血族

−序章−



 少女は、草むらに仰向けに倒れ、ただ、空を見ていた。
 夏の盛り。むっとするような草の匂いが、鼻孔に届く。
 それは、どこか血の匂いに似ているようにも感じられた。
 少女の、笑えばとても愛らしく見えるであろう幼げな顔は、ひどく空ろで、いかなる表情も浮かべていない。
 白い清楚なブラウスのボタンは飛び、チェック柄のスカートは大きくめくりあげられたまま、しわくちゃになっている。
 そして、やはり純白のショーツが、乱暴に引きずり下ろされた時のまま、右の足首にまとわりついていた。
 白い内腿に付着した破瓜の血は、すでに、乾いている。
 無残というも愚かしい、陵辱の痕跡……。
 
 他に人影のない草むらに、打ち捨てられた人形のように、少女は横たわっている。
(どっか……行っちゃったんだ……あの人……)
(あたしを、おいて……)
 暮れていく空を、雲が流れていくのを黒い瞳に写しながら、少女は思う。
(男の、人って……)
(好きでなくても、女を抱くことが、できるんだ……)
 痛みが、あまりに大きいためか、心が、それを未だ受容しきれていない。
(そうなんだ……)
(なんだか……ずるい……な……)
 今は、呪うでもなく、恨むでもなく、ただ、限りない寂しさに似た何かが、胸のうちを虚ろにしていくのを感じる……。

 少女は、涙の涸れ果てたような瞳で、ただ、空を見ていた。
 夕焼けに染まる、朱色の空――
(あたし……多分……この色を、ずっと忘れない……)
 少女――水島詩織は、ぼんやりと、そんなことを考えていた。

 そして、物語は、この半年後に、再び動き始める。


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