出たとこロマンサー



第二章



 俺がこの世界に呼び出されたとき、太陽は、ちょうど南の空の真ん中で輝いていたと思う。
 その太陽が、かなり西に傾き、森の中は、すでに薄暗くなっていた。
 だが、草の上に横たわり、服をはだけたイレーヌさんの体は、白く輝いているようだった。
 そんな、まるで陶器を思わせる綺麗な雪白の肌が、その向こうに透ける血の色で、ほんのりと染まっている。
 俺は、思わず溜め息をついてから、イレーヌさんの体に覆いかぶさり、そして、おっかなびっくりにキスをした。
「んっ……ちゅぶ……ちゅ……ちゅむ……」
 キスを続けながら、そのたわわな乳房に、右手を伸ばす。
 自分の指先が震えているのを意識しながら、俺は、イレーヌさんの左の乳房に、手の平を重ねた。
「んっ……!」
 ひくっ、とイレーヌさんが身をすくませる。
「あ、あの……」
 俺は、唇を離し、イレーヌさんの様子をうかがった。
「ど、どうぞ……そのまま、続けてください……」
 イレーヌさんが、顔を真っ赤にしながら言う。
 俺は、頷き、イレーヌさんの巨乳をやわやわと揉み始めた。
「あ、あっ……う……うン……あぅ……ああぁ……」
 喘ぎ声を漏らしながら、イレーヌさんが顔を背ける。
 自分よりも明らかに年上のイレーヌさんの反応が、すごく可愛いく思える。
 俺は、夢中になってイレーヌさんの胸を揉みながら、反対側の乳房に顔を寄せた。
 そして、ピンク色の乳首を、そっと口に含む。
「きゃうっ……!」
 舌先で乳首を転がすように舐めると、イレーヌさんの体が、ヒクヒクと震えた。
 左右の乳首が次第に勃起していくのを、唇と、そして手の平で感じる。
 俺は、イレーヌさんの両の乳首を、交互に吸った。
「はっ……あくっ……うっ、んっ、んあっ……あふ……あぁ、は、恥ずかしい……」
 イレーヌさんの声に、チュバチュバという卑猥な音が重なる。
 唾液に濡れた乳首を指先でクリクリといじると、そこは、さらに固くなった。
「イレーヌさん……」
 俺は、夢中になって、彼女の乳房を愛撫し続けた。
 手のひら全体でグニグニと揉みしだき、噛み付くような勢いで吸い立て、舌を長く伸ばして舐め回す。
 その様は、まるで、飢えた犬のようだったかもしれないが、しかし、そんなふうに自分を客観視する余裕なんて失ってる。
 そんな俺の股間に、イレーヌさんが、優しく、右手を重ねた。
「あぅっ……」
 その刺激だけで、危うく漏らしてしまいそうになる。それくらいに、甘美な感触だった。
「トール様のここ……とても苦しそう……」
 そう言いながら、イレーヌさんが、俺の股間をそっとさする。
 俺は、イレーヌさんに覆いかぶさった格好のまま、ヘナヘナと腰を抜かしかけた。
「あ、あの……がまんしないでください……どうか、トール様も……」
 そう言いながら、イレーヌさんが、スェットの下に手を差し込み、いきり立った俺のモノをまさぐる。
 羞恥と、そして情欲に、イレーヌさんの目許が染まっていた。
「イレーヌさん……」
 俺は、自らスェットの下とトランクスを脱ぎ、限界まで膨張している自らのモノをさらけ出した。
「あぁ……すごい……」
 思わず、という感じでそう言いながら、イレーヌさんが、俺のペニスを見つめた。
 その視線が、まるで、肉棒の表面をくすぐっているかのように感じる。
 俺は、体の奥底から湧き起こる切迫感に苛まれながら、一瞬、戸惑った。
 これから、どういうポジションを取ればいいのか、分からない。
 もちろん、ナニをドコに入れればいいのかという知識はあるのだが、そのために、自分の体をどこに置き、どういう姿勢になればいいのか、判断がつかないのだ。
 イレーヌさんの体の上で四つん這いになったまま、強烈な焦りを覚える。
 と、イレーヌさんが、くすりとお姉さんぽく笑って――そして、恥ずかしげに、そのうっとりするほど綺麗な長い脚を開いた。
「ど……どうぞ……」
 さすがに視線を逸らしながらも、イレーヌさんが、俺を誘う。
 俺は、イレーヌさんの脚の間に腰を置き、そして、彼女の股間を思わず凝視してしまった。
 頭髪と同じ、金色のヘアに飾られた恥丘と、その下で息づく、女性の秘めやかな器官。
 わずかに綻んだピンク色の肉の狭間から、透明な蜜が溢れていた。
 女の人がどういう時にここを濡らすのかは、もちろん、知っている。
 イレーヌさんが興奮しているのだという事実に、俺は、目が眩みそうなほど、興奮した。
「あ、あんまり見つめないでください……」
 イレーヌさんが、自らの股間を隠そうと両手を泳がせてから、そのまま、恥ずかしそうに顔を覆う。
 俺は、その仕草に、ほとんど我を忘れてしまった。
 イレーヌさんの体にのしかかり、肉棒の先端を、クレヴァスに押し付ける。
 イレーヌさんは、手で顔を隠したまま、そっと腰を持ち上げ、俺の挿入をサポートしてくれた。
 俺は、そのまま、腰を進ませた。
「あああっ……!」
 イレーヌさんの唇から、声が漏れる。
 そして、予想外なまでの熱く柔らかな感触が、俺のペニスを包み込んでいた。
「あ、あうっ……んああぁ……トール様……」
 イレーヌさんが、下から腕を伸ばし、俺の背中に回す。
 俺は、ハァハァと喘ぎながら、ぎくしゃくと腰を動かし始めた。
 かつて経験したことのない種類の摩擦と圧力が、渾然一体となって、俺の腰をとろかさんばかりの快楽を紡ぎだす。
 あっというまに射精してしまってもおかしくないくらいの快感をどうにか耐えながら、俺は、徐々にピストン運動をスムーズにしていった。
「んううっ……あうっ、あっ、あううぅン……あぁ、すごい……すごいです……あっ、ああっ、あっ……んああっ……!」
 俺の体の下で、イレーヌさんが、声を上げながら悶えている。
 自分の動きが、彼女のこの反応を引き出しているのだと思うと、それだけでペニスがさらに膨れ上がった。
「あああっ……そんな……ハァ、ハァ……まだ大きくなるなんて……あうううっ……あン、あはっ、ああぁン」
 いつしか、イレーヌさんは、自らも腰を浮かし、クネクネと動かしていた。
 ネットリとした感触が肉竿に絡み付き、さらなる快感を演出する。
 俺は、自分の置かれている状況をほとんど忘れかけながら、腰を使い続けた。
 これ以上はないというほどに敏感になったペニスを刺激する、イレーヌさんの体内の温度と感触。それが、俺の脳みそを飽和させている。
 そんな俺に、イレーヌさんが、下から口付けてきた。
「んっ、ちゅむっ、ちゅぷ……はぁ、はぁ……あぁ……トール様ぁ……んふ……うふン……ちゅむむむっ……」
 大きな瞳をうっとりと閉じ、甘く鼻を鳴らすイレーヌさんの唇を、文字どおり、貪る。
 体と体をぴったりと重ね、俺とイレーヌさんは、まるで一つの生き物のように動き続けた。
 スェットの上を着たままなので、肌を直接感じることができないのがもどかしい。
 だが、一度体を離して服を脱ぐということに思い至ることができないほど、俺は、興奮の極みにいた。
「んちゅっ、ちゅぶ、ちゅぷ……んんん……ぷはっ……あぁ……トール様……私……私、もう……ああああっ……!」
 再び開いた瞳を涙に濡らしながら、イレーヌさんが、切迫した声を上げる。
 俺は、イレーヌさんの両肩に指を食い込ませるようにしながら、ひときわ大きく腰をピストンさせた。
「ひあああっ! あうっ、あっ、あああぁン……奥まで……奥まで来てるっ……うっ、うあっ、ンあああああああっ!」
 自分のペニスの先端が、イレーヌさんの最奥部を叩いているのが分かる。
 そして、この暴力的なまでの抽送が、イレーヌさんの性感を追い詰めつつあることを、俺は、獣じみた直感で察していた。
「あぁっ、あぁーっ、ああぁーっ! もうダメ、ダメですっ! あひっ、あひいいっ、い、いひぃ……イク、イクっ、イクぅーっ!」
 ぎゅーっ、と膣肉が俺のシャフトを握り締める。
 俺は、ぎゅっと閉じた瞼の裏に星が舞うのを感じながら、体内に高まった強い圧力を解放した。
「あああああああっ! イ、イ、イキます! イク、イク、イクうううううううぅ〜!」
 高みに昇り詰めたイレーヌさんの膣内で、ビュクッ、ビュクッ、と肉棒がおののく。
 その度に大量の精液が迸り、電流のような快楽が、俺の全身を痺れさせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 全力疾走の後のように息をつきながら、イレーヌさんの上に倒れ伏す。
 イレーヌさんの体は、絶頂の余韻に、ひくん、ひくん、と震えていた。
「…………」
「…………」
 互いに無言のまま、体を重ねる。
 いつの間にか、西の空は赤く染まり始め、そして、東の空では気の早い星が瞬き初めていた。
「…………?」
 今まで存在を忘れていた、あの白い竜馬の視線を感じる。
 視線をそちらにやると、そいつは、賢そうな赤い瞳を、俺に向けていた。
 まるで、いつまでも自分の主人の上に乗っかっている俺を非難するような目付きだ。
「す……すいません……」
 俺は、名残を惜しみながら、イレーヌさんから離れた。
「いえ……私こそ、重ね重ねご迷惑を……本当に、申し訳ありませんでした……」
 そう、小さく言いながら、イレーヌさんが袖に腕を通す。
 まるで、何かを後悔しているような、その愁いに満ちた表情に、俺は、ズキリと胸を痛めた。
 ――無理もない。さっきのことは、イレーヌさんの本意ではなかった。あのランズマールとかいうやつのせいで、おかしくなってただけなのだ。
 だと言うのに、俺と来たら――
 トランクスと、スェットの下をいそいそと履きながら、猛省する。
 そ、その時、竜馬がピンと耳を立て、あらぬ方向を向いた。
 かすかに、遠くから声が聞こえる。
「あれは……」
 身繕いを終えたイレーヌさんが、その顔に明るさを取り戻す。
「姉上……姉上……!」
「姉さん、いるんだったら返事しろー!」
 それは、どうやらイレーヌさんを探す声のようだった。
 えーと、姉上とか姉さんとか言ってるけど……声からすると二人とも若い女だな。つーことは妹さんか? となると、イレーヌさんが第一王女だって話しだし、二人とも王女ってことになるよな。
「ニケ、ミスラ、私はここです!」
 イレーヌさんが、そう呼びかける。
「――ああ、ここだったのかぁ」
「心配しましたよ、姉上」
 そう言いながら、二人の女の子が、赤と青の竜馬に乗って現れる。
 赤い竜馬に乗っていたのは、俺と同い年かちょっと年上、って感じで、肌は褐色、ストレートの長髪は漆黒だ。凜とした表情を浮かべる顔は、しかし、イレーヌさんとはあまり似ていない。似てるところといったら、胸が大きいところくらいだろうか。
 一方、青い竜馬に乗っていたのは、銀色の髪を少年みたいに短く切った、俺よりちょっと下くらいの少女だった。瞳は不思議なオレンジ色で、楕円形のレンズのメガネをかけている。そして、この子も、小柄な体系のわりに胸が大きい。えーと、そういう家系なんだろうか。
 二人は、それぞれの竜馬から降り、俺とイレーヌさんに歩み寄った。
「――誰だ、君は」
 銀髪の子の方が、うさん臭げに、メガネの奥から俺を睨む。
「ミスラ、無礼な口の利き方はおやめなさい。この方こそ、魔剣に選ばれた伝説の勇者様なのですよ」
「えーっ? 本当に召喚できたのかよ。姉さんもなかなかやるなあ」
 そう言って、黒髪の子が、俺に男前な表情で笑いかける。
「はじめまして! アタシは、ニケ・イニス・アイアケア。めんどくせーだろうから、ニケって呼んでくれ。で、アンタの名前は?」
「ああ、えっと……トール・マクライ」
 彼女――ニケの勢いにやや押されつつ、そう答える。
「ふーん。しかし、変わったカッコしてんなあ。確かに異世界の人間て感じだ」
 しげしげとスェット姿の俺を見ながら、あけっぴろげな口調でニケが言う。
 うー、何か微妙に決まりが悪いぞ。何しろ、ついさっきまで、この子のお姉さんとナニしてたわけだしなあ……。
 見ると、イレーヌさんも、何だかそわそわしてるような感じだ。
「姉上」
 ミスラが、イレーヌさんに声をかけた。
「もしかして、この男を王宮に連れていくのですか?」
「え……ええ、もちろんです」
「ということは、この男は、我が王国のために戦うことを姉上に誓ったのですね?」
「いえ……それはまだですけど……」
 イレーヌさんが言いにくそうに口ごもる。
 ミスラは、そのオレンジ色の瞳を、俺に向け、それから、白い竜馬の鞍にくくりつけられたサタナエルの剣に視線を移した。
「姉上には申し訳ないのですが――」
 ミスラが、くい、とメガネをずり上げてから、言葉を続ける。
「僕は、この男を王宮に招くのは反対です」
 おやおや、僕、ときやがったか。メガネっ子でボクっ子とは、マニアックだね。
 思わず苦笑いしていると、ミスラが、きっと俺を睨み付けた。
「何がおかしい」
「いや、別におかしくはないけど」
「ならば、そういう不真面目な顔はやめてくれ」
 つっけんどんに、ミスラが言う。一方、ニケの方は、そんな妹の様子を、面白そうに見ていた。
「ミスラ、理由もなしにこの方を侮辱するのはおやめなさい」
 イレーヌさんが、精一杯、って感じの厳しい声を上げる。
「理由はあります。もともと、僕は、あの剣を触媒に召喚を行うことには反対でした」
 そう言って、ミスラが、サタナエルの剣を指さす。やれやれ、俺、どうもコイツには歓迎されてないみたいだな。
「あれは、魔剣――まさに悪魔の剣です。その魔剣が選んだ人間が、はたして善なる存在であるか否か、それは誰にも保証することができません。もしかすると、かの熾皇帝ロギと同じ種類の輩であるかもしれないのですよ」
「ミスラ、それは言い過ぎです。それに、この方は、ロギの四天王の一人である闇司祭ランズマールを倒し、私を救ってくださったのですよ」
「おお、スゲエ」
 そう声を上げたのは、ニケだった。
「アンタ、マジであのオッサンをぶっちめたのか?」
 馴れ馴れしくこっちの肩なんか叩きながら、ニケが訊いてくる。
「あ、ああ。半分以上は、魔剣とやらの力なんだろうけど」
「にしたってエライ話だよな。何しろ、アンニャロは不死身ってことになってたんだから」
「そうなのか?」
 俺としては、夢中で剣を振り回してるうちに相手が自滅したって認識なんだが……まあ、ともかく、あんまり謙遜してもイレーヌさんの立場が悪くなるだけだろう。
 それに、俺があの触手の戒めからどうにか抜け出すことができたのは事実なわけだし。ま、自分でもどうしてそういうことができたのかサッパリなんだが。
「王国に仇なす者を成敗しただけでも、お城にお呼びして歓待する理由にはなります。違いますか?」
 イレーヌさんの言葉に、ミスラが、まるで威嚇するネコみたいな顔になって、俺を睨む。
「――ま、ここは姉さんの勝ちだな。コイツの扱いについては、母さんに決めてもらおうぜ。アタシとしちゃ、強い戦士は大歓迎なんだ。ぜひともウチの騎士団に欲しいね」
 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ニケが言った。
「獅子の身中にわざわざ虫を招くことにならなければいいんですけどね」
 あくまでトゲのある口調で言ってから、ミスラが青い竜馬に再び跨る。
「――あんま気にしないでくれよな!」
 さすがに憮然としている俺の肩を、どん、と後ろからニケがどやすように叩いた。
「あれでなかなか可愛いトコもあんだよ。ただ、最近はイロイロあって神経質でね」
「いろいろ?」
「ま、そこらへんは、落ち着いてからおいおい話すさ。さ、行こうぜ」
 そう言って、ニケも、自らの赤い竜馬に飛び乗る。
 そして、俺たちは、赤、白、青の竜馬に乗り、城への道を進んだのだった。



 暮れなずむ空の下、森を出て、なだらかな丘陵地帯を抜ける。
 そして、俺たちが、城に到着したころは、もう空は真っ暗になっていた。
 城といっても、ただ城郭が野っぱらの上に建ってるってわけじゃない。見上げるような石組みの城壁に囲まれたでかい街の中に、王宮らしき建物があるという、そういう場所だった。
 そんな城壁の裏手に回り、意外と小さな出入り口から、王宮の敷地に直接入る。すると、衛兵らしき人たちが集まってきて、俺達を出迎えた。
 ニケとミスラが竜馬から降りたので、俺もそれにならい、そして、イレーヌさんが降りるのに手を貸す。
 三頭の竜馬が厩舎に連れていかれるのをぼんやり見ながら、俺は、とりあえずサタナエルの剣を剥き出しのまま持った。
 それからは、あれよあれよという感じだった。衛兵やメイド、果ては騎士や貴族らしき人間まで出てきて、イレーヌさんの無事を安堵しながらも、説明を求めたのだ。イレーヌさんは、王女とは思えないような丁寧な口調で、皆に説明をした。一方、俺は、ニケに指示された騎士見習いらしきお兄さん達に導かれ、王宮の建物の中の、やたら豪奢な部屋に連れていかれたのである。
「あ、えーっと……」
「この後の晩餐に、ぜひお出でいただきたいとのことです」
 戸惑う俺に、騎士見習いの一人が言う。
「それまで、このお部屋でおくつろぎください。着替えは、すでに寝台の脇に用意させております」
「はあ……」
「では、失礼いたします」
 分厚い木製の扉が閉められ、最高級ホテルのスィートルームを思わせる部屋に一人きりになる。
 とりあえず、サタナエルの剣を毛足の長いじゅうたんの敷かれた床の上に適当に置いて、ほこりまみれのスェットを着替えることにする。
 シルクを思わせる感触の肌着に、シャツにスラックス。あと、革製らしきサンダル。リボンタイなんて結んだことがないので、ちょうちょ結びにしてみた。
 サンダル以外を身につけた後で、天蓋付きのベッドの上に横たわり、自分が置かれている状況について思いを馳せる。
 俺は、自分の住んでいた世界から、この世界に、イレーヌさんによって召喚された。しかも、イレーヌさんが俺を召喚した目的は、この王国の危機を救うためであり、具体的には誰かと戦ってほしいということらしい。そう言えば、熾皇帝ロギなんて名前も出てた。
 一方、俺は、元いた世界のことを、あんまり覚えていない。自分の名前すらあやふやだし、親や友人のことも思い出せない。車が走ってたとか、電気やガスで料理をしていたとか、そういう常識に属することは記憶してるのに、俺自身の個人情報に関してはさっぱりだ。
 そんな、極めて心もとない状態であるにも関わらず、俺は、自分でも意外に思うほど落ち着いていた。
 普通だったら、元の世界に帰せ戻せと大騒ぎしてもおかしくないだろうに、そういう気持ちがぜんぜん湧いてこない。
 それよりも、イレーヌさんのことの方が――あの、行為の後の愁い顔のことが――やたらと気になる。
 そりゃあ、気にならないわけがない。何しろ俺は、あの人と、この年にしてただならぬ関係を結んでしまったのだ。気にするなという方が無理な話だ。
 イレーヌさんは美人だし、性格も優しそうだ。凜としていながら、どこか可愛いところもある。そんな彼女の願いなら、できるだけ聞いてあげたい。それで、もし、彼女が言うように、この王国とやらに住む沢山の人々の助けになるなら、なおさら……。
 ベッドの感触のあまりの心地よさに、思わず、あくびをしてしまう。
 やばい。本格的に眠くなってきた。
 召喚されて以来、あまりに色々なことが起こったせいか、頭も体も休みを欲してる感じだ。
 このあと、夕食に招待されているわけだが……まあ、いいや。時間になったら、呼びにきてくれるだろう。
 俺は、そんなふうに思いながら、重い瞼を閉じたのだった。
 そして――
 そして、俺は、その夢の内容をほとんど忘れた状態で、今朝、目覚めたのだった。



「透、あんた、何ニヤけてんのよ」
 自らの思索をいったん中断させた芙美子が、メガネの奥のジト目で、俺を睨みながら言った。
「え? ニヤけてたか? 俺」
「ニヤケてた。おおかたエロスなことでも考えてたんでしょ」
 芙美子が、いささか下品な笑みを浮かべながら、なかなか鋭い指摘をしてくる。
 俺は、黙秘権を行使した。まさか、夢の中で童貞卒業したことを思い出してましたなんて、言えるわけがない。って言うか、あんな夢を見るなんて、どんだけ欲求不満なんだ、俺は。
 しかし……ずいぶんと中途半端なところで終わった夢だった。
 いや、そもそも、夢ってそういうものなのかもしれない。きちんとしたエンディングまで備わった夢なんて、実際は見たことがないもんな。
 だからこそ、夢の内容を補完することで、ストーリー作りのアイデアになるかもしれないわけだが――こいつは、ちょっと芙美子には話せない内容だ。
「芙美子は、自分の夢を参考にしたりはしないのか?」
 代わりに、俺はそんな話を振ってみた。
「夢? 夢って、夜見る方の夢? それを漫画のアイデアにするってこと?」
「ん、まあ、そういうことだ」
「しないわね」
 ばさり、とまたもや一刀両断。
「あたし、あんまり面白い夢見ないの。追い掛けられる夢とか、取り残された夢とか、間に合わない夢とか、そんな感じのばっかり。夢を見て楽しんだことなんて一度もないわ」
「そんなもんかね」
「そうよ。どうせ、透は能天気な夢ばっか見てるんでしょうけどね」
「い、いや、そういうわけじゃないぞ」
「じゃあ、どういう夢見るわけ?」
 いかん。どうやら俺は会話の選択肢を間違えたらしい。
「何でそんなこと訊くんだよ」
「別に。男の子が、どういう夢を見るのか参考にしたいだけよ。何事も勉強だから」
 しれっとした顔で、芙美子が言う。なるほど、取材の一環ってわけか。
 とは言え、例の夢の話をそのまま話すわけにはいかないしなあ。
「何つーか、尻切れトンボな夢が多いよな。どうしてここで終わっちまうんだ、みたいなさ」
「そうよね。ま、みんながみんな、漫画や小説より面白い夢なんて見た日には、フィクションなんて誰も書かなくなっちゃうでしょうけど」
「だろうな。頭の部分がすごく面白い夢だったら、覚えがあるんだけどな」
「だんだんと展開がワヤになっちゃうわけね。構成力のない作家の描いた漫画が、同じようなことになることもあるけど……でも、かえってそれで印象的になったりすることもあるのよね」
 芙美子が、幾つかの小説や映画の例を挙げながら、話を続ける。
「胡蝶の夢、なんて話もあるし、虚構と現実の境界をテーマにするなら、夢ってなかなか面白い題材だと思うわ。ただ、あんまりその方向で突き詰めちゃうと、失敗したメタフィクションみたいになっちゃうし……さじ加減が難しいわよね……うーん」
 再び、芙美子が自らの思索に没入していく。
 俺は、そんな芙美子の表情をこっそり見つめながら、冷めかけのA定食を片付けるのだった。



 放課後、俺は、校舎の端にある印刷室で、芙美子と二人きりの時間を過ごした。
 と言っても、まったくもって色っぽい展開とは無縁な状況である。
 では、どういう状況かというと、窓際の席で芙美子が何やら漫画を描き、一方、俺は、壁一面を占領する本棚に置かれた漫画を読み耽っている、という感じだ。
 インク独特の匂いの立ち込める印刷室は、伝統的に、漫画研究会の部室として利用されてきたという。
 だが、今年度、漫画研究会の正式部員は若葉芙美子ただ一人だった。卒業した昨年度の3年生たちがかなりあくの強い連中だったことと、今年度からアニメ研究会が正式な同好会となったことが、部員減少の大きな要因らしい。また、ウチの学校には映研やPC研やゲーム研など、オタク連中の受け皿になるような研究会や同好会が必要以上に充実している。
 しかし、芙美子は、ただ一人の部員となってもめげる事なく――と言うか、そんなことにはまったく頓着せずに、ここでカリカリ漫画を描く毎日なのである。
 一方、俺は、歴代部員が部屋に置いていった漫画を目当てに、ここに入り浸っているのだ。
 俺のように、ここを漫画喫茶として利用する生徒たちは、実は少なくない。ただ、たまたま、今日はそういう人間が俺だけだったということである。
「…………」
 芙美子は、何やら難しい顔をして、ノートに粗い漫画の下書きを描いては、ページを破り取ったり大きくばってんを書いたりしている。どうもはかどっていないらしい。
「お前、ずいぶんと真剣だな」
 俺は、読んでいた漫画から顔を上げて、そう声をかけてみた。
「悪い?」
 ぎろ、と芙美子がこっちを睨む。
「悪かないけどさ。ただ、どうしてそんなに入れ込んでるのか、ちょっと不思議なもんでな」
「そりゃ、楽しいからよ。決まってるでしょ」
「とても楽しんでるようには見えないけどな」
「今はね。でも、思いもよらなかったようなアイデアが出て一気にストーリーになると、それだけでムチャクチャ気持ちいいのよ。それが人に面白いって言ってもらえたら最高ね」
 迷いの無い口調で、芙美子が言う。
「褒めてもらったことあるのか?」
「まあね。けっこう、即売会でも常連のお客さんとかいるのよ。まあ、お姉ちゃんのサークルのお客さんだけど」
「ふーん……それって、男?」
「だいたいそうだけど……どうしてそんなこと訊くのよ?」
「いや、お姉さんもお前も、少年漫画ばっか描いてるからさ」
「お姉ちゃんは、少年漫画だけじゃなくて、男性向けも描いてるけどね」
 にひひ、と芙美子が笑う。
「そう言えば、お前、どうして男向けの漫画描き始めたんだ? やっぱお姉さんの影響か?」
「ほあっ?」
 なぜか、芙美子が赤面する。
「べ、別に……お姉ちゃんは関係ないけど……」
「そうなのか? だったら、他に何かきっかけでもあったのか?」
「そ、それは……いいでしょ、そんなこと。そういうプライベートなこと訊くもんじゃないわ!」
 およそらしくないことを言いながら、芙美子が、ますます頬を紅潮させる。
「いや、でもさ、確かお前、うんと子供のころは、お姫様の絵とか描いてなかったっけ? それに、そのころは、持ってたのも少女漫画ばっかりだったような……」
「だから訊くなって言ってんじゃない! デリカシーないわね!」
 ぶんぶんと握ったこぶしを上下させながら、芙美子が喚く。これは、芙美子としては、かなり珍しい反応だ。なんだか、ちょっと面白い。
「ったく、もう帰る! 調子狂っちゃったわ!」
 乱暴にノートや筆記用具をカバンに詰めながら、芙美子が宣言する。
 俺は、込み上げてくる笑みを押し隠しながら、芙美子と一緒に帰るべく、支度を始めた。



 深夜、電灯を消した自分の部屋の中でベッドに横たわり、今日一日の出来事を反芻する。
 やはり、一番印象的だったのは、あの芙美子の反応だった。
 芙美子は無愛想ではあるが、そう徹底して無表情というわけではない。不機嫌な仏頂面がデフォルトとは言え、あれで意外と笑い上戸だし、泣き虫だし、怒りんぼでもある。だが、あんなふうな態度を見るのは、ほとんど初めてだった。
 そう、あれは、ただ単に怒ってるわけではなく――理由はよく分からないが、何やら照れているように見えた。
 何だか、あいつの新しい弱点を発見したような気持ちになる。
 しかし、あのわたわたと慌てるあいつの反応は――
「――可愛いな」
 意識せず出てしまったその言葉に、俺は、ぎょっとなった。
 な、何だ? 俺、今、何て言った?
 思わずベッドから半身を起こし、そして、誰にも聞かれなかったかとキョドキョドと暗い自室内を見回す。
 ううっ、何てこった。不覚だ。芙美子にこんな感情抱くなんて……何か食い合わせが悪かったんだろうか? それとも、今朝の夢見のせいか?
 俺は、目を閉じ、大きく深呼吸した。
 気持ちを落ち着け、そして、再びベッドに横たわる。
 うん、やっぱりあれは気の迷いだ。忘れよう。
 それより、今日も夜更かししちまった。明日の数学はそろそろ当てられる順番だし、そうでなくとも、授業中の居眠りは学費の無駄である。
 もう、寝よう。
 俺は、意識して呼吸を一定のリズムに保ちながら、眠気が瞼に宿るのをじっと待ち続けた……。



「おに〜ちゃんっ♪」
「うは!」
 腹部への圧迫感によって、俺は、強制的に覚醒させられた。
「起きて起きて、ご飯が冷めちゃうよ」
「う……え? ご飯……?」
 さっき眠ったばかりだというのに、慌ただしいな……。
 いや、疲れていると、あまりにも熟睡して、眠った瞬間に目が覚めたような錯覚を感じるというが……これがそうなのか?
「ほらほら〜。早く起きないとこうだぞ〜」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、脇腹から腋の下にかけてを、何者かの指によってくすぐられる。
「うわ、ちょ、やめ、はうっ!」
 俺は、みっともなく体をのたうちまわらせた。
 俺の腹にまたがってた小さな影が、きゃはははは、と楽しそうに笑いながら、ベッドの上に横倒しになる。
「んも〜、乱暴なんだから〜」
 そう言いながら、まだ笑いの余韻に震えているその少女を――俺は、目を瞬かせながら、見つめた。
 この子、誰?
 年は十歳よりちょっと上くらいだろうか。クリクリの赤毛に青い瞳が印象的な顔は、まるでフランス人形のようだ。そして、白いロリータなドレスに包まれた肢体は完全な幼児体型ながら、その胸のところだけ、ばいーんと発育してしまっている。
 いや、だから、この子は誰?
「はじめまして、勇者のお兄ちゃん。あたしスウよ。イレーヌお姉ちゃんと、ニケお姉ちゃんと、ミスラお姉ちゃんの、妹」
 ああ、そうか。
 ここは王宮。そして、俺はあてがわれた部屋のベッドで居眠りしてたんだっけ。
「晩さん会の準備ができたから、みんなに無理を言ってお兄ちゃんを起こしに来たの。だって、お兄ちゃんがどんな人か、スウ、すごく興味があったから」
「ああ、そう……」
 なるほど、この子も王女様か。しかしまあ、いよいよもって胸の大きさは家系なんだな。
「あ、それからね、あれも持って来てあげたのよ」
 そう言って、彼女――スウが、壁に立て掛けられた棒状の何かを指し示す。
 それは、赤い下地に金色の意匠の施された、剣の鞘だった。
「あれに、例の剣を収めろってことかい?」
「そうよ。イレーヌお姉ちゃんの恋人さんも使ってたんだから」
「え?」
 聞き捨てならない言葉に、思わず声を上げる。
 見ると、スウは、その小さな両手で、自らの口を覆っていた。
「いっけない。これ、まだナイショだったんだっけ」
 そう言ってから、何やら悪戯っぽい表情で、俺の顔をのぞき込む。
「ゴメンなさーい。……気になる?」
「ん――い、いや、別に」
 反射的に肯定の返事をしかけた俺は、まるで反対のことを言った。
「それより、えっと、夕飯の場所には君が案内してくれるんだな」
 そう言って、内心の動揺を表に出さないよう努めながら、ベッドから降りてサンダルを履いた。そして、床に転がしっぱなしのサタナエルの剣を拾い上げて鞘に収める。うん、あつらえたみたいにピッタリだ。
「そうよ。スウが案内するの。あ、それと、それはお兄ちゃんがきちんと持っててね」
 スウが、今や鞘に収まった魔剣を指さす。
「こいつを持って夕飯に来いってこと? それって無礼じゃないのか?」
「んー、エチケット違反だけど、でも、お城のみんな、その剣のこと恐がってるし。いつも目につく所に置いて、お兄ちゃんにセキニンもってカンリしてほしいんだって。ホラ、いきなりひとりでに空を飛んで、メイドに切りかかったりしたら、大騒ぎでしょ?」
「って、おい、こいつはそんな物騒な代物なのか?」
「そういう言い伝えがあるんだって。あ、でもね、スウは恐いけどちょっと見てみたいかも」
「…………」
 俺は、ため息をついて、鞘に結び付けられたベルトを右肩から左脇に通し、剣を背負う格好になった。意外なことに、ほとんど重さを感じない。
「わー、似合う〜。カッコイイ!」
 スウが、能天気に言って、パチパチと手を叩く。まあ、悪い気はしないな。
 そして、俺は、スウに案内されるまま、夕食の用意された広間へと向かったのだった。



第三章へ

目次へ