいるのかは、これは想像に難くない。何でも、芙美子のお姉さんがわざわざ都心で下宿してるのも、実際は、漫画を描くための場所が欲しかったからではないかということだ。
一方、芙美子は一介の高校生であり、家を離れて暮らすなんてことができるわけがない。それに、芙美子が親父さんに何事かを主張するには、つい先日の一学期中間テストの成績がかなりアレだったことも事実である。
それでも、芙美子がこれまで自宅で漫画を描いていられたのは、芙美子の親父さんが、これまで単身赴任に行っていたからだった。要するに、鬼のいぬ間の洗濯って奴だ。
「えーと、なんだ、そのー、まあ、ともかく……」
「変な慰め方しないでよね。あ、あと、お父さんのこと悪く言うのも禁止」
芙美子の言葉に、俺は、言葉を失ってしまう。だって、こういう場面だと、普通は親の悪口に雪崩れ込むのが普通だろ?
ただ、この反応は、ある程度予想できたことだ。芙美子は、別に親父さんのことを嫌っていない。そりが合わない部分が大いにあることは事実だが、それでも、心の中では尊敬しているらしい。実際、漫画を描くことに反対する以外は、厳しいところはありつつも家族思いのいいお父さんなんだそうだ。芙美子がウチの学校に入学できたのも、親父さんがつきっきりで勉強を見てくれたかららしい。それに、学生の本分は勉学である、という芙美子の親父さんの信念は、まっとうすぎるほどまっとうな正論でもある。
そもそも、親の悪口って、自分では平気で言えても、人に言われるのは嫌なもんだしな。
「それにね、別に、漫画やめるわけじゃないから」
「え?」
「トレス台は部室に運ぶの。お父さんには、捨てるってウソ言ったから、こんな袋だけど」
「ああ、なるほどな」
ようやく合点がいった。大事な漫画の道具――それも、トレス台なんて値が張るものを捨てるにしては、妙にあっさりしてると思ったんだ。
他人事のはずなんだが、ほっと一息つく。だいたい、漫画を描くことを諦めた若葉芙美子なんて、これはもう俺の知ってる芙美子じゃない。
「家で本格的に作業できなくなるのは痛いけど、しかたないわ」
「ま、これで、家で夜更かしすることはなくなったわけだ」
「そんなことないわよ。家ではネームを集中的にやることにするから」
ネームというのは、漫画の粗い下書きのようなものだ。確かに、それなら親父さんに隠れてやってもバレることはないだろう。
「お前、ホントに漫画バカだな」
「悪い?」
挑戦的な表情で、芙美子が俺を睨む。
その顔が、朝日のせいか、やけにまぶしく感じられた。
「――重いだろ。運んでやるよ」
俺は、そう言って、芙美子の返事を待たずに、トレス台の入ったゴミ袋を持ってやった。うん、大きさから想像されるほどじゃないけど、やっぱ重い。
「あ、いいってば」
「いいこたないだろ。こんなのお前が運んでたら、絶対に遅刻になるし」
芙美子の抗議を無視して、俺は駅への道を歩き始めた。
「もう、お節介」
芙美子が、唇を尖らせて言った。
そうしてから、なぜかそっぽを向いて、俺の隣を歩き始める。
「――ありがと」
まるで、俺に聞かれるのを怖がってるみたいな、小さな声。
人に礼を言うときは、一般的に、聞き取りやすい大きな声で言うべきだと思うんだが、なぜか、そう指摘しないでおく。
こちらを見ないようにしている芙美子の頬が、ほんのりとわずかに朱に染まっていて――あ、いや、こんなことは関係ないな。
ともかく、この日から、漫画研究会部室である印刷室は、芙美子の作業場として、ますます設備を充実させていくのである。
王宮の天蓋付きのベッドから起き、顔を洗うために鏡を覗くと、あの、サタナエルの逆さまの顔が現れた。
「おはようございます」
サタナエルが、秀麗なその顔ににこやかな笑みを浮かべる。
「昨夜もまたお楽しみだったようですね」
「――お前、見てたのか?」
俺は、視線をできるだけキツいものにして、鏡の奥の顔を睨み付けた。
「目の前でああも悩ましい風景が展開されると、どうしても注視してしまうというものです」
「今度イレーヌさんが部屋に来たら、お前はトイレに仕舞っておいてやる」
「……ま、別に構いませんけどね」
サタナエルが、逆さまなまま、気障ったらしく肩をすくめた。
「それにですね、私だけではありませんよ」
「何?」
「何度か、何者かがこの部屋を外から覗いている気配があったのですよ」
涼しい笑みを浮かべたまま、サタナエルがそんなことを言う。
「誰が?」
「そこまでは分かりませんでした。ともあれ、あまり夢中にならない方がよろしいかと」
例によって、ぜんぜん皮肉げな口調でないところが、かえって皮肉っぽい。
とは言え、イレーヌさんはこの国の王女様なんだし、それに嫁入り前の身でもある。いろいろ、用心しなくてはならないだろう。ゼルナさんに、お嫁にあげる、みたいなことを言われたせいか、ちょっとそこらへん、不注意になっていたかもしれない。
まあ――こいつの言ってることが本当なら、だ。
と言うのも、俺のあてがわれた部屋は王宮の二階に位置しているし、ベランダはあるものの、そこは他の部屋にはつながっていない。そもそも、夜には、窓に厚いカーテンをかけている。そして、分厚いドアには、きちんと鍵も忘れずにかけてきたはずだ。
なのに、誰が、どうやって覗きなんてするのか――デバガメ野郎は、結局、このサタナエルだけなんじゃないのか?
どうもこいつは、平気な顔でウソをつきそうに思える。
まあ、これは、文句のつけようのないハンサム顔に対するひがみかもしれないが……だが、やっぱり、この端正な顔の奥に、どんな思惑を秘めているのか、それを窺い知ることは相当に難しいように思える。
となると、やっぱり、直接尋ねた方が手っ取り早いな。
「――ところで、聞きたいことがあるんだが」
「何なりと」
サタナエルが、俺に微笑みかける。
「お前と、お前の前の持ち主――オルニウスだっけ? そいつとの関係を知りたいんだ」
「関係、と言われても、漠然とし過ぎてますが」
「つまり――」
俺は、かねてよりの疑問、というより疑惑を、口にする。
「お前の正体って、もしかして、魔剣に取り憑いてるオルニウスの霊なんじゃないか?」
「……そうであるとも言えますし、そうではないとも言えますね」
あっさりとサタナエルが言う。
「何だって?」
「オルニウスの存在は、サタナエルという人格の核の一つではありますが、イコールではありません。私は形而上的存在なので、例えば、今しているようにヒトと会話をするために、ヒトとしての要素を必要とするのです。容姿や声音、態度や口調など、そういった具象に属するものを定めるための非物質的形質――情報と言ってもいいですが、それを、かつて私の所有者だったある流浪の王子から幾分か拝借しているわけです」
立て板に水、といった調子で繰り出される言葉の奔流に、俺は、いともたやすく煙に巻かれてしまう。
「そういうわけで、あなたがイレーヌ王女と関係を結んだことに、何か私が動揺していると懸念しているなら、それは杞憂ですよ。いきなり私が――つまりサタナエルの剣が宙を飛んで、臥し所をともにするあなたとイレーヌ王女の体を貫き通すということはありませんので、どうぞご心配なく」
何が、ご心配なく、だ。動揺させようとしているとしか思えないぞ。そもそも、わざわざ自分から言ってくるところが怪しいし。
ま、ともかく、こいつとこのまま話をしていても、何か得る物があるとも思えない。
ただ――オルニウスという男の魂みたいなものが、少しでもあの魔剣に宿っているらしいということは、覚えていた方が良さそうだ。
俺は、そんなことを考えながら、話は終わりだ、という合図のつもりで、顔を洗い始めた。
いつもどおり部屋に運んでもらった朝食を平らげ、しばらく経ったところで、ノックの音がした。
「どうぞー」
声をかけると、メイドさんにしてはややがさつな感じで、ドアが開けられる。
「よう」
「おはよー、お兄ちゃん」
入ってきたのは、ニケとスウだった。何だか奇妙な取り合わせだ。
スウは、いつもどおり、ニコニコと屈託なくほほ笑んでいるが、ニケの褐色の顔には、どこか緊張した表情が浮かんでいる。
「北の国境が、黒騎士団の率いる軍勢に突破された」
前置き無く、ニケが言う。
「すでに、ハーデンとライアラス、あとワルーニの街が包囲されてる。まだ被害はさほどじゃないって話だが、今朝、王都まで救援要請が来た」
「急展開だな」
俺は、自分の声が堅くなっていることに気付いた。体の奥の方から湧き起こる戦慄は、取り敢えず、武者震いってことにしておこう。
何しろ、俺は、この国を守るために召喚された存在で、しかも伝説の魔剣の所有者でもある。こういう事態になれば、前線に出て行くのが当然で、俺もそのつもりでニケに剣を習っていたわけだ。
しかし――あの、いきなり土中から現れたゴブリンに腰を抜かした俺と、今の俺の間に、どれだけの差があるのか、まるきり見当がつかない。
これがRPGならパラメータを見れば一発なんだが、あいにく、どこを探しても、レベルや経験値の表示ウィンドは行方不明だ。
……それでも、出たとこ勝負で行くしかない。
「それで?」
俺は、こっそり深呼吸してから、ニケの言葉を促した。
「ああ、準備ができ次第、王宮騎士団は出動する。んで、もちろん、アンタにもお出まし願おうと思ってたところなんだが……」
ニケは、ちら、と傍らのスウに視線を移した。
「――お兄ちゃんも、ニケお姉ちゃんも、ここを動かない方がいいわ」
スウが、無邪気な表情のまま、不思議な調子で断言する。
「え?」
「場面展開にはまだ早いわ。舞台はまだここなの。だから、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、ここに残っていた方がいいの」
「いや、そう言われても……」
ニケに視線を戻すと、困惑げな色を浮かべた瞳と目が合った。
「スウは、予言をするんだ」
さらりと、ニケがすごいことを言う。
「もともと王家の血には、そういう力が宿ってるって話なんだよ。ま、アタシ自身はからきしなんだけど、イレーヌ姉さんやミスラなんかは、その血を強く受け継いでるって話でさ。でも、何だっけな、センザイノウリョク? それが一番強いのは、スウだって話なんだ」
「…………」
俺は、しばし絶句したまま、再びスウの顔を見つめた。
ここは、魔法と怪物が幅をきかせる世界だ。それは分かってる。
だが、いきなり、目の前の女の子が予言者なんだと言われても、それを飲み込むのには時間がかかるってもんだ。
「お兄ちゃん、信じてないんでしょー」
スウが、ソバカスの浮いた小さな鼻にしわを寄せ、唇を尖らせる。
「ん、えーっと……」
「信じた方がいいよぉ。今、この国はお兄ちゃんを中心に回ってるの。お兄ちゃんがセンタクシを間違えると、いきなりバッドエンドなんだから」
って、これが予言者のセリフか? もう少し厳かでないとありがたみが出ないと思うんだが。
だが、この状況下でニケがスウを伴ってここに来てるってことは、やはり、スウの予言とやらはそれなりに重要視されてるってことなわけだ。
「どうする? アンタは、別の世界の人間だ。アンタなりの考え方があるんだろ? だから、それを聞きたい」
俺の世界では、予言なんてものはうさん臭いもの、と相場が決まっている。俺自身も、テレビで分かったようなことを言っている占い師のオッサン&オバサンには、一片の価値も見出していない。
「――俺が、出発する騎士団の人達について行くって言ったら、どうする?」
「アンタと一緒に行くよ。腕を上げたとは言え、まだまだ心配だからな」
ニケが、苦笑いしながら即答してくれる。
「もう、そんなのダメなんだからね!」
一方、スウは、ちょっとムキになったように、俺を睨んだ。
「分かった……俺、ここに残るよ」
俺の言葉に、スウと、そしてニケまでもが、小さく安堵の吐息をつく。ニケのやつ、ずいぶんとスウの予言を信じてるんだな。
「予言のこともあるんだけど……今、北の街が3つとも包囲されてるって話だったよな。何だかそれが引っ掛かってさ」
「引っ掛かる?」
ニケが、きょとんとした顔で聞き返す。
「ああ。その、包囲されてる街って、互いにどれくらい離れてるんだ?」
「そうだな……蛇馬なら4日。竜馬でも2日ってところかな。歩兵となると、10日はかかるかも……」
「なるほど……」
俺は、前に頼んで壁に張り付けてもらった、ここアイアケス王国の地図を睨んだ。
「3つの街、王都からも、ずいぶん離れてるよな」
「ああ。辺境だからな」
「となると……やっぱ奇妙だぜ」
俺は、シミュレーションゲームで培ったなけなしの戦略眼を駆使しながら、考えをまとめていく。
「街を3つも包囲できるってのは、すごい大軍だ。だったら、わざわざ分散するのはちょっと変だろ。普通、その戦力を集中させて、一つでも街を占領しちまわないか?」
「あ……!」
「国境の街ってのは、やっぱり、城壁で囲まれてるんだろ? そういうところを包囲するのは簡単でも、陥落させるのは難しい。一方、ヘタに包囲なんてすれば、王都から援軍が来ることも予想できるはずだ。実際こっちはそうしてる。無視するわけにはいかないし、3つも同時に包囲されたなんてインパクトあるもんな。なのに、わざわざそんなことをしたって理由は――」
「陽動か! くそっ、気が付かなかった!」
ニケが、悔しそうな声を上げながら、靴の先で床を蹴る。
「もちろん、そうと決まったわけじゃないけどな。それに、本当に陽動だったとしても、狙いが何なのかは――」
言いかけて、俺は、スウに視線を向けた。
スウが、小鳥のように首をかしげる。
「狙いは、ここか? だから、俺やニケに残れっていうんだな」
「そんなの分かんないよぉ。スウは、予言するだけだもん。そのカイシャクはお兄ちゃんたちの仕事!」
「トール、王都は国のど真ん中だぞ。そこにいきなり軍勢を持ってくるんて、ちょっと不可能だろ」
「うーん……」
スウとニケの言葉に、俺は考え込んでしまう。
「……ま、ともかく、行くなっていうスウの予言には意味があるはずだ。それを信じようぜ」
「そうだな」
同意する俺に、ニケが、ニヤリと笑った。
「そうと決まれば、今日も鍛練だな。午前中はいろいろ騎士団の用事があるんで、午後から始めさせてもらうよ」
「ああ、よろしく頼む」
俺の返事に肯き、ニケが部屋を出る。
「お兄ちゃん、予言、信じてくれてありがとー♪」
手を振ってから、スウも、ニケの後について部屋から去っていった。
「さて、と――」
今のやり取りを頭の中で整理しようと思った時、また、ノックの音がした。
はて、ニケかスウが忘れ物でもしたのかな……?
「どうぞ」
声をかけると、先程よりはかなりおとなしく、扉が開く。
食事なんかを運ぶための銀色のワゴンを押しながら入ってきたのは、何と、ミスラだった。
「――部屋、間違えたのか?」
「間違えてなんかないよ」
むすっとした声で言って、ミスラが、部屋の中を見回す。
「姉上たちはいないんだね」
「ん、まあ、そうだけど……いったいどういう風の吹き回しだよ」
俺が記憶する限り、ミスラに部屋を訪ねられたことはおろか、友好的に話しかけられたことさえない。
「お茶の用意をしてきたの。前に僕の作ったお菓子を食べたいと言ってでしょ?」
「えーと、そうだっけか?」
「覚えてないの?」
きっ、とミスラが俺を睨む。
そう言えば、ニケと遠乗りに行った後、弁当の礼がてら、そんな会話をしたかもしれない。もちろん、社交辞令としてだが。
「ん、まあ、そうだったかもしれないけど、ともかくいきなりなんでびっくりしたんだよ。それに、今日は王宮の中も大変なんだろ?」
「北の国境の話だね。今のところ、僕には関係ないけど」
そう言ってから、ミスラが、無遠慮に部屋を横切り、テーブルの上にティーセットを並べる。って、マジでお茶会を始めるつもりかよ。
「それよりも、僕としては、君と話をしたいんだ。下手をすると、君はニケ姉上と前線に行っちゃうんだろ?」
「それについては、俺もニケもここに残ることになったんだけどな」
「そうなの?」
ミスラが、メガネの奥のオレンジ色の瞳を見開く。
そして、その目が、まるで値踏みでもするように、俺の顔と、部屋の壁にかけられているサタナエルの剣を、見つめた。
「だとしても、お茶とお菓子は味わってほしいな。せっかく用意したんだから」
「えーっと――ご馳走になるよ。遠慮なく」
時間は、ちょうど朝飯と昼飯の間くらい。お茶をするにはいい頃合いである。俺は、白磁のティーカップが前に置かれた椅子に腰掛けた。
「しかし、ワゴンまで自分で運んでくるなんて、王女様だってのにマメなんだな」
「そ、そうかな」
お茶の用意をしながら、ミスラが、かすかな動揺を声に滲ませる。
「ああ。俺のイメージだと、お姫様ってのは、お茶の用意は全部メイドさん任せって感じなんだが」
「言ったろ。君と話がしたかったんだよ。――二人きりでね」
ミスラが、鮮やかながらもやや緊張した手つきで、紅茶によく似た香り高い赤褐色の液体をカップに注ぐ。
俺は、何とも奇妙な感情を抱きながら、ミスラがお菓子の準備を終え、席に着くのを待った。
そして、まずは一口、カップの中のお茶を啜る。
今までこの王宮で飲んだお茶に比べ、ちょっと変な味だな、と思ったそのすぐあとで――俺は、一瞬にして意識を失ってしまった。