第十章
ぴちょん、と音をたてて、天井から雫が落ちる。
温かな湯船につかりながら、私は考えた。
いや、考えたというより、覚悟した、と言った方が正しいだろうか。
そう。もはや考えるまでもない。私がすべきことは、すでに決まっている。
どうにも動かしようのない、過去の集積――それが現在を規定し、未来を選択させる。
私の選択できる未来は、そう多くはない。
だが、それも、私自身の過ちによって導かれた結果だ。
誰を恨むわけにもいかないし、もし恨む相手を見つけたとしても、それは問題の解決には寄与しない。
それにしても……私は、何と穏やかな気持ちでいるのだろう。
今の私の落ち着きようは、状況から考えて、不謹慎とさえ言える。
戦闘行為を目撃され、感情封印を解除され、それどころか自らアラハバキの秘密をぶちまけてしまった。
なのに、私の心は、かつてないほどに平静だ。
その理由は明白で、そして単純。
ぴちょん、と雫が落ちる。
それに誘われるように、私は、不覚にも涙を溢れさせてしまった。
誰も見てないはずなのに恥ずかしくて、思わず、お湯の中に顔を伏せてしまう。
良かった――本当に良かった――
彼が――時任覚が生きていて――
どうして彼が生きてるのかとか、これから自分はどうなるのかとか、そんなことすらどうでもいい。
それくらいに、私は、彼が生きているということに感謝していた。
「ごちそうさま」
ほとんど音をたてずにお茶碗をテーブルの上に置いてから、塞川さんが礼儀正しく言った。
「すまない。風呂だけでなく、食事まで世話になって……」
「気にしないでよ。それに、大したものじゃなかったし」
「いや、本当に感謝している……。君には、本当に迷惑をかけどおしだ」
そう言って、塞川さんは視線を落とした。
今、塞川さんは、僕のスウェットの上下を着ている。
塞川さんのブラウスとかは、あんまり汗に濡れていたんで、すでに洗濯して、今は乾燥中である。
実は、制服の方も、雨に濡れて湿ってるんだけど、こっちを洗濯するのはちょっとムリだ。
「――服が着られるようになったら、ここを出て行く」
「え……?」
僕は、塞川さんの言葉に思わず声を上げた。
「当然のことだろう? いつまでもここに厄介になるわけにはいかないからな」
「で、でも……塞川さん、その……」
僕は、思わず口ごもった。
食事の間、ずっと気になってたこと――それを、訊いていいものかどうか。
いや、でも、塞川さんが僕の前からこのまま姿を消したら、絶対に後悔する。
だから、僕は、塞川さんに尋ねることにした。
「塞川さんは――このまま家に帰れるの?」
「え……?」
「あの、アラハバキのことっていうのは、普通の人間には絶対に秘密なんでしょ? なのに、僕をこのままにして……」
「確かに、問題だな」
塞川さんが、そう言って、わずかに微笑んだ。
「なのに、僕をほっといて、ここを出て行くってことは――」
僕は、意を決して、言葉を続けた。
「もしかして、塞川さんは、その……お姉さんを、どうにかしようっていうつもりなんじゃ……」
「…………」
塞川さんの顔から、表情が消えた。
その黒い瞳に、どこか悲しげな光が宿っている。
「ずいぶんと物騒なことを言うんだな。時任君は」
「だ、だって……だってさ、僕は、その、塞川さんとか、そのお姉さんのことを、聞いちゃってるわけだよ? それに、その……死体を埋める場所のことについても知っちゃってるわけだし……なのに、僕をそのままにして出て行くってことは……」
「…………」
「仮に、このまま塞川さんがこの街から姿を消すんだとしても、塞川さんのお姉さんは、いつかは僕がまだ生きてるって事に気付くわけだよね? そうなったら、お姉さんは僕のことをどうするかは分からない。もし、塞川さんがそれでもいいと考えてるんだとしたら……さっき、僕に、アラハバキのこととか教えたりはしないはずでしょ?」
「それは――」
「塞川さん、さっきから、何だかずっと、覚悟を決めちゃったような顔してるし……だから……もし、これが思い違いだったらいいんだけど……お姉さんと……戦うなんてつもりだったら……」
塞川さんの、あの人間離れした動きを見る限り、相手が誰だろうと、後れを取るようには思えない。
だけど、塞川さんのお姉さんは、彼女と同じ“アラハバキ”だって話だし……そもそも、塞川さんが勝っても負けても、その結果は悲劇以外の何ものでもないはずだ。
だったら――
「……まいったな。君は、本当にサトリか何かじゃないのか?」
塞川さんが、また、その口元を淡い笑みを浮かべる。
「君の言うとおりだ。私は、橘果姉さんと決着をつけなければならない。もちろん、話し合いでことが済んで、姉さんが君のことをかばうことに同意してくれれば、丸く収まるんだが……その可能性は、限りなく低いな」
やっぱり――
塞川さんは、限りなく低い、なんて言葉を使ってるけど、僕には何となく分かる。可能性は、ゼロなんだ。
塞川さんは僕を殺したと思い込み、自らの心を封印しようとさえした。だが、それに同意し、実際にそうしたのは、彼女のお姉さんだ。
それだけ、アラハバキというものは、人に厳しい判断を強いるものなわけで……
「塞川さん」
僕は、じっと彼女の瞳を見つめた。
「え、な、何だ?」
「一緒にこの街から逃げよう」
「……はあぁ?」
塞川さんが、ものすごくびっくりした顔で、声を上げる。
「な、何を言ってるんだ、君は」
「真面目な話だよ」
「そ、それは分かる。しかし、逃げると言ったって、その……」
「もう、これまでの生活がどうとか言ってる場合じゃないでしょ」
「それはそうだ。しかし……」
「幸い、僕はこういう立場なんで、けっこうまとまったお金が使えるんだよ。だから、生活費とかのことについては心配しなくても大丈夫」
「し、しかし――」
「塞川さんは、お姉さんと戦ったりしちゃいけないと思うんだ」
頬に血を上らせる塞川さんを前にして、僕は、自分でも驚くくらい冷静に言った。
「そもそも、戦った結果、もしお姉さんが亡くなったりしたら、その、本殿だっけ? そこに何て言い訳するわけ?」
「それは……ミズヒルコと戦って命を落としたとか……」
「それで相手を誤魔化すことができるの? だいたい、そんなことになったとして、塞川さんは平気なの?」
「へ、平気なわけないっ!」
だん、と小さな拳で塞川さんがテーブルを叩いた。
「平気なものか! わ、私は、ずっと姉さんと一緒で――姉さんはいつも私には優しくて――けど、君のためには――」
「僕のために姉さんを殺そうと考えるなんて、そんなの駄目だよ」
「しかし、私は……私が、罪を償うためには……姉さんを殺して、私も死ぬしか……」
ばん!
「馬鹿なこと言うなッ!」
自分の叫び声を聞いて、初めて、自分が大声を出したことに気付いた。
思い切りテーブルを叩いた右の手の平がヒリヒリ痛む。
「ば……馬鹿とは何だ!」
「今、塞川さんが言ったことだよ! お姉さんを殺して自分も死ぬ? 何だってそんな馬鹿なこと考えちゃうのさ!」
二人して、椅子から立って、声を張り上げる。
「そうするしか――そうするしかないんだ! 君は、私たちのことを何も知らないくせに!」
塞川さんが、眉を吊り上げ、口を大きく開けて――瞳に、涙を浮かべる。
「だったら話してよ! もっともっと話せばいいでしょ! それから二人で考えればいいんだ。でもね、死ぬだの殺すだのなんてこと、絶対に解決になんかなんないよ!」
「だけど――だけどだけどだけど! 君を殺してしまった私の罪は――」
「僕は――生きてるよ」
いつのまにか、僕と塞川さんは、テーブルを回り込んで、お互いの前に立っていた。
「僕は、現にこうやって生きてる。塞川さんもお姉さんも、死んだと勘違いしちゃっただけなんだ。だから、そのことはいいんだよ」
「そ、そんなことは――」
「ただ、僕は、塞川さんやその関係者のことで、知ってはならないことを知ってしまった」
僕は、塞川さんの言葉を、強引に遮った。
「だから――もし、そのことで僕や塞川さんを責めるような人たちが現れるようだったら、その前に、見つからないようにどこかに逃げちゃおうって……ただ、それだけの話なんだよ。変に思い詰めちゃったり、安易に暴発しちゃ駄目だ。そんなの、何にもならないよ」
「き……君は……君は……」
塞川さんが、怒った顔のまま、僕から視線を逸らし、そして、どこか拗ねたような表情になる。
「……君は、生意気だ」
「ごめん」
「謝らないでくれ。余計に惨めな気持ちになる」
塞川さんの頬を、透明な涙が、一筋、流れる。
「塞川さん……」
僕は、僕よりほんの少し低いだけの彼女の頭に手を伸ばし、さらさらの髪に触れた。
「僕、塞川さんが好きだよ」
「時任君……」
「僕は、君が好きだ。だから、君が、お姉さんを殺すだとか、自分も死ぬだとか、冗談でだって言ってほしくない」
「こんなこと、冗談なんかで言えるものか……」
塞川さんが、僕の方に向き直り、濡れた瞳で力なく睨む。
「うん。だから、余計につらいよ」
僕は、そう言いながら、塞川さんに顔を近付けた。
「僕にできることって、一緒に逃げようなんて情けないこと言うだけなんだもんね」
「な……情けなくなんか、ない……その……」
塞川さんも、僕に体を寄せてくる。
「……嬉しかった」
囁くような塞川さんの声が、熱い息となって、僕の唇をかすかにくすぐる。
高ぶった感情に後押しされて、僕たちは、いつのまにか、互いの体に腕を回していた。
相手の体をぎゅっと抱き寄せ、さらに顔を――唇を、近付ける。
「好きだよ……」
「わ……私も……」
声が震えてる。
僕の声も、塞川さんの声も。
そして、僕たちは、かすかにおののく唇を、互いに重ねた――
というわけで、逃げるんだったら一刻も早いほうがいい、ということになった。
塞川さんの話によれば、まだ、彼女が帰ってこないことについて、お姉さんが不審を抱くような時刻じゃないとのことである。それに、僕が生きてるってことをお姉さんは知らないし、僕の家の場所だって分かってないんじゃないかって話だった。
それでも、やっぱり用心したほうがいい。
塞川さんの服ももう乾いていて、外の雨も止んでいた。
そういうわけで、僕たちは、僕の家以外の場所で一夜を過ごすことにしたのである。
「それで、ここか……」
塞川さんが、物珍しげに部屋の中を見回している。
「駅前にホテルがあることは知ってたが、中に入ったのは初めてだ」
「う、うん」
僕は、要領を得ない感じの返事をして、最低限の着替えの入ったバッグを床に置いた。
もちろん、このホテルが、いわゆる普通のホテルでないことくらいは、僕も知っている。ただ、塞川さんがその辺りをどこまで分かってるのかは、分からない。
まだ、唇に、柔らかな感触の名残がある。
いや、でも、もちろん、この場所をひとまずの宿としたのには下心は無く、ただ単に普通のホテルが見つからなかっただけで――
「――時任君」
塞川さんが、声をかけてきた。
「えっ、な、なに?」
「その……か、体を、見せてくれないか?」
「なっ……!」
ぼっ、と音がしたんじゃないかと思うほどに、顔が熱くなった。
「傷跡とかが残ってないか、確かめたいんだ」
「あ、ああ……そういうこと……」
僕は、ぎくしゃくと肯いて、シャツのボタンを外した。
下着をまくると、塞川さんが、僕の胸に顔を近付けてくる。
塞川さんの息遣いを、肌に感じた。
と、塞川さんの指先が、僕の胸元に触れる。
「……傷は、無いな」
「あ、うん」
「ほっとした……いや、ほっとしてはいけないんだが……」
じっと、塞川さんが僕の胸を見つめている。
視線にくすぐられているようで、何だかこそばゆい。
「私は、最低だな……」
ぽつり、と塞川さんが呟く。
「本当は、真っ先に謝罪をしなくてはけなかったのに……つい、言いそびれてしまった……その……あんまり嬉しくて……」
「え……?」
「嬉しいんだ……事情はどうあれ、君が生きていてくれて」
僕の胸を確認すべく前屈みになっていた塞川さんが、背筋を伸ばす。
「塞川さん……」
「覚」
塞川さんが、僕のことを名前で呼ぶ。
「あ、えっと……」
「覚」
何だか、ほんのちょっと拗ねてるような――甘えてるような、声。
彼女の頬が、ほんのりと赤く染まってる。
「き……桐花、ちゃん」
いつかは、そういうふうに呼んでみたいと密かに思っていたその言葉が、僕の口から滑り出る。
そんな僕の呼びかけに、彼女が、くすっ、と小さく笑った。
「覚……」
半開きの、花びらみたいな唇に、キスをした。
今日で二度目、そして、人生においても二度目のキス。
かすかにくすぐったい柔らかな感触に、いつまでもこうしていたいと考えてしまう。
けど、そういうわけにもいかなくて、僕たちは唇を離した。
塞川さん――桐花ちゃんの瞳が、潤んでいる。
僕は、また桐花ちゃんの唇に唇を重ね、今度は、ちょっと冒険して舌を差し出してみた。
おっかなびっくりの僕の舌を、桐花ちゃんの舌が、遠慮がちに出迎える。
舌と舌とを触れ合わせると、体に電気が走ったみたいになった。
夢中になって、キスを続ける。
そして――僕たちは、服を脱ぎ、下着姿になってベッドに並んで座った。
桐花ちゃんの体は意外なほど細くて、それなのに、ブラで包まれた胸の膨らみは、予想以上に豊かだった。
「桐花ちゃん……」
剥き出しの肩を抱き、その肌に指を這わせ……ブラに、手をかける。
「あ……」
桐花ちゃんの黒い瞳に、戸惑ったような光が浮かぶ。
「あ、あの……外しても、いい?」
「あ……ああ……」
桐花ちゃんが肯き、僕は、彼女のブラを外した。
たわわな乳房が、ふるんと、揺れながら全容を露わにする。
僕は、焦る気持ちを必死に押しとどめ――それでも、やや乱暴な感じで、桐花ちゃんをシーツの上に横たえた。
「えっと……本当にいいのかな?」
彼女の体に覆いかぶさりながら、今さらのように、僕はそんなことを言ってしまう。
「互いに好き合っているんだから……こ、こうするのは、自然なことだろう?」
そういう桐花ちゃんの声は、ちょっと震えているようだった。
右手で、そんな桐花ちゃんの左の胸に触れる。
「あっ……」
柔らかな感触。手の平に余るボリューム。滑らかな曲線の頂点で、ピンク色の乳首が恥ずかしそうにしてる。
僕は、できるだけ優しく、彼女の乳房を撫でさすり、ゆっくりと揉んだ。
「あ、あっ、あぁ……あんっ……」
乱暴にしちゃ駄目だ。乱暴にしたら、女の子は痛いだけ。だから、優しく、優しく、その眩しいくらいに白い乳房を、揉む。
桐花ちゃんは、感じてくれてるだろうか? 初体験の僕のこの拙い愛撫は、彼女を気持ちよくしてるんだろうか?
「あ、あうっ、んあぁっ……あくっ……は、はふっ……うんっ……ああぅっ……」
「ねえ……え、えっと……気持ちいい?」
「バ、バカ……そんな恥ずかしいこと、訊くなっ……」
桐花ちゃんが、腕で顔を隠すようにしながら、そっぽを向く。
「気持ち……いい……」
それから、まるで聞かれるのを恐れるような小さな声で、桐花ちゃんが言う。
僕は、桐花ちゃんの左の胸をまさぐりながら、右の乳首を口に含んだ。
「あんっ……!」
ピクン、桐花ちゃんの体が跳ねる。
ここは、敏感な部分なんだ。だから、もっともっと優しくしないと……。
歯を立てないように注意しながら、チロチロと舌先でくすぐってみる。
「んっ、んっ、くっ……あ、あっ……!」
ん、この感じ……もしかして……。
いったん口を離し、指先で触れると、桐花ちゃんの乳首が堅くしこってるのが分かった。
女の子も、気持ちいいとココが勃起するはず……そんな、どこで仕入れたか忘れてしまった知識を頼りに、桐花ちゃんの二つの乳首を交互に舐め回す。
「あっ、あぁんっ、あく……あっ、そ、そんなに……あっ、や、やんっ……あうっ、うくっ、んっ、んんんンっ……!」
桐花ちゃんの切なそうな声が、ただでさえいっぱいいっぱいな僕を、さらに興奮させる。
僕は、乳首から口を離し、桐花ちゃんの顔を覗き込んだ。
「ああん……」
桐花ちゃんの腕をそっとどかし、唇を重ねる。
「んっ、ちゅっ、ちゅぷっ……んんっ……んふっ……んふぅン……」
まるで甘えているような声が、桐花ちゃんの鼻から漏れる。
僕は、胸をまさぐっていた右手を、桐花ちゃんの脚の間に差し入れようとした。
「あっ……!」
気配を感じ取ったのか、ぎゅ、と僕の手を塞川さんが太腿で挟む。
「……だめ、かな?」
「う……」
桐花ちゃんが、ちょっと僕を睨むようにしてから、ゆっくりと、脚の力を緩めた。
ショーツの薄い布地の上から、アソコに触れる。
「んくっ……」
ひくん、と桐花ちゃんの体が震える。
僕は、指先にはっきりと湿り気を感じながら、その部分を撫でた。
「は、はくっ、うっ、うっ……んっ、んく……ああぁっ……」
桐花ちゃんの唇から、熱い吐息が漏れる。
僕は、彼女の唇にキスを繰り返しながら、その部分を執拗に撫で続けた。
「んっ、んあぁん、んく……んむっ、ちゅっ、ちゅぷ……ううんっ、んふっ、ふあぁ……あっ……ああぁん……」
桐花ちゃんの頬が上気し、瞳が潤んでいる。
「あ、あっ……ちゅ、ちゅむっ……あぁん……私……私っ……あ、あっ、あぁんっ……」
与えられる刺激に、どうしていいか分からない、といった感じで、桐花ちゃんが身をよじる。
と、桐花ちゃんは、いきなり僕の股間に右手で触れてきた。
すでにトランクスの中で完全に勃起しちゃってるアレが、桐花ちゃんの手の平の感触を布越しに感じる。
「んっ……き、桐花ちゃん……」
「覚ぅ……んっ、んんっ、んく……はあぁっ……」
互いに、下着の上から性器をまさぐり、刺激する。
同じような行為で同じように快楽を感じ、同じように喘ぐその息が、二人の顔の間で混じり合った。
「はぁ、はぁ……あ、あっ……あん……覚……覚ぅ……あ、ああぁん……っ!」
桐花ちゃんが、かすかに腰をくねらせている。
僕は、愛撫の手を止め、桐花ちゃんのショーツを脱がしにかかった。
「あ、うぅ……」
桐花ちゃんも、まるで僕の真似をするみたいに、僕のトランクスを引っ張って脱がそうとする。
そして、僕たちは、裸になって、体を重ねた。
桐花ちゃんの太腿の間に、腰を割り込ませる。
桐花ちゃんは、恥ずかしそうに顔を背けながらも、脚を開いて僕を迎え入れてくれた。
角度を調節しようとペニスに触れると、そこは、自分でも呆れるくらいに粘液を溢れさせ、ヌルヌルになっている。
その先端で、桐花ちゃんのアソコに、触れた。
「ひうっ……」
桐花ちゃんが、声を上げる。
「あ、あの……入れるよ……」
つい、そう確認してしまう。
桐花ちゃんが、瞳を閉じ、まるで小さな子供みたいに、うん、と肯いた。
無意識のうちに生唾を飲み込み、本能に導かれるまま、腰を進ませる。
「んっ、んんっ……あ、あぅ……うっ、んくうっ……あ、あっ、ああぁっ、あふ……」
桐花ちゃんの唇から、ゾクゾクするような声が漏れる。
徐々に体重をかけていくと、僕のに負けないくらいヌルヌルに濡れた狭い割れ目の中に、ペニスが潜り込んでいった。
信じられないほどに柔らかな感触が、僕のペニスを包み込んでいく。
「あ、あふっ、う、うぅんっ……あ、あぁっ、あっ……あはぁあああっ……」
「桐花ちゃん、大丈夫? 痛くない?」
「へ……平気っ……はぁ、はぁ……平気だから……このまま……あ、あうっ、あああぁんっ……」
僕は、桐花ちゃんの中にさらにペニスを侵入させた。
「あくうっ!」
一瞬、桐花ちゃんが、苦痛に顔を歪める。
見ると、僕のペニスが入り込んだ彼女のクレヴァスから、鮮血が滲み出ている。
「桐花ちゃん……」
「ハァ、ハァ……平気だ、このくらい……」
桐花ちゃんが、淡く笑いながら、僕の頬を右手で撫でた。
「覚は優しいな……」
「桐花ちゃん……」
「いいから……そのまま動いて……」
「う、うん……」
僕は、そっと腰を動かし始めた。
桐花ちゃんのアソコの中が、ヌチョヌチョと僕のに絡み付いてくる。
「はぁ、はぁ……あっ、す、すごい……」
「あっ、あうぅんぅ……ハァ、ハァ……覚の……動いてる……ああぁっ……」
喘ぎ混じりの二人の声が、交差する。
桐花ちゃんに気を使うつもりなのに、だんだんと腰の動きが速くなっていくのを止められない。
「あ、あっ、んんんっ……ああぁっ……さ、覚っ……!」
「桐花ちゃん、ごめん……体、勝手に動いて……」
「んっ、き、気にしないでいいから……あ、あぁん、あふっ……もっと……もっと動かして……ああぁっ……」
熱く湿った快楽が、僕のモノをぎゅうぎゅうと締め付け、擦りたてる。
僕は、桐花ちゃんの顔を見つめながら、夢中で腰を使っていた。
アソコがもたらす複雑な感触は、全て快楽に還元され、僕の体の中で水位を増していく。
「はぁ、はぁ……あ、あぁん、あふっ、あはぁっ……ああぁっ……ああぁ……こ、こんな……こんなにっ……あっ、あううんっ……」
「桐花ちゃん……もしかして……感じてるの?」
「ハァ、ハァ……んっ、そ、そんな……か、感じるなんて……あ、あうっ……私……ああぁっ、あっ、あぁ〜っ」
恥ずかしさと、それ以外の何かに、桐花ちゃんが身悶えしている。
僕は、桐花ちゃんの体を強く抱きながら、腰を動かし続けた。
「やっ、やあぁん……あっ、ああぁっ……そ、そんなに……そんなにされたら、私っ……あうっ、あっ、あく……あん! あぁんっ! ああぁ〜っ!」
下から、桐花ちゃんが僕にしがみついてくる。
まるで頭の中に直接お湯を注がれたような興奮と快感に、僕は、我を忘れてしまっていた。
「だめっ、だめぇっ……あっ、ああぁっ、や、やぁっ……やだ……私……もう、もうっ……ああぁんっ!」
拒絶とも取れる言葉とは裏腹に、桐花ちゃんが、僕の体を強く抱きしめ、背中に爪を立てる。
僕は、痛いくらいに高まった欲望を、彼女の中に迸らせた。
「やあああぁ〜っ! イクっ! イクっ! イク、イク、イク、イクぅううううううぅ〜ッ!」
ペニスを包む柔らかな感触が、ぎゅうぎゅうと締まる。
僕は、何度も何度も、桐花ちゃんの中で射精を繰り返した。
「あ、あああああ……あっ……あく……うんっ……あ、あ、あ、あ、ぁ、ぁ、ぁ……」
互いの体を抱き締め、汗に濡れた肌をぴったりと重ねて、ひくん、ひくんと痙攣する。
その時、僕は、桐花ちゃんと溶けてくっつき、一つの生き物になったような錯覚を覚えていた――
朝、目を覚ますと、隣に覚がいた。
見ようによっては何とも呑気な寝顔――その顔に、ほっと溜息をつく。
彼の顔は、依然として、どこか育ちのいい猫を思わせる。
そんな覚に――私は、昨夜、純潔を捧げた。
予想以上に乱れてしまった自分に恥じ入りながらも――その恥ずかしさが、なぜか心地いい。
それにしても――
私は、このままでいいのだろうか。
いいわけがない。彼とともにこの街を逃げるだなんて、そんなことは――
不可能、だ。
橘果姉さんと、本殿と、その両方の目を欺いて、アラハバキである私がこの街を去るなんて……そんなことは、無理だ。
それでも、覚とともにあの家に居続けるのは、やはりリスクが高かった。
だからこそ、彼の見幕に押される形で、この宿に二人で泊まったのだ。
本殿についても、橘果姉さんについても、曖昧な知識しか持たないくせに、私を叱り飛ばした、覚。
そんな彼が、どういうわけか、胸が苦しいくらいに愛しい。
ああ、そうか――
実際のところ、私は、彼とこうなりたくて、一緒にここまで来たのだ。
だから――彼と一夜を過ごした私には、もう、悔いは残っていない。
残っていない、はずだ。
だから、私は、彼を起こす事なく、この場所を去ることができる。
置き手紙を残す必要もない。私は、自分が何者であるか、その全てを、彼にさらけ出した。
それに、もし、姉さんとの決着をつけ、本殿をうまくごまかすことができれば、私は、また彼と会うことができる。
だから――だから私は――静かな気持ちで、姉さんとしばしの時間を過ごしたあの境内へと赴くことができるのだ。
赴くことが、できる――はずなのに――
私は、未練がましく、寝ている彼の顔を見続けてしまっている。
もう行かなくては。覚が目を覚ます前に。
分かってる。そんなことは分かってる。分かり過ぎるほどに分かっているのだ。
だけど――だけど――だけど――だけど――
その時、唐突に、かん高い電子音が響いた。
「え? な、何……?」
私は、みっともなくうろたえる。
と、覚が、男にしては華奢な腕を伸ばし、枕元の携帯電話を、がしりと掴んだ。
そして、寝ぼけ眼で、何やらボタンを操作し――そして、私を見る。
「……おはよう」
にっこりと、覚が微笑んだ。
「あ……あぁ……」
何ということ。
覚のその顔を見た瞬間に、私は、張り詰めていた気持ちを一気に萎えさせてしまったのだ。
そんなこと、とっくに気付いていた。彼にこうやって笑いかけられたら、こうなってしまうことに。
駄目だ……私は、もう……時任覚を置いて、ここを去ることが、できなくなった。
だから……だから、彼が目を覚ます前に、ここから離れなければならなかったのに……何て……何て無様で、何て惰弱で……何て、何てみっともないんだ、私は……っ!
「桐花ちゃん」
「え……あ、な、何だ?」
「昨夜のこと、後悔、してる?」
「あ、いや――そんなことは、ない」
するりと、本音が口から滑り出る。
今の自分は、どうしようもなく弱くなっている。そのことは明らかなのに、なぜか私は、後悔など微塵もしていない。
そんな自分自身に、驚くより、すこし呆れてしまう。
「よかった」
また、覚が微笑む。
「あ、それでさ、ちょっと相談したいんだけど」
「え?」
「これ、どう思うかな?」
覚が、携帯電話の液晶画面を、私に見せる。
そこには、今しがた覚の携帯電話に送られてきたメールの中身が、表示されていた。
私は、その全文を読み通し、そして、署名の部分を見て、思わず眉をしかめてしまう。
萌木緑郎――
覚に送られてきたメールの差出人は、例の、油断ならない用務員の男だったのである。