祭の後先



「夏休みだってのに、林堂センセも物好きだなあ」
 部室に入ってきた林堂智視を見るなり、片倉浩之助は言った。浩之助は、なぜか林堂のことを“センセ”と呼ぶ。
「片倉だって似たようなものだろう」
 そして林堂は、浩之助のことを“片倉”と苗字で呼ぶのだ。
 浩之助と林堂は、同じ漫研のもぐり部員である。二人とも、自らの懐を痛めることなくマンガを読み漁るために、漫研部室に入り浸っているのだ。
 浩之助の言葉通り、今は夏休みである。が、星晃学園は、生徒の自主的な部活動を支援すべく、長期休業中も校舎を開放しており、当番の教師が管理を行っているのだ。
 ただし、校舎内のエアコンは、経費削減を理由にほとんどの教室で切られている。文科系で夏休みも学校で活動するような物好きな部活は、漫研を含めてごくわずかしかない。
 そして今、漫研部室は修羅場だった。
 男女十数人の部員が机に向かい、汗が原稿に落ちないように額にタオルを巻いて、紙の上にペンを走らせている。かと思うと、CGでも描いているのか、備品であるかなり旧式のコンピュータを前に、ぐりぐりマウスを動かしている生徒もいた。
 浩之助は、無論、絵など描けない。冷やかし半分、手伝い半分で、ここにいるようだ。食料の買い出しなど、それなりにやることはあるらしい。
 そんな折、もぐり部員の中でも最も部に対する貢献度の低い林堂が、ひょっこりと部室に現れたのである。
「片倉、こんど東京行くんだって?」
 部室の風景を眺めた後、林堂は言った。
「ああ。ココの連中の半分は行くぜ」
「ちょっと、頼みたいことがあるんだが」
「何を?」
 浩之助が、その子どもっぽい顔に屈託ない表情を浮かべながら言う。同性には嫌われることの多い林堂だが、浩之助は特にそういう感情を抱いてはいないらしい。
「国立国会図書館に行って、いくつかの雑誌のコピーをとってきてほしいんだ。五年前のな」
「こっかい? 国会に図書館なんてあンのか?」
 浩之助が、くりくりとよくうごく目を見開きながら言った。
「別に、議事堂の中にあるわけやあらへんよ」
 浩之助の背後から、漫研副部長の久留山亜美が口を挟む。
「近くにそういう建物があるんや」
「ほぉーん」
 浩之助は、本気で感心した声をあげた。
「にしても、林堂はん、なして浩之助なんかに頼むん? よりによって一番危なっかしいのに」
「うっせーなあ! 図書館で本借りるくらいできらあ!」
 今まで酷使していた手を休め、机に片肘をついてる亜美に、浩之助が小学生のような啖呵を切る。
「いや、他の連中は、いろいろ他に行く場所や買うものがあるだろうとおもってさ」
 林堂は、見ようによってはかなりキザな笑みを浮かべながら、そう言った。
 東京には、この地方都市にないようなレアなアイテムを扱う店がたくさんある。そして、夏の“コミケ遠征”に出かけるような部員は、言ってみれば漫研の精鋭、浩之助のような単なるマンガ好きではないのだ。今から時間の許す限りその手のショップを行脚する予定を立てているような連中ばかりなのである。
「とにかく引き受けたぜ。センセには借りがあるしな」
「なんやそら?」
「男同士の秘密だよ」
 にや、と浩之助は健康そのものの歯を剥き出しにして笑った。
「大方、エロなビデオでもやりとりしとるんやろ」
 亜美の言葉に、浩之助は押し黙ってしまう。どうも図星のようだ。
「ああ、そうだ、他に片倉には訊きたいことがあったんだ」
 一方林堂は平気な顔で会話を続けた。
「ききたいことぉ?」
 浩之助は、妙に間延びした声で聞き返す。
「ああ。姫園って、どんな奴だ?」
「……ヤな奴だよ、あいつ」
 まるで、嫌いな食べ物の話をする小学生のような表情で、浩之助は言った。



 浩之助は、一度だけ、姫園と“立会い”をしたことがあった。
 昨年の一学期。浩之助が、入部したばかりだというのに、空手部を辞めると言い出したときだ。
 ――このまま部にいてもしょーがねえよ。だって、オレに勝てるやついねーんだもん。
 練習にならない、ということを、入学したての浩之助は、例の屈託のない表情で言ってのけたのだ。
 上級生達は、浩之助を残留させるためというより、自らのプライドのために、彼と試合をした。
 そして、ことごとく完敗したのである。しかも、実際の試合では滅多に見られないような大技ばかりでだ。
 最終的に、道場で、姫園と浩之助が対峙する事となった。
 が、この時、決着はつかなかった。
 両者とも、互いの左側に回りこむように、半時計回りに位置を変えるだけで、距離が詰まらなかったのである。それまでの試合で、道場狭しと走りまわっていた浩之助が、嘘のように慎重になっていた。
 そして、そのまま夜になってしまったのだ。
 結局、浩之助は空手部を退部した。
 その後、姫園は涼しい顔だったが、浩之助は納得がいかなかった。
 ――姫園、もう一度だ!
 浩之助は、まるで駄々をこねる子どものように言って、姫園を河原に呼び出した。
 ――これぁ、“試合”じゃなくて“立会い”だからな。
 そう言う浩之助に、姫園は困ったような顔で微笑むだけだった。
 浩之助の空手は、完全に実戦向けだ。河原のような、足場の悪い、開けた空間でこそ真価を発揮する。
 ――いくぜ!
 審判や場外を気にしなくてよくなった浩之助は、猛然と地を蹴った。
 裸足で、ごろごろした河原の石の上を、緩い弧を描きながら短距離走者のように疾走し、距離を詰めようとする。
 と、それに勝るとも劣らぬスピードで、姫園も浩之助めがけ動いていた。
 ――ぬななっ?
 姫園の動きは、浩之助の予想より、ごくわずかにであるが、速かった。
 距離が、一気に縮まる。
 気がつくと、間合いが詰まっていた。
 蹴りの距離ではない。拳ですら、近すぎて有効打にならない。
 腕が伸びきる前に、相手の体に当たってしまうのだ。
 息が届きそうなほどの距離に、秀麗な姫園の顔がある。
 その顔は、いつも通り、かすかに微笑んでいた。
 ――ちえええええイ!
 浩之助は、とにかく距離をとるべく、右に跳んだ。
 すかさず姫園が、同じ方向に飛ぶ。
 浩之助がバックする。
 同じ距離だけ、姫園が迫る。
 距離は変わらない。
 どうにもならなかった。
 さすがに姫園も、浩之助の速度についていくのが精いっぱいらしく、攻撃を繰り出してくることはない。が、それは浩之助も同じなのだ。
 中途半端な攻撃をすれば、カウンターが待っている。それでなくとも、体の小さな浩之助には不利だ。
 浩之助が派手な技ばかりを使うのは、本人の性格によるもののみではない。彼の体重では、小技はほとんどダメージにならないのである。
 モーションの大きい強烈な蹴りを、しかも急所に叩き込まなくてはならない。
 が、それを姫園は封じている。
 夕暮れの河原で、二人は、向かい合ったまま、いつまでもただ走り続けたのだった。



「結局、オレも姫園も、息が上がって、んでもってお開きさ」
 ぱっ、と両手を広げながら、浩之助は林堂に言った。
「お互い疲れたようだから引き分けにしましょう、と来やがった。だから、ヤな奴」
 浩之助は、そう言いきった。
「ふう……ん」
 林堂が、右手で口元を隠して考え込む。
「もし、オレ以外で姫園に勝てるとしたら……郁原くらいかな?」
 どうも、浩之助はそういう次元でしか物事を考えることができないらしい。
「えー? あの郁原はんがあ?」
 傍で話を聞いていた亜美が、素っ頓狂な声をあげる。どうやら、彼女は郁原のことを知っているらしい。
「誰だ? やっぱり空手部か?」
 林堂が訊く。
「いんや、美術部。あいつ、小学校のときに空手やめたんだ。オレの親父の道場に通ってたんだけどさ、かなりいいセン行ってたんだぜ。でも、試合中にオレの顔面叩いて、オレ、歯が折れちゃってさあ。それ以来、あいつ、人を殴れなくなってやんの」
「いかにもそんな感じやな」
 うんうん、と亜美が肯く。
「子どもの歯だったから、オレは全然よかったんだけどさ」
「“子どもの歯”ってあんた……“乳歯”って言葉知らんのか?」
 亜美が、呆れたように言う。
「浩之助、もっと本とか読んだほうがええんちゃうか?」
「うっせえなあ、お前は国語のセンセーか!」
「だって、マンガ読んでても、いちいち知らない漢字の読み方、ウチに訊いてくるし」
「いーじゃねえか、減るもんじゃなし」
「時間がもったいない、ゆーとんのや」
「じゃあ誰に訊けばいいんだよ!」
「知るかぁ!」
 浩之助と亜美は、まるで子ども同士のようにぎゃんぎゃんと言い合いを始める。
 林堂は、思わず肩をすくめてしまった。



 そして、一週間後。
 日本最大の同人誌即売会の最終日の夜のこと。
 場所は、東京のとあるホテル。どうということはない、シングルの一室である。
 亜美は、麻のワイシャツにホットパンツという格好で、ベッドに座っていた。あぐらである。
「かーッ、んまい!」
 その手には、福の神のマークが印刷された、350ミリリットル缶が握られていた。外から持ちこんだビールである。やや割高ながらそのぶん美味しいと評判の銘柄だ。
「イベントあとの一杯は最高やな!」
「よくそんな苦いもン飲むなあ」
 眉をひそめながら、イスに座った浩之助が言う。浩之助の部屋は隣のシングルなのだが、亜美の描いた同人誌が完売した祝杯をあげるべく、ここにいるのだ。
 浩之助が持っているのは、桃の缶ジュースである。
 その顔には、珍しく疲労の色が濃い。
 何しろ、ここのところずっと、亜美の荷物持ちをさせられたのだ。次から次へと亜美が購入する同人誌を持って、広い会場をねり歩いたのである。
 初日でこそ、いい筋トレになるなどとほざいていた浩之助だったが、二日目にはめっきり口数が少なくなり、三日目の閉会アナウンスの頃には顔が土気色になっていた。
 浩之助は、この三日間で、束ねた紙というものがいかに重いのかということを思い知らされた。
 紙袋一杯の同人誌は一種の凶器、もしくは拷問具である、と真面目に考えたものだ。
 さらに連日の猛暑が、追い討ちをかけた。
 が、何と言っても最大の衝撃は、参加者の数だった。
 一地方都市の住人にとってみれば、どこにこれだけの人間が隠れていたのか、といぶかしむくらいの人数が、一箇所に集まっていたのである。
「ウチらはサークル入場やから楽なもんや。一般入場の行列見たら腰抜かすでえ」
 そう言われて、開場直前の行列をこっそり見物に行った浩之助は、本当に腰を抜かしかけたのである。
 日本中から集まっている、という言葉の重みを感じた。
 そして、会場内の、凄まじい人の波と、それがもたらす、圧力すら感じられた熱気――。
「スゴイよな、みんな」
 ギリシアの伝説の飲み物の名を冠されたジュースをちびちび飲みながら、浩之助は言った。
「まあ、あのうちの半分くらいはエロのパワーやと思うんやけどね」
 ほんのり赤い顔でへらへら笑いながら、亜美が言う。
「酔ってんのか、お前」
「酔ってなんかあらへんよー」
「そうかあ?」
「これっくらいで酔わんわ。浩之助こそ何や! そんな子どもみたいなもん飲んで」
「苦いのヤなんだよ!」
 浩之助が噛みつくように言う。
「じゃあ、酎ハイなんかどや? ジュースみたいなもんやで」
「だって、アレ、炭酸だろ。口の中痛くなるじゃん」
「おっ子様やなあ〜」
 亜美は、ケラケラとおかしそうに笑った。
「お前と同い年だよ!」
「そんならやー」
 ずい、と亜美は浩之助に顔を近付けた。眼鏡の奥の目元がぽおっと染まっている様に、浩之助の心臓がどきんと跳ねる。
「飲み比べ、せえへんか?」
「や……やってやらあ!」
 うまく乗せられた形で、浩之助は言っていた。

「き"も"ち"わ"る"い"〜」
 あらゆる音節に濁点を付けながら、亜美は、ベッドの上でのたうっていた。
 一方浩之助はけろりとしている。その頬が、少し赤く染まっている程度だ。
「やっぱ不味いな、酒って」
 いつもとほとんど変わらぬ調子で言いながら、浩之助は例の甘たるいジュースで口直しをしている。
 その浩之助が空けた缶の数は、亜美の二倍近くだ。
「あんた、ばけもんや……」
 ベッドの上に転がるいくつものアルミ缶の向こうにある浩之助の顔を見ながら、亜美が言う。
 と、突然、がば、と体を起こした。
 そして、そのまま口を両手で押さえてトイレに直行する。
「大丈夫かぁ?」
 浩之助の問いに、ざんばー、という水洗トイレの音が返ってきた。
 浩之助は小さくため息をついて、亜美を介抱すべく立ち上がった。

「ふ〜……」
 ようやく落ち着いた様子の亜美に、浩之助は、膝枕を貸していた。亜美の要求によるものだ。
 浩之助は、最初は拒んだのだが、酔っ払いの駄々にはかなわない。結局、ベッドの上にあぐらをかいて、その右の太腿に、亜美のボブカットの頭を乗せる形になっている。
 浩之助の顔は、先程よりよほど赤くなっている。
「あぁ〜、ぼんやりしてえぇ〜きもちや〜……」
 妙にゆるんだ顔で、亜美が言った。
 緊張感のカケラもないその顔を、浩之助もぼんやりと眺める。
「こーのすけ〜」
 ぱたぱたと襟元を動かして風を入れながら、亜美が浩之助の目を見た。
「なんだよ」
「あっつい〜」
「がまんしろよ」
「この服ぬがして〜」
「なっ……!」
 思わず浩之助が身を引いてしまったために、すとん、と亜美の頭がマットレスの上に落ちる。
「いったいな〜、何すんねや〜!」
「わ、わりい……えっと……その、いいのか?」
「んにゃ〜?」
 亜美が、眼鏡の奥の目を半ば閉じたまま、猫のような声をあげた。
「……うん……ええよ……」
 そして、少しだけ酔いが覚めたような顔で、そう、囁くように言う。
 浩之助は、亜美の右側に回りこみ、麻のシャツのボタンに、そっと手を伸ばした。
 そして、ゆっくりと一つ一つ、ボタンを外していく。
 んく、と浩之助は、思わず生唾を飲みこんだ。
 亜美の、ほんのりとピンクに染まった肌が、次第に露わになっていく。
 純白の、可愛らしいデザインのブラが、意外と豊かな亜美の胸の膨らみを優しく包んでいた。
「浩之助ぇ……」
 目を開いて、亜美が言う。
「電気、消してえ……」
「……やだ」
 浩之助は、子どものような口調で言って、亜美のホットパンツのホックに指を伸ばす。
「ちょ、ちょっと……いくらなんでも、こないに明るいと、恥ずかしいわ」
 そう言いながら、亜美は浩之助の手を押さえようとするが、浩之助のほうが早い。カーキー色のホットパンツは半ば脱げ、やはり純白のショーツがのぞいた。
 亜美がショーツを手で隠そうとすると、浩之助はブラのフロントホックを外し、ブラを押さえると、ホットパンツをずり下げてしまう。
「あ、ああ、あん。こうのすけえ〜」
 次第に衣服を剥ぎ取られていきながら、亜美は恨みっぽい声を上げた。
 とうとう亜美は、ショーツと、はだけた麻のシャツとを身に付けるのみとなった。ブラとホットパンツは、浩之助の手によって床の上に放り投げられてる。
「――キレイだ、久留山」
 半裸で胸を隠す亜美に、浩之助はいやに神妙な表情で言った。
「ヘ、ヘンなこと言わんといて……調子狂うわ」
 亜美が、唇をとがらせながら言う
「本当だよ。だって……前は、きちんと見れなかったから」
「そんなん……ウチ、恥ずかしい……浩之助……やっぱ、電気、消して」
「だめだ。オレ、久留山のハダカ、もっと見たい……」
「そ、そんなん……」
「いいだろ?」
 そう言いながら、浩之助が亜美の顔をのぞき込む。
「しゃあないなあ、もう……」
 そう言って亜美は、半身を起こし、シャツから腕を抜いていった。
「こ、浩之助も、脱いで」
「ん? あ、うん」
 素直に肯いて、浩之助も、身に付けていたTシャツとジーンズを脱いでいく。
 そして、全てを脱ぎ捨てた二人が、ベッドに座って向かい合った。
 浩之助は、ひどく熱っぽい目つきで、亜美の体を凝視している。
 控え目な曲線で構成された亜美の体は、まだ熟れてない果実を思わせた。そんな中、柔らかそうな胸の膨らみが、全体のバランスを大きく崩すことなく自己主張している。
「久留山……」
「な、なんや?」
 浩之助の真剣な口調に、亜美が伏せていた顔を上げる。
「卒業したら、結婚してくれ」
「な、なにアホなこと言うてんの!」
 まったく予想外の言葉に、亜美は、思わず大声をあげていた。
「本気だぜ。オレ、久留山が好きだ……ムチャククチャ好きなんだよ」
「浩之助……ひっきょーや、こない突然……」
「ダメか?」
 浩之助が、不安そうな顔で、亜美ににじり寄る。
「そ、そんなら……浩之助、ウチのこと、亜美って呼んで」
「え……」
 ぼっ、と浩之助の顔が耳まで真っ赤になる。
「なんでそないに照れんねん?」
「いや、その……好きだ、亜美……」
「……嬉しい」
 亜美は、四つん這いで近付いてきた浩之助の両肩に、その小さな手を置いた。
 二人の顔が、ゆっくりと重なる。
「ン……」
 浩之助の舌が、亜美の柔らかな唇をなぞり、その中をまさぐる。
 亜美のピンク色の舌が、それに応えた。
 そして、互いの舌に唾液を馴染ませるように、くるくると動きながら絡み合う。
 浩之助が、唇を離さないまま、亜美の上半身をベッドに横たえた。
「ン……んく……んむ……うン……」
 どこか媚びるような鼻声をあげながら、亜美はうっとりと浩之助のキスを受け止める。
 ようやく浩之助が唇を離したとき、つうっ、と細い唾液の糸が、下向きのアーチを一瞬作った。
「亜美……」
 浩之助の呼びかけは、まだちょっとぎこちない。だが、どこか一生懸命で、思わず亜美は微笑んでしまう。
 と、いきなり、浩之助は亜美の両脚を思いきり持ち上げた。
「きゃあ!」
 こうなると、笑ってる場合ではない。亜美は、眼鏡の奥の目を見開いて悲鳴をあげた。
 ほとんど背中がベッドと垂直になるような感じで、腰が持ち上げられる。マット運動の後転を中途半端に失敗したような、いわゆる“まんぐり返し”の姿勢だ。
「亜美……っ」
 浩之助は、亜美の太腿に手をかけ、ちろちろとその秘裂を舐めまわし始めた。
「ひゃう……う……ンああん!」
 その幼い体型にふさわしい、ほとんど無毛のスリットを丹念に舌で愛撫され、亜美は高い声をあげてしまう。
 肉の花びらがぱっくりと割れ、中に湛えていた熱い蜜を溢れさせていく。
「ああ、あ、あン……イ、イヤらしい……」
 そう言いながらも、亜美は、自分の恥ずかしい部分から目を離すことができない様子だ。
 透明な愛液が、滑らかな下腹部を伝い、胸元まで垂れてきている。
「気持ちイイか? 亜美……」
 ちゅう、ちゅう、とどこか神妙な顔で肉襞を軽く吸いながら、浩之助が訊く。
「ヤあ……そんなん、訊かんといてぇ……」
「じゃあ、ココは?」
 そう言って、浩之助は、クレヴァスとアヌスの間の会陰の部分を、てろてろと舐めあげた。
「ひあああああああッ!」
 くすぐったさの混じった快感に、亜美がぴくぴくと体を震わせる。
 浩之助は、さらに、亜美のアヌスに口付けした。
「きゃああああ!」
 亜美が、悲鳴をあげる。
「こ、浩之助、そこあかん!」
「何で? お前の買ったマンガの中に、こういうのあったじゃん」
 亜美が慌てた声をあげるのにもかまわず、浩之助は、セピア色のにくのすぼまりに舌をねじ込むようにする。
「ダ、ダメえ……そんなん……き、汚い……」
「ぜんぜん汚くなんかないよ。……それに、気持ちイイんだろ?」
 ふるふると震える小さなヒップを抱えた姿勢で、浩之助が言う。
「そ、それは……」
 どこか背徳的な感覚にぞくぞくと背中を震わせながら、亜美が言いよどむ。
 まだ、快感と言うほどではないが、それでも拒否できないような、そんな感覚。
 このまま続けていると、後戻りできなくなるような、そんな気がする。
 と、亜美の背中に、激しく勃起した浩之助のペニスの先端が当たった。
「浩之助ぇ……」
 不自由な姿勢から、亜美が、浩之助の剛直に手を伸ばす。
「あっ……」
「こないになっとるやんか……」
 そう言いながら、ぎこちなく手を動かす。
「あ、亜美……」
「浩之助、口でしたろか?」
「え……?」
 その、あまりにも魅力的な申し出に、浩之助は思わず口唇愛撫を中断していた。
 そして、こっくりと肯く。
 亜美は、奇妙な名残惜しさを覚えながらも、体位を変えた。
 浩之助の体をベッドに横たえ、脚の間に身を置いて、その股間に顔を埋める。
 あの自宅での初体験の後、浩之助と体を重ねるのはこれで三度目だ。そして、フェラチオをするのは初めてである。
 が、ペニスを間近に見るのはこれが最初ではないし、亜美の頭の中には、その手の知識が必要以上に詰め込まれている。亜美は、ためらうことなく、浩之助のペニスをその口内に収めた。
「うあああああああっ」
 生温かくぬらついた予想外の感触に、浩之助が声をあげる。
 亜美は、これまでのお返しとばかりに、情熱的に浩之助の怒張を舐めしゃぶった。
 その舌や口の動きはややぎこちないが、不法に入手した成年向け同人誌から得た知識で、どこがオトコノコの急所なのかは何となく分かる。亜美の舌は、浩之助のペニスの鈴口をえぐり、雁首や裏筋の部分をなぞるようにした。
 そして、歯を立てないように注意しながら、亀頭や竿の部分をちゅうちゅうと吸引する。
(ウチ……あんなふうなエロな顔、しとるんやろなぁ……)
 今まで読んだ成年向け同人誌の中でも、特にハードなシーンが、亜美の頭の中で蘇った。
 すると、なぜか、この淫らな口唇愛撫に、ますます熱が入ってしまう。
「うあ……ああっ……亜美……オレ、オレもう……」
 浩之助が、両手でシーツをぎゅっと握りながら、そんなことを訴えてる。
(可愛い……っ♪)
 亜美は、身の内に湧き起こる愛しさに突き動かされるように、浩之助のペニス全体を飲み込むようにして吸引した。
 そして、ぐっぷ、ぐっぷ、ぐっぷ、ぐっぷ、と淫猥な音をたてながら、ディープスロートを繰り返す。
 浩之助は、いともあっけなく絶頂に追い込まれた。
「あああああああッ!」
 びくッ! と浩之助の腰が跳ねる。
 好きな少女の喉奥で射精してしまうという罪悪感の混じった強烈な快感が、熱くたぎったペニスを駆け抜けた。
「んんんッ!」
 どばああっ! と大量の青臭い粘液が、亜美の喉を叩いた。
「んぶっ!」
 いくら知識はあっても、粘つき、喉の奥に絡みつくその感覚までは予想していなかったのだろう。亜美は、慌てたように顔を引いた。
「んっ、げほっ、ンえっ」
 そして、思わず手の中に浩之助の精液を吐き出してしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……わ、悪い、亜美……」
 荒い息の中、浩之助が詫びる。
「んん……ダイジョブや……んあ〜……へへ、マンガやと、けっこう平気な顔で飲んどるのになあ」
 そう言いながら、亜美は、その手を備え付けのティッシュでぬぐった。
 そして、浩之助の股間を、不思議そうに見つめる。
 唾液と精液に濡れた浩之助のその部分は、今あれだけ放ったばかりだというのに、一向に勢いを衰えさせていない。
「あ……何だか収まんなくて……」
 浩之助が、決まり悪そうな顔で言う。
 亜美は、眼鏡の奥の目を悪戯っぽくきらめかせた。そして、まだひくんひくんと動いている浩之助のペニスに手を伸ばす。
「はぁ……」
 ほぼ同時に、二人が熱い吐息を漏らす。
「へへ、ちょい実験や……」
 そう言いながら、亜美が、浩之助の腰を膝でまたぐ。
 ぽた、ぽた、と愛液が数滴、ほころんだ肉の花弁から浩之助の腰に滴った。
「お前、すごいことになってんぞ……」
 興奮に声を上ずらせながら、浩之助が言う。と、亜美は、その童顔に似つかわしくない淫らな笑みを浮かべた。
「すごいのはこれからやん……」
 そう言いながら、亜美は、ゆっくりと腰を落としていった。
 どっく、どっく、どっく、どっく、という心臓の鼓動が、浩之助に聞かれそうな気がする。
 熱い蜜を溢れさせる亜美の秘部が、浩之助の亀頭に触れた。
「うン……」
 唇に淫らな笑みを含んだまま、切なそうに眉を寄せ、亜美がさらに腰を落としていく。
 ぷっくりとした柔らかな大陰唇が、ぬぬぬぬぬっ、と浩之助のペニスを美味しそうに咥えこんでいった。
「あああああン……ム、ムチャクチャやらしい……ッ♪」
 どういうつもりか、接合部を覗きこみながら、亜美がそんな声をあげる。
「お前、何かスイッチ入っちゃった感じだな」
 一度放出してやや余裕ができたのか、浩之助がそんなことを言った。
「んふ……すいっちってなんや〜?」
 そう言いながら、亜美が、その白く丸いヒップを、くいっ、くいっと動かした。
 騎乗位は初めてなので、最初こそ、どこかぎこちない動きだったが、次第に腰遣いが滑らかになっていく。可愛らしいお尻に似合わない、ひどく淫らな動きである。
「んあ……く……あ、亜美……っ」
 浩之助は、たまらず声を漏らしながら、両手を亜美の体に伸ばす。
 その手を、亜美の小さな手が、たぷたぷと揺れる自らの胸に導いた。
「ウチのスイッチはここや……」
 くねくねと腰を動かしながら、亜美が微笑む。
 浩之助は、完全にペースを奪われた感じで、はぁはぁと小さく喘ぎながら、くいっ、と亜美の小粒の乳首を捻りあげた。
「ひゃうん♪」
 そして、指を亜美の胸に食い込ませる。
「こ、浩之助ぇ、もっとぉ……」
 ぐにぐにと双乳をまさぐる浩之助の手の動きに、亜美が甘たるい声をあげた。
 大胆に動く亜美の腰の下で、ぬらぬらと愛液に濡れた浩之助のペニスがクレヴァスを出入りしている。
 亜美は、快感に体を悶えさせながらも、時折思い出したようにその様子を凝視した。
 その大きな瞳は、明らかな欲情にきらきらと濡れ光っている。
「く……!」
 と、唐突に、浩之助が体を起こした。
「きゃあン!」
 浩之助の突然の動きによって、深々と胎内を貫かれ、亜美が悲鳴のような声をあげる。
 そのまま浩之助は亜美を押し倒すようにして、正常位のかたちになった。
「ンあ……浩之助、いっつも突然なんやからぁ」
 恨みっぽい声で、亜美が言った。が、その顔は、興奮にすっかり上気している。
「こーいうのは、マウント取られたら負けなんだよ!」
 浩之助は、亜美にはよく分からないことを言って、猛然と腰を動かし始めた。
「あ! あう! ン! んあ! あんんんんッ!」
 激しい抽送に、亜美は早くも甘い喘ぎを漏らしてしまう。
「き、きもちええ……ええの……っ! ンあっ、あっ、あっ、あああああああッ!」
 ふるふると悩ましげにかぶりを振る亜美の顔を見つめながら、浩之助はぐいぐいと腰を動かした。テクニックも何もない。ただもう本能に導かれるまま、大きなストロークで力強くピストン運動を繰り返す。
「あううううううッ!」
 ぐんぐんと一直線に性感を高められて、亜美はたまらず背中をのけぞらせた。
 きゅううん、と肉の隘路が浩之助のシャフトを締めつける。
「んあッ!」
 思わず、浩之助も声を漏らす。
「こ、こうのすけ……どないな感じ……?」
 はあはあという激しい喘ぎの合間に、亜美がそんなことを訊いてくる。
「す、すげえ……亜美のココ、むちゃくちゃ締めつけてる……」
 腰を止めることなく、浩之助は言った。
「きもち、ええの? ウチの……ウチのアソコ……」
「うん、す、すごくいい……。あっ? ま、また……ッ!」
 膣内の肉襞が幾重にも絡みついてくるような感覚に、浩之助が声を上ずらせる。
 自らの体内で、浩之助のペニスがひくひくと律動しているのが、亜美にも分かった。
(浩之助が、ウチの中でシャセイしそうになってる……!)
 かああああっ、と熱い血液が亜美の頭に昇った。まるで、脳がお湯に浸ったようにじんじんと痺れる。
「イ、イクうッ!」
 亜美は、一声そう叫んで、びくびくとその小さな体を痙攣させた。
「くうううううッ!」
 その痙攣に誘われたように、浩之助が、亜美の体内に二度目の精を放つ。
「あッ! ま、またイク! イク! ウチ、イっちゃうううううううううううッ!」
 びゅるびゅると射精するたびに、自分の中でペニスが激しく律動する感覚に、亜美は高い声をあげていた。
 まるで、ぐうん、と高い空に持ち上げられたような、奇妙な浮遊感。
 浩之助とのセックスにおける、初めての、本格的な絶頂だ。
 自慰行為の、鋭いながら断続的なそれと異なる、温かくうねるような快美感が、ひたひたと亜美の全身を満たしている。
(……なんか……でっかいお風呂に、浸かっとる感じやなあ……♪)
 ほとんど真っ白な頭の片隅で、妙に冷静な一部分が、そんなことを考えていた。



 そして――
 姫園克哉は、自宅の地下へと続く階段を降りていた。
 高級住宅街の中でも特に大きな姫園の屋敷の、その闇の底に続く階段だ。
 明かりは、ついていない。暗闇の中、姫園は、危なげなく階段を下っていく。
 そして、持っていた鍵でロックを解除し、地下室の中に入った。
 コンクリート剥き出しの部屋である。
 窓はない。エアコンで一定の温度に保たれている空気は、どこか淀んでいるようにも感じられる。
 昼夜や季節から隔絶されたその闇の中に、人の気配があった。
 部屋の奥から、どこか獣じみた呼吸音が、聞こえるのである。
「兄さん……」
 姫園がそう呼びかけると、部屋の奥の“それ”が、くわっと強烈な殺気を放った。
 その殺気に一瞬遅れて、気配の主が、姫園に飛びかかる。
 がしゃっ! と硬いもの同士のぶつかる音が、部屋に響いた。
 そして、がきがきという金属室の激しい音が、それに続く。
 姫園には、見えなくても分かっている。兄が、太い鉄格子にその体をぶつけ、両手で握って狂ったように揺すっているのだ。
「まだだよ、兄さん……」
 姫園の顔に浮かんだその表情を見るものは、ここにはいない。
「でも、もうすぐさ。それまで、体とか壊さないでね、兄さん」
 そんな姫園の言葉に、牢内に幽閉されているその男は、獣じみた咆哮で応えた。
 闇が、震える。
 その闇を呼吸しながら、姫園は、誰も見ることのかなわない微笑みで、その口元を歪めているのだった。
あとがき

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