血族

−第四章−



 空色のトレーナーにエプロン姿の詩織が、にこにこしながらそう言って、食後のお茶を淹れる。
 ほうじ茶独特の芳香が、敏感な飄次郎の嗅覚をくすぐった。
 夕食の準備にとりかかるのが遅かったため、もう、夜もすっかりふけている。
 窓の外はしんしんと冷えているのだろうが、部屋の中は、ひどく暖かだった。
「はい、どーぞ」
「あ、すまん」
 そう言って茶碗を受け取りながら、飄次郎は、奇妙な違和感を憶えていた。
 血の掟を破り、もはや村に帰る資格を失ったというのに、奇妙なほどに心が和んでいる。
 いや、村に帰れないどころか、狗堂ともども、別の追手に命を狙われることだってありうるのだ。
 それでも、飄次郎の胸に、後悔の念は微塵もない。
 飄次郎は、まるで何年も前からこうしていたかのように、穏やかな気持ちでほうじ茶をすすった。
 妹のランのことを考えると、すこし気が重くなるものの、話せばきちんと分かってくれると、飄次郎は信じている。
「あの、飄次郎さん」
 と、詩織が、コタツの向こうから上目遣いで飄次郎のことを見つめながら、話しかけた。
 例の、小悪魔じみていると言うにはやや弱気な、親に何かをねだる童女のような顔である。
「ん?」
「まさか今夜は、こっちで寝たりしませんよね?」
「……」
 詩織の言葉に、飄次郎は、不覚にも頬が熱くなるのを感じていた。
 そんな飄次郎に、詩織が、くすっ、と笑いかける。
「あたしのベッド……けっこう、おっきかったでしょ?」
 そして詩織は、そんなことを、言うのだった。

「……ったく、拍子抜けだな」
 ぽつん、と飄次郎はつぶやいた。
 その唇には、苦笑いが浮かんでいる。
 詩織の部屋の、ベッドの中。部屋中に飾られているぬいぐるみの顔が、常夜灯の光の中ぼんやりと見える。
 詩織は、飄次郎の腕枕に頭を乗せ、くーくーと可愛らしい寝息を立てて眠っていた。
「疲れてたんだな、こいつ……」
 そう言って、そっと、詩織の寝顔を見る。
 父親に抱かれた子供のような、安心しきった顔だ。
 温かい体温を、間近に感じる。
 飄次郎は、詩織の体に、腕枕にしていないほうの手できちんと布団をかけなおし、そして目を閉じた。



 時に忘れ去られたような、小さな集落。
 深い谷間にある村である。
 そこに、あまりにも場違いな侵入者が現れたのは、その日の未明のことだった。
 雪原用の、白と灰色の迷彩服を着た、総勢三十人ほどの、屈強の男たち。
 その手には、特殊部隊用の軍用銃であるM4カービンが構えられている。
 村の住人たちは、まだ夜も明けきらぬうちに、この無礼な異国の兵士たちによって、集落の中心にある広場に集められていた。
「これで全員か?」
 部隊を率いる“中佐”の問いに、兵士のうち一人が肯いた。
 広場に集められた住人たちは、三十人に満たない。いかに村の規模が小さいとはいえ、戸数に比べて少なすぎる。
 その上、そこにいるのは壮年や老人ばかりだった。一番若い者でも、五十歳を超えていると思われる。
 若者は、一人もいない。
「どういうことですかな、これは」
 “中佐”は、言葉使いだけは丁寧に、村の住人に言った。
 住人の代表格らしい、白髪の老人が、一歩、“中佐”の方に歩み出る。
 その顔には深く皺が刻まれ、背中も曲がっていた。しかし、その瞳には、炯々とした光が未だ宿っている。
「どういうこととは、そもそもこちらの台詞じゃな」
 老人は、意外なほど張りのある声で、そう言った。
「ずいぶんと物騒ななりで、こんな辺ぴな所までご苦労なことじゃが……招いた覚えはないぞ」
「立場がお分かりでないようだな、ご老人」
 そう言って、“中佐”は、外国銘柄の煙草を咥え、火を点けた。
「この村でこれから起こることについては、この国の政府は、見て見ぬふりをすることになってるのですよ。高度に政治的な判断が働いてね」
 倣岸な態度で煙を吐きながら、“中佐”は言った。
「勿論、我々も手荒なことをしたいと思っているわけではない。後始末が面倒ですからな。しかし、必要とあれば、それをためらうようなことはありませんぞ」
「……」
 老人が、無言で、くしゃっと顔を歪めた。その表情の変化に、“中佐”が眉を寄せる。
 それは――嘲笑だった。
 老人だけではない。そこにいる村人たちは、一様に、自分たちを囲む兵士たちを嗤っていたのだ。
「何が可笑しい?」
 “中佐”が苛立たしげに訊く。
 老人は答えない。
 “中佐”が、拳銃を取り出した。
「実験台は、一人いれば充分だ」
 “中佐”が、誰に言うでもなく、言った。
「それも、若ければ若いほどいい。ここにいる全員を掃除して、どこかに隠れている子ネズミどもを探すという手もあるのですぞ」
「……あんたらの、その鉄砲な、ちょいとばかり匂いがきつすぎじゃ」
 老人が、黄色い歯を剥き出しにしながら、言った。
「逃げ隠れするどころか、いろいろと準備する時間を頂いたわい」
「準備……?」
 そう、“中佐”が聞き返した時――
 遠くから、どおん、という鈍い音が、響いた。



「!」
 不吉な夢に、飄次郎は、布団を跳ね飛ばすような勢いで状態を起こした。
「んにゅ〜?」
 抱き枕の要領で飄次郎の胴に腕を回していた詩織が、奇妙な声をあげる。
 冬の朝日は、まだ昇りきっていない。カーテンの隙間からのぞく風景は、いかにも寒そうだ。
「あっ……お、おはようございますぅ……」
 詩織はそう言いながら、ごしごしと目をこすり、乱れたショートカットを両手で撫でつけた。
「えと……どうか、しました?」
 そして、じっと押し黙ってる飄次郎の顔を、覗き込む。
「いや……なんでもない……」
 はっきりと胸騒ぎを感じながらも、飄次郎は、そう答えた。
「……」
 詩織は、何か言いかけて、やめた。
 そして、寂しそうに笑って、ベッドを降り、カーテンを空ける。
 ちょうど、この日の初めての日の光が、地面に届いたところだった。
「飄次郎さん……」
 まぶしいほどの朝日に照らされた、向かいの家の屋根を眺めながら、詩織が言った。
「今日、出てっちゃうんですか?」
「……そうだな」
 パステルブルーのパジャマを着たままの詩織の小さな背中を見ながら、飄次郎が言う。
「お前の母親も帰ってくるだろうし……今日は月曜だろ? 学校に行かなきゃいけないんじゃないのか?」
「学校かア……」
 くすっ、と少し笑いながら、詩織は振り向いた。
「ヘンですね……あたし、昨夜は、学校のことなんか全然忘れてました」
「……」
「学校のことだけじゃなくて、お母さんのことも……今までの生活のことも、ぜんぶ」
「詩織……」
「そんな顔しないでくださいよォ」
 そう言う詩織の声は、飄次郎が拍子抜けするくらいに、明るかった。
「あたし、飄次郎さんに会えて……それから、その、ああいうことになって……すごく嬉しかったです。本当に」
「そう、か……?」
「はい」
 迷いのない口調で、詩織がそう返事をする。
「もし、もしこれで、飄次郎さんとお別れになって……ずっと会えなくなっても……あたし、絶対に後悔なんかしませんよ」
「……」
 飄次郎には、言うべき言葉が見つからなかった。
 こういう時に、気の利いたこと一ついえない自分が、いかにも馬鹿に思える。
 例えば緑郎なら、こういうときにどう言うのか、そんなことを思ってしまう。
「でも……」
 詩織の言葉に、知らず知らずのうちにうつむいていた飄次郎は、はっと顔を上げた。
「でも、ホントは……やっぱり、お別れなんて、イヤです……」
 そう言う詩織の大きな瞳が、涙で潤んでいる。
「飄次郎さんを困らせたくないし……いつまでも甘えんぼじゃ、いけないと思うんですけど……」
 声を詰まらせながらそう言い、詩織が、ぐい、と溢れた涙を小さな拳でぬぐう。
 そして、真っ直ぐに飄次郎の顔を見て、続けた。
「もし、よかったら……携帯の番号とか、教えてくれませんか?」



 昼前の街を歩きながら、飄次郎は、溜息をついていた。
 朝食を一緒に食べた後、詩織とは、彼女の家の玄関前で別れた。
 制服のブレザーに着替えた詩織は、今ごろ、学校で教室の中にいるはずである。
 そして自分は、あてもなく、この街をさ迷っている。
 いや、あてならある。狗堂が出入りしているという大学の研究所。そこに行けば、狗堂に関する手がかりがつかめるはずだ。
 しかし、自分に狗堂を追う資格があるのか。
 もはや自分は、血族の掟を破っているのだ。狗堂の追手を務める資格はない。
 そもそも、このように乱れた心で狗堂と対峙して、どれほどのことができるのか。
(詩織……)
 飄次郎は、乱れた心の中心にいる少女の名を、そっと胸のうちでつぶやいた。
 詩織に教えた番号は、プリペイド式の携帯電話のものである。そもそも飄次郎は、きちんと携帯電話の契約ができるような身分ではない。
 いずれ、詩織から電話があっても、自分は受け取ることができなくなるのだ。
 そのことは詩織には言っていない。
 そのことに気づいたとき、詩織はどう思うのだろうか。
 自分が憎まれ、恨まれるとしても、それは当然のことだ。しかし、もし詩織がそれで傷付き、悲しむことがあるかもしれないと思うと、それだけでどうしようもないほどに胸がざわめいてしまう。
(どうしちまったんだ、俺は……)
 駅に向かうまばらな通行人とすれ違いながら、飄次郎は思った。
(それに……俺に何ができる……? あいつの傍にいてやることができるのか……?)
 飄次郎が、その拳を、関節が白くなるほどに強く握り締める。
 その時、携帯が鳴った。
「?」
 通話ボタンを押しながら、一瞬、詩織かと思ったが、すぐに緑郎だろうと思い直す。
 しかし、携帯から聞こえてくる声は、そのどちらのものでもなかった。
「飄次郎かい?」
 どこか笑みを含んでいるような、聞き覚えのある男の声。
「狗堂?」
「ご名答」
 狗堂が、くすくすと神経に障る笑い声を立てる。
「なぜ、この番号が……」
「どうしてだと思う?」
 立ちすくむ飄次郎を揶揄するように、通話口の向こう側の狗堂が、そんなふうに訊く。
「まさか……」
「この娘の携帯には、飄次郎さん、って登録されてたよ。可愛らしいもんだね」
「貴様――詩織に何をした?」
 噛みつくような勢いで、飄次郎が言う。
「とりあえず眠ってもらってるよ。しかし、ずいぶんと慌ててるね」
「狗堂……」
「もしかして――僕と兄弟になったのかな?」
 びきっ、と飄次郎の持つ携帯電話が、悲鳴をあげた。そのボディに、亀裂が入っている。
「落ち付きなよ、飄次郎」
「……」
「僕は、今、この街の再開発地区の埋立地に向かってる。この娘も連れてね。そこで決着をつけようじゃないか」
「決着、だと……?」
「ああ。もう僕は、逃げるのにも囲われるのにもうんざりなのさ。自由、とにかく自由がほしいんだよ」
 歌うような調子で、狗堂が言う。
「分かった……俺が行くまで、詩織には手を出すなよ」
「怖いなあ」
 くすっ、という笑い声を残して、狗堂が電話を切る。
 その時には、飄次郎は、一陣の風のように疾走していた。



 海に面した、再開発地区。
 古い、放棄された幾つもの倉庫が立ち並ぶ地域に、新しい埋立地が隣接している。
 そんな中の、土砂の山があちこちにある埋めたて現場に、飄次郎はたどり着いた。
 こんな場所に不釣合いな黒塗りの車が、道路に面する広場に停められている。狗堂が乗り捨てたものらしいが、中は、もぬけのからだ。
 飄次郎は、心持ち上を向き、目を閉じて、大気の匂いを嗅いだ。
 そして、迷いなく、埋立地の奥へと歩を進めていった。
 土砂の山の間や、プレハブの飯場の脇をすり抜ける。
 作業が中断しているのか、人の姿は見えない。置き忘れられたかのように停まっているダンプは、もう何ヶ月もそのままでいたように、ほこりまみれになっている。
 そのダンプの蔭に、白いジャケット姿の狗堂がいた。どういうつもりか、その右の耳に、イヤフォンをはめている。
 そして、狗堂の足元に、詩織が横たわっていた。
「狗堂……」
 相変わらず、歪んだ笑みを浮かべているその秀麗な顔を目にし、飄次郎は唸るような声をあげた。
「久しぶり……でもないか。ついこないだ会ったばかりだもんね」
「どういうつもりだ?」
「言ったろう。もう、逃げ回るのにはうんざりなのさ。それに今日は、決着を付けるにはちょうど潮時だからね」
「潮時?」
 聞き返す飄次郎に、狗堂は肯いて見せ、そして言った。
「村の場所が、世間に知られたんだよ」
「――!」
 飄次郎が、その一重の目を見開く。
「かねてからの約定通り、村は、決断を下したよ。血族の掟に従ってね」
 そう言って、狗堂は、ポケットからラジオを取り出した。そして、耳からイヤフォンを外し、ジャックを抜く。
 ラジオが、そのスピーカーからニュースらしき音声を流した。
 ――県大狛郡犬伏谷付近で、大規模な雪崩があった模様です。雪崩は、谷合にあった集落を直撃したとの情報も入っておりますが、被害についてはまだ詳しいことは分かっておりません。なお、県は自衛隊に出動を要請し……
「存在しないはずの村が潰れたにしては、素早い報道だね」
 言いながら、狗堂は、ラジオのスイッチを切り、地面に放り投げた。
「貴様――貴様が、村を売ったのか?」
 飄次郎の目は赤く血走り、その全身は、激情に細かく震えている。
「何を怒ってるんだい? 飄次郎だって、掟を破った仲間だろう?」
「違う! 俺は――」
「違うもんか」
 狗堂が、ますますその笑みを歪める。
「お前も、外に出て分かったろう? 外にはあらゆるものがあり、あの村には、淀んだ血があるだけだった。そして姉さんは、その淀んで腐った血に溺れて死んだ。いや、殺されたんだ」
「暁子さんのことは――」
「捕まって村に連れ戻された姉さんがどんな目にあったか、お前は知ってるかい? 蔵の中に閉じ込められ、来る日も来る日も、血族の子を孕むまで、男衆に犯されて……姉さんを犯した男の中には、お前の父親もいたんだよ」
「……」
「首を吊った姉さんのお腹の中にいたのは、お前の弟か妹だったかもしれないのさ」
「だから――詩織を犯したのか?」
 飄次郎が、打って変わって静かな声で、言った。
「それじゃあ、結局は村の男衆と同じだ。お前こそ、血族の血に捕われてるんじゃないのか?」
「……」
 狗堂の顔から、笑みが消える。
 飄次郎は続けた。
「――確かに俺は、お前と同じように、掟を破った。だが、俺は、お前とは違う。俺がお前を許すことができないのも、そのせいだ」
「なるほどね……」
 そう、狗堂が言った、その時――
「!」
 飄次郎は、別の人間の気配に、振り向いた。
「れぁああああああああああああッ!」
 奇妙な声をあげながら、体の大きな男が、どん、と飄次郎にぶつかる。
「ちッ!」
 舌打ちしながら飄次郎が右腕を払うと、男の巨体が、まるでゴムまりのように弾け飛んだ。
 地面に倒れたときには、男は白目をむいていた。砕けた下顎が、まるで冗談のように真横にずれ、白い歯の混じった鮮血が、口の端からこぼれている。
 詩織に付きまとっていた、あの多田原という男だ。
 油断だった。狗堂と詩織に気を取られ、多田原の匂いに気付かなかったのである。
「く……」
 小さくうめく飄次郎の右の脇腹に、深々とナイフが突き立っている。
「つまんない恨みを買ってたようだねえ、飄次郎」
 くすくすと笑いながら、狗堂が言う。しかし、飄次郎を見つめるその目は、少しも笑っていない。
「お前が、呼んだのか?」
「まあねえ。あの店での一件は、けっこう大学でも噂になっててね。たまたま知り合ったから、声をかけたわけさ」
「……」
 飄次郎が、尖った犬歯を剥き出しにして、歯噛みする。
「あまり期待はしていなかったけど、けっこうやってくれたね」
 飄次郎は、無言で、その、ぞっとするような刃渡りのナイフを引き抜いた。
 鮮血が溢れ、そして、すぐに血が止まってしまう。収縮した筋肉が、出血を止めたのだ。
 しかし、この状態では、致命的に動きが遅くなる。とは言え、体内に異物がある状態よりはマシだ。
「おおおっ!」
 飄次郎は、右手に握ったナイフを狗堂に投げつけ、そして、地を蹴った。
 飄次郎の顔が、瞬時に、狼のそれに変わっている。
 疾風の如き飄次郎の走りは、しかし、傷のために、わずかに精彩を欠いていた。
 ぎん、と鋭い音が響く。
 狗堂が、懐から取り出したもので、ナイフを弾いたのである。
 そして、拳銃の発射音が、無人の埋立地に響いた。
「Gah!」
 飄次郎の体が、地面に転がった。
 その右の腿の肉が爆ぜ、まるで割れた石榴のようになっている。
「腹を狙ったはずなんだけど、なかなか当たらないものだねえ」
 そう言う狗堂の右手には、銃口から硝煙をあげる軍用拳銃が握られていた。“教授”の使っていた品だ。
 そして、再び銃声。
 必死で地面を転がった飄次郎の左足を、銃弾が貫通する。
「Guuuuuuu……」
 両足を殺され、飄次郎は、立つこともままならない。
 四つん這いに近い姿勢で、両手を地面につき、狼そのものの眼を、狗堂に向けている。
「今度こそ、頭だよ」
 嬲るような口調でそう言いながら、狗堂が、ゆっくりと飄次郎に近付いた。
 致命的な一撃を確実に与えるために、外しようのない距離にまで歩を進めていく。
 狗堂は、飄次郎の間合いの寸前で、歩みを止めた。
 そして、右手一本で軽々と拳銃を構える。
 まだ熱い銃口が、飄次郎の額を捕えた。
 覚悟を決めたように、一瞬、飄次郎がうなだれる。
 そして――
 飄次郎が、傷付いた両足で、跳躍した。
 狗堂の目論見をはるかに超える飛距離だ。
 鋭い爪を伸ばした右手の手刀が、信じられないような速度で、狗堂の喉笛を狙う。
 轟音とともに発射された銃弾が、飄次郎の右腕をえぐった。
 飄次郎の手刀の一撃が大きく反れる。
 代わって首筋に迫る飄次郎の牙を、狗堂は、間一髪、体を反らしてよけた――
 はずだった。
「!」
 まるで、笛の音のような音とともに、ぱあっ、と真紅の鮮血が高く宙を舞った。
 飄次郎と狗堂の体が、ほとんど同時に、地面に倒れる。
 狗堂は、驚愕の表情のまま、天を睨んでいた。
 その首は半ば以上切断され、脳に供給されるはずだった大量の動脈血が、空しく地面にこぼれていく。
 狗堂の体が、今まさに消えつつある本人の意志とは無関係に痙攣し……やがて、それも止まった。
 静寂が、辺りを支配する。
 しばらくして、ゆっくりと、飄次郎は立ちあがった。
 その動きはひどくぎこちなく、両足の傷はまだ塞がりきっていない。が、出血はほとんどなくなっている。
 そして、その口には、多田原のナイフが咥えられていた。
 飄次郎は、わざとこのナイフのある方向に地面を転がったのだ。
 そして、飄次郎が口に咥えたこのナイフの分、狗堂は、間合いを見誤ったのである。
 飄次郎は、ナイフを地面に吐き捨て――そして、餓えた獣そのままに血走った目を、気絶したままの詩織に向けた。



「ん……」
 奇妙な息苦しさを覚えながら、詩織は、ぼんやりと目を開いた。
 登校途中、何者かに首の後を殴られて以来の記憶が、無くなっている。
「え……?」
 薄暗い視界の焦点が、次第に合っていく。
「きゃ……!」
 詩織は、悲鳴をあげかけたまま、硬直していた。
 全身に獣毛を生やした何者かが、自分にのしかかっていたのだ。
 その暗灰色の頭は、まさしく狼のそれである。
 ぎらぎらと欲望に光る二つの眼が、自分を見下ろしていた。
 牙を生やした口が、すぐそばから生温かい息を吐きかけている。
 詩織は、恐怖に目を見開いていた。
 あまりのことに、頭がパニックになりそうになる。
 と、その時、詩織は、今まで忘れていたある感覚を思い出していた。
 犯され、処女を失って以来、無くしていた感覚――
「――ひょ、飄次郎、さん?」
 思わず、詩織はそう呼びかけていた。
 目の前の怪物が、びくっ、と体を震わせる。
「やっぱり、そうなんですか? え、でも……なんで、そんな風に……? それに、ここどこ?」
 言いながら、詩織は、辺りを見まわした。
 ほこりっぽい、プレハブ製の倉庫の中のような場所だ。
 自分は、まだブレザーを着ている。そして、目の前の何者か――飄次郎の着ている服は、ぼろぼろだった。
 そして、割り広げられた詩織の脚に触れているその股間が、熱く、脈打っているのが感じられる。
「え、えと……」
 詩織は、この異常なシチュエーションにもかかわらず、自分の頬が上気しているのに気付いていた。
「あの……飄次郎さん、なんですよね?」
 問いかける詩織に、それは、こっくりと肯いた。
「飄次郎さんて、えっと……狼男、だったんですか……」
 そんなことを言いながら、詩織は、ちらちらと飄次郎の股間に視線をやってしまう。
 痛々しいほどに膨らんだスラックスの奥にあるもののことを考えると、なぜか、それだけで胸がざわめいてしまう。
「飄次郎さん……えっと、その……したいん、ですか?」
 そう言いながら、詩織は、飄次郎のその部分に、両手を伸ばした。
 飄次郎は、獣がうなるような声で、返事をする。
 無論、それがイエスなのかノーなのか、詩織には判然としない。しかし、目の前の飄次郎が、狂おしい情動に苛まれ、身悶えせんばかりになっていることだけは、はっきりと感じられた。
(なんだろう……何だか、夢の中みたいに、シュールな感じ……)
 詩織は、混乱した頭で、そんなことを考えた。
(それに、飄次郎さん、オオカミの顔してるのに……あたし、もう全然こわくない……)
(やっぱ、これ、夢かなア……)
(あ、でも……飄次郎さんのココ……すごく熱くて……とくん、とくん、って、脈打ってて……)
(やだ、あたし……ヘン……体の奥が……うずうずしちゃってる……)
 詩織は、我知らず、すりすりと飄次郎のその部分を優しく撫でさすっていた。
 布地の奥で、熱い剛直が、さらに膨張したように感じられる。
 頬を赤く染めながら、詩織は、飄次郎のベルトを外し、スラックスのホックを外して、ファスナーを下ろした。
「えと……えっと……」
 そして、ごそごそと両手を動かし、トランクスから、飄次郎のそれを解放した。
 赤黒いペニスが、凶暴な角度で反り返る。
 詩織は、浅ましく静脈を浮かせたその牡器官を、小さな両手でそっと包みこむようにした。
 けして夢ではありえないリアルな質感が、手の平に感じられる。
 だが、もはや恐怖は感じない。
 飄次郎が、詩織の耳元で、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、と荒い呼吸を繰り返している。
 恐らく、身を焼くような欲望に必死で耐えているのだろう。
 それを、飄次郎は、凄まじいばかりの自制心でこらえ、自分を傷付けまいとしているのだ。
 詩織には、それが、痛いほどに伝わった。
「飄次郎さん……」
 詩織は、はしたなくも自らスカートをまくりあげた。
 そして、ショーツの布地をずらし、自身の秘裂を露わにする。
「いいですよ、飄次郎さん……あたしを、好きにしてください……」
 そう言って、熱くたぎるペニスを、まだ濡れていないクレヴァスにあてがう。
 ぐっ、と飄次郎が、腰を進めた。
「んくッ……!」
 先端で入口をえぐられただけで、激痛があった。
 抑えようとしていた悲鳴が漏れてしまう。
 詩織は、ぎゅっ、とめくりあげたスカートを握り締めた。
「Urrrrrrr……」
 飄次郎が、苦しげに唸りながら、身を引いた。
「ひょ、飄次郎、さん……?」
 上体を起こし、茫然と、詩織が呟く。
 と、その詩織の脚の間に、飄次郎の狼頭が差し込まれた。
「きゃっ!」
 噛み付かれるのではないかという原初的な恐怖が、一瞬だけ蘇る。
 飄次郎が、その長い舌で、詩織のそこをぞろりと舐めあげた。
「ひゃう……っ」
 熱く、ざらついた舌が、繊細なラビアを舐めしゃぶる。
 けして自分に苦痛を与えまいとする飄次郎の気持ちが、詩織には、泣きたいほどに嬉しかった。
「飄次郎さん……っ!」
 無理な態勢から、詩織が、飄次郎の胴に抱きつこうとする。
 いつしか、自然と、いわゆるシックスナインの態勢になっていた。
 下になり、飄次郎の引き締まった腹部に腕を回す詩織のおでこに、こつん、と飄次郎の亀頭が触れる。
「あぁ……」
 詩織は、熱い吐息を漏らしながら、その飄次郎のペニスの裏側に、ちゅっ、とキスをした。
 そして、自分のその部分を舌で愛撫してくれることへのお返しのつもりで、れろん、れろん、と裏筋に舌を這わせる。
 自分の舌の動きに、ひくひくと震える飄次郎のペニスが、何だか愛しかった。
「あむ……」
 耳年増な級友たちが話していた“オトコを悦ばせる方法”を思い出しながら、詩織は、ひくつくペニスの先端を、その小さな口に咥えた。
 口腔いっぱいに、強烈な牡の匂いが感じられる。
 しかし、それも、飄次郎の匂いだと思うと、不思議と嫌悪感は湧かなかった。
 そのまま、どうしていいかわからず、とりあえず、はむはむと口を動かしてみる。
「Uh……」
 自分の足の間で、飄次郎が唸った。
 そして、ますます熱心に、その舌で、詩織のクレヴァスをえぐる。
 大陰唇と小陰唇の狭間を舐めしゃぶり、尖らせた舌先を、膣口に差し入れた。
 思わず詩織は、さらなるクンニリングスをねだるように、はしたなくも腰をゆらゆらと動かしてしまう。
 そして、ふうン、ふうン、と媚びるような鼻声を漏らしながら、口腔内のペニスに、舌を絡めた。
 そのフェラチオのテクニックは、いかにもぎこちないが、相手に感じてほしいという純粋な思慕が現れている。
 詩織は、飄次郎のペニスがぴくぴくと快楽の反応を示す場所を覚えると、そこを重点的に舌と唇で愛撫した。
 ペニスの先端の鈴口や、雁首のくびれた辺り、そして縫い目のような裏筋に、献身的に下と唇を這わせる。
 唾液が、口の端から溢れ、飄次郎の漏らした先走りの液とともに、無残にも詩織の童顔を汚した。
 一方、詩織のクレヴァスも、飄次郎の激しい愛撫に、恥ずかしいほどに蜜を溢れさせている。
 飄次郎は、詩織のその部分を愛撫しながら、滑稽なくらい丁寧にショーツとスカートを脱がしていた。詩織も、その度に腰を浮かせて、飄次郎に協力した。
 そして、とろとろと会陰を伝う愛液を、その長い舌で舐めしゃぶる。
 いつしか、詩織のクレヴァスは、咲きかけた南洋の花のようにほころび、物欲しげにひくひくと息づいていた。
「ひょ、飄次郎さぁん……あたし……あたしもう……」
 詩織が、鼻にかかった甘え声で言う。
 飄次郎が、口から愛液の糸を引きながら、上体を起こした。
 と、下半身剥き出しの詩織が、片時でも飄次郎と離れたくない、といった感じで、獣毛を生やした飄次郎の胸にすがりつく。
 自然と、対面座位の形になった。
「飄次郎さん……」
 詩織が、そう呼びかけながら、とろんとした目で、変わり果てた飄次郎の顔を見つめる。
 その瞳は、間違い無く飄次郎のそれだ。
「飄次郎さぁん……」
 詩織が、自身の腰を、飄次郎の腰に押しつけるようにした。
 完全に勃起した飄次郎のペニスの裏側が、愛液に濡れた詩織のクレヴァスと、ぬるぬるとこすれ合う。
「えと……ン……こ、こうかな……」
 思わずとってしまった初めての体位に、詩織が、くにくにと可愛らしくヒップを動かしながら、挿入を試みる。
 そんな詩織の細い腰を、ぐっ、と飄次郎の両手が抱えた。
 詩織の体を軽々と浮かして、ペニスの先端を、熱くとろける靡肉にあてがう。
 そして、飄次郎は、ゆっくりと詩織の腰を落としていった。
「あ、あああアア……ひあっ!」
 対面座位で、突き上げられるようにペニスに貫かれる感覚に、詩織は、白い喉をのけぞらせて、声をあげた。
 逞しい飄次郎の雁首が、詩織の膣肉をずりずりとこすりあげる。
「す、すごい……まだ……まだ入ってくる……ンああぁ……ん」
 ようやく、飄次郎の長大なペニスが、詩織の小さな膣内に収まった。
 詩織が、はぁはぁと切なげに息を漏らしながら、飄次郎の顔を見つめる。
 そして、うっとりと目を閉じて、狼そのままの鼻面に、ちゅっ、とキスをした。
 とまどったように、飄次郎が目を見開く。
「んふっ……鼻のあたま……濡れてますね……」
 そんなことを言ってから、詩織は、おっかなびっくりといった感じで、そろそろと腰を動かした。
「ン……んく……ふ……ふぅン……はン……」
 詩織の白いお尻が、くいっ、くいっ、と淫らに動く。
「あ……はっ……き、きもち、イイ……」
 ぴったりと隙間無く包みこんだ膣肉で、ペニスの感触を感じながら、詩織が、濡れた声を漏らす。
「Fuuuuuu……」
 飄次郎が、その長い舌で、ぺちゃぺちゃと詩織の首筋を舐めまわす。
 そして、左手でその華奢な体を支えながら、右手で、爪を立てないように詩織の乳房をまさぐる。
 服の上からの愛撫に、紺色のブレザーがしわくちゃになるが、詩織は、一向に気にならない様子だ。
 ブラのカップにこすれ、乳首が立っていくのが、自分でも分かる。
「あ……はぁっ……イイ……うん……きもち、イイです……っ」
 飄次郎の頭をかき抱くようにしながら、詩織は、ますます大胆に腰を動かしていった。
 最初はぎこちなかったその動きが、次第に滑らかになっていく。
「飄次郎さん……おねがい……じかに……じかにおっぱい、さわってください……」
 そう言いながら、詩織は、ブレザーとブラウスのボタンを外した。
 飄次郎が、詩織のブラをずらし、その意外と豊かな膨らみに手を這わせる。
「ひやあああああん♪」
 尖った乳首を指の間で転がされ、詩織が、高い嬌声をあげた。
「あ……あっ、それ……きもちイイ……すごいぃ……っ!」
 切なげに眉をたわめ、可憐な唇を半開きにしながら、詩織が恍惚の声をあげた。
 つながった隙間からは、次々と白く濁った愛液が溢れ出ている。
「イイ……イイです……んんッ……んふン……ふあ……はぁ〜ン」
 きゅうん、きゅうん、と膣道が収縮しているのが、自分でも感じられる。
 と、飄次郎が、耐えきれなくなったように、詩織の小さな体をぎゅっと抱き締めた。
 そして、ぐいぐいと詩織の体を動かし、ペニスを激しく抽送させる。
「ひあああああああッ!」
 激しいピストンに、詩織は、思わず飄次郎の背中に爪を立てていた。
 無論、そんなことでは、飄次郎の動きは止まらない。
「あ……はぐっ! ンあああッ! ス、スゴい! スゴいよおっ!」
 ぶちゅっ、ぶちゅっ、と淫らな水音が響く中、詩織が、高い声をあげる。
 結合部から溢れた愛液はしぶきとなり、倉庫の床を濡らした。
 詩織は、まるで荒波に翻弄される小船のように、飄次郎の逞しい腕の中でがくがくと震えている。
「ひ! あ! ああ! ンああああッ!」
 最初の絶頂が、詩織に訪れた。
 びくびくびくっ! とその小さな体が痙攣する。
 しかし、飄次郎の動きは止まらない。
「ダ、ダメえ……ダメっ、ですゥ……あ、あたし、あたしぃ……」
 ひいっ、ひいっ、というすすり泣くような声を漏らしながら、切れ切れに詩織が訴える。
 飄次郎は、牙を食いしばりながら、身をよじる詩織の体を離そうとしない。
「ンああああああッ! あ! また、またイクうううううううううッ!」
 悲鳴をあげながら、詩織は二度目の絶頂を迎えた。
 ぷしゃああああっ、と、その股間から、小水が溢れる。
 しかし、自らが失禁してしまったことにも、詩織は気付いていない様子だ。
 ただ、絶頂の後も次々と訪れる快感の小爆発に、涙と涎を吹きこぼしながら、いやいやとかぶりをふるばかりだ。
 それでいながら、その腕は、飄次郎の体をしっかりと抱き締めている。
「ひああああああああああああああああ!」
 更なる快感の大波の予感に、詩織は、恐怖に近い感情を覚えた。
「あああッ! もう……ダメ、ですぅ……あたし……あたし、おかしく、なるうッ!」
 舌足らずな声でそう訴えながら、無意識に、きゅうううっ、と膣肉を収縮させる。
「おねがい……いっしょに……ひょうじろうさんも……いっしょにい……ッ!」
 そう叫ぶように言う詩織の体を、一際深く飄次郎の剛直が貫いた。
「あぐッ!」
 詩織が、その体を弓なりにのけぞらせる。
 詩織の体の一番奥の部分で、熱い塊が弾けた。
「あッ! あッ! あッ! あッ! ンあああああああああああああああああああああああああああああああああアーッ!」
 びゅるるっ! びゅるるっ! びゅるるっ! と、飄次郎のペニスが、何度も何度も律動する。
 熱い精液が、自分の体内に注ぎこまれる感覚……。
 薄れいく意識の中、詩織は、凄まじい快感とともに、牡を最後まで導けたという牝の満足感のようなものを、覚えていた。



 再び詩織が意識を取り戻したとき、小さな窓から、朱い夕日が差し込んでいた。
 そんな中、あぐらをかいた飄次郎が、腕の中に詩織の体を抱えている。
 その顔は、元の、鋭いながらもどこか少年の面影を残したそれに戻っていた。
 詩織は、きちんと自分が服を着ているのに気付いた。
 一瞬、全ては夢の出来事かと思う。
 しかし、ブレザーやスカートはしわくちゃで、どこかほこりっぽい。何よりも、自分の秘めやかな部分に、行為の余韻がじわーんと残っている。
「悪い。ポケットティッシュで拭いただけだから……あ、ティッシュは、勝手にカバンから借りた」
 飄次郎が、不思議そうな顔をしている詩織に、そんなことを言う。
「えと……飄次郎、さん?」
 詩織は、飄次郎の顔に視線を戻しながら、おもわずその顔に手を伸ばしていた。
 飄次郎の頬に、詩織の小さな手が触れる。
「えっと……」
「なぜ、俺だって分かったんだ?」
 何か訊きたげな詩織の先を制するように、飄次郎が訊いた。
「あの……それは、なぜって言われると、困っちゃうんですけど……」
 そう言いながら、詩織は、飄次郎の腕の中で、恥ずかしげに身じろぎした。ようやく気付いたように、飄次郎が、詩織を解放する。
 名残惜しげに飄次郎の体から離れながら、詩織は、言葉を続けた。
「あたし、子供のころ、よくぬいぐるみとお話してたんです」
「……」
「あ、やっぱ引いちゃいます? こういう話」
 ぺろっ、と詩織がピンク色の舌を出す。
「いや……しかし、どうしてその話が……」
「えっと、だからですねえ……理屈じゃないんですよね。ぬいぐるみと話をするときも、そのコの名前とか、あたしが付けるんじゃないんですよ。ああ、このコの名前はなんとかだなあって、分かるんですね」
「それで……か?」
「ええ。だから、そのう……あは、ぜんぜん説明になりませんね、これ」
「要するに、俺は、ぬいぐるみと同じか」
「え? えーっと……そう、なのかなあ」
 詩織が、困ったような声でそう言う。
 飄次郎は、苦笑に似た表情を浮かべ、立ちあがった。
 そして、つられたように立ちあがろうとしてよろける詩織に、手を貸してやる。
「あ、すいません……」
「いや……俺の方こそ、礼を言わないと」
 そう言う飄次郎に、詩織が、不思議そうな顔をする。
「事情は、落ちついてからきちんと話す。……お袋さんが帰ってくるのは、いつだ?」
「今日の、夜遅くだと思います」
「じゃあ、先に帰って風呂と洗濯を済ませといた方がいいだろうな」
 そう言いながら、飄次郎は、倉庫のドアを開け、外に出た。
 そして、足元に落ちているものに気付き、拾い上げる。
「……」
「どうしたんですか?」
 訊きながら、詩織が飄次郎の手元をのぞき込む。
 それは、埋立地には似つかわしくない、まだ真新しい野球帽だった。


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