第三話
『足元の悪夢』
第三章



 そして、“作戦決行日”の昼下がり。
 あたしと譲木くんは、乾さんの後について、ブンちゃんの家に上がった。
 乾さんのでっちあげた、睡眠下心理療法とやらの手伝いとしてである。
 乾さんは、ブンちゃんみたいな症状の専門家ということで、ブンちゃんのお父さんに紹介されている。しかも、紹介したのがきちんとしたお医者さん(無論、D.D.T.の協力者)だったから、ブンちゃんのお父さんも、かなり期待しているんだと思う。
 そんなお父さんに案内されて、ブンちゃんの部屋に入る。
 ああ。
 思わず、ため息が出てしまった。
 たった数日で、ブンちゃんは、それとはっきり分かるほどに痩せていた。もともとブンちゃんは、プロポーションのいい、きちんとついてるとこにはついてるタイプだったから、その不健康な痩せ方が、ますます悲しい。
 あたしは、ぎゅっと拳を握った。何としてでも、ブンちゃんを助けてあげなきゃならない。
「あの……僕は、これから職場に顔を出さなくてはならないんですが……」
 ブンちゃんのお父さんが、乾さんに申し訳なさそうに言う。
 あたしたちがブンちゃんの夢に潜る日を今日にしたのは、それを知ってのことだ。だから、恐縮されると、なんだか後ろめたい。
「結構です。治療は、かなり長時間に及ぶ場合もありますので、もともと立ち会っていただくことは考えてませんでしたから」
「ああ、そうですか」
 乾さんの言葉を、ブンちゃんのお父さんは易々と信じてしまう。ますます罪悪感。
「帰宅されるころには、一通り治療は終わっているはずです」
「それでは、よろしくお願いいたします」
 そう言って、悲しげな顔をしたまま、ブンちゃんのお父さんは部屋をあとにした。
 しばらくして、ガレージから車の出て行く音が響く。
「……行った?」
 窓から外をうかがっていた譲木くんに、あたしが問いかける。
「うん。……わりと旧式だけどBMWだった。やっぱお医者さんは違うね」
 何見てるんだ、何を。
「ああ、そうだ、コレ、言っとかないといけないと思うんだけど……」
「何を?」
 あたしの方に向き直った譲木くんに、聞き返す。
「若槻さんのお父さん、近々、再婚するはずだったらしいんだ」
「え?」
「勤め先の、看護婦とな」
 譲木くんの言葉を、乾さんが引き継ぐ。
「それと……今のブンちゃんの状態と、何か関係あるんですか?」
「あっても、おかしくないな。人の精神に憑依するDEMONは、その被害者のトラウマと深い関わりがある、ということになってる」
 あたしは、無言で肩をすくめた。
 この年になって、父親の再婚が心の傷になるかどうかは、人それぞれだろうけど……何だか、見方が単純すぎる。
 もしかして譲木くんや乾さんは、世間の女子高生は皆が皆ファザコンだなんて思ってるんじゃないだろうか。
 まあ、ブンちゃんがそうかどうかは、分からない。何しろ、あれだけ優しそうなお父さんだし、ブンちゃんはすごく素直なコだ。何の屈折も無く、お父さんのことが好きだとしても、おかしくないかも。
 でも……
「とにかく、潜ってみないことには始まんないよ。夢に入ったとたんにDEMONが現れるってケースも、少なくないんだけどね」
 譲木くんが、考え込んでるあたしに言う。
「そしたら、どうするの?」
「可能な限り戦うし、ダメなら逃げる」
 これは、乾さん。
「ご立派な作戦ですこと」
 苦笑いしながらそう言って、あたしはゆっくりと息を整えた。
 そして、眠ったままのブンちゃんに足を踏み出しつつ……
 世界を、スキップさせた。



 まぶしい光が、いつのまにか閉じてたまぶたをこじあけようとする。
「ん……」
 おもわず低くうめきながら、ゆっくりと目を開ける。
「へえ……」
 あたしのすぐ隣で、譲木くんが、声をあげた。
 目を開けると、びっくりしたような顔の譲木くんと、相変わらずの無表情の乾さんがいる。
 そこは、なんだか童話の世界みたいな、明るい森の中だった。アメリカの方の子供向けアニメって、こんな感じなんだよね。
「如月さん、はい」
 譲木くんが、背負っていたナップザックから、あたしのクツを取り出して渡してくれる。そう、ブンちゃんの部屋ではクツ脱いでたんだ。あたりまえだけど。
 でも、クツなんて要らないくらい、森の中の地面はふわふわと気持ちよかった。まるで、緑色のじゅうたんみたい。
「ずいぶんと、質感がリアルな夢だね……。風景は、メルヘンチックだけど」
 譲木くんが、早速ブンちゃんの夢を分析する。
「譲木くんの夢も、そんな感じだったよ♪」
「え、そ、そう?」
 あたしの言葉に、なんだか譲木くんはうろたえていた。そんな譲木くんを見てると、自然とにやにや笑いが浮かんでしまう。
 でも、にやけてるばかりじゃ話は進まない。
「で、どうするの?」
「適当に歩いていれば、向こうの方からはたらきかけがある」
 なんでもなさそうな顔で、乾さんが言う。
「向こうって……DEMON、ですか?」
 あの、須藤さんの夢の中にいたイドのことを思い出して、あたしはちょっと背筋が寒くなった。そうだ、ここには“敵”がいるんだっけ。
「DEMONか……もしくは、若槻さんから、ね」
 黙ってる乾さんに代わって、譲木くんが言った。
「ブンちゃんが?」
「なにしろ夢だし、憑依もされているから、回りくどいメッセージになると思うけどね」
 そんなことを譲木くんが話してるうちに、乾さんはすたすたと森の中を歩き出していた。あたしと譲木くんは、あわててそれに続く。
 次第に、木がまばらになってくる。空は快晴。風がすごく気持ちいい。譲木くんの夢だって、こんなにはっきりとしてなかった、と思う。
 と、あたしたちは、小高い丘の上に立っていた。
「わあ……!」
 あたしは、思わず歓声をあげていた。
 丘の麓にはなだらかな緑の平原が広がっていた。そこに、リボンみたいな白い道がゆるゆる走っていて、その道沿いに、ヨーロッパの古い農家みたいな家が何軒か間を開けて建っている。
 そして、道は、向こうの丘に建てられた綺麗なお城にまで伸びていた。いくつもの尖塔が組み合わさってできたような、白と薄いブルーを基調とした西洋風のお城である。
 童話か、ファンタジー小説の挿絵にでもなりそうな景色だった。
「なんだかRPGっぽくなってきたなあ」
 譲木くんが、ヘンなことを言い出す。
「このまま竜王のトコに行かされたりしないだろうね」
「竜王? 将棋と何か関係あるの?」
「なんでもない……」
 そしてあたしたちは、そのお城目指して歩き出した。



 結果から言うと、あたしたちは、お城にたどりつくことはできなかった。
 問題のお城の周囲に、幾重にも重なるようにしてイバラが生えていたのである。
 まるで、イバラでできた城壁なのだ。無理に突っ切ったら、服がぼろぼろになるどころの騒ぎじゃない。
「……いっそ、障壁を張って突入するか?」
 自分の背丈よりも高いイバラの壁を見上げながら、乾さんは乱暴なことを言った。
「だいじょぶなんですか? そんなことして」
「障壁はもつと思う……。力押しで解決できるかどうか分からんがな」
 あたしの問いにそう答えながら、乾さんはイバラに手を伸ばした。
「ダメっ!」
 と、突然、聞き覚えのある高い声が背後から響いた。
 が、遅かった。
「うおっ!」
 乾さんの驚いた声に、イバラが一斉に動く、大勢の人のざわめきのような音が重なる。
 そう、イバラが動いたのだ。
 無数の枝がまるでヘビか触手のようにうねり、乾さんに殺到する。
「乾さん!?」
 譲木くんが叫んで、乾さんを引き戻そうとする。
 しかし、乾さんの体は、すでに大部分がトゲだらけの緑色の枝に覆われ、下手に手を出すことができない。
「あ、あああ……」
 あたしはと言うと、あまりのことに、バカみたいに声をあげるだけ。
 イバラが動くのをやめた時、乾さんは、緑色の巨大なマユに閉じ込められてしまった。中にいる乾さんはどうなってしまったのか、そのマユはぴくりとも動かない。
「乾さん……」
「さわっちゃダメだったら!」
 今度は譲木くんに、あの声が叫ぶ。
「え……!」
 振り返って、あたしは絶句した。
 ナナミが、そこにいた。
「七宮さん……」
 譲木くんも、驚きで声が出せない様子だ。
 まさしく、ナナミだ。あたしの腐れ縁の親友、七宮翔子が、両手を腰に当てて薄い胸をそらしてる。
 しかしまあ、なんてカッコしてるんだろ。
 ナナミが身につけているのは、すそがぎざぎざになってる、ひどくメルヘンチックなデザインの若草色のワンピースだった。しかも、ご丁寧に赤いとんがり帽子までかぶってる。
 さらには、その背中からは、トンボみたいな透明な翅が生えているのだ。
 でも、一番オドロキだったのは、大きさだった。身長が小さいとか、そういう意味じゃない。目の前のナナミは、頭のてっぺんから爪先まで、二十センチくらいしかなかったのである。
「そのイバラには、呪いがかけられているの。触ったら最後、魔法の眠りに閉じ込められちゃうんだから」
 妖精そのままの姿で、ひどく現実離れしたことを言いながら、ナナミがあたしたちに近付いてくる。おおお、こいつ、飛んでるよ!
「眠り姫……いばら姫だったっけ?」
 どこか空ろな感じの声で、譲木くんがつぶやく。
「眠れる森の美女、でしょ?」
 あたしも、自信が無い。
 いや、そんなことより。
「乾さんは、どうやったら助かるの?」
「イヌイサン?」
 ナナミが奇妙な発音で聞き返す。
「さっき、イバラに巻き込まれた人のことよ」
 そう言いながら、あたしは乾さんが取りこまれた辺りを振り返った。
 よく見ると、同じようなイバラの塊が、枝の向こうに、そこかしこにある。
 あの中には、一つ一つ、人が閉じ込められてるんだろうか?
「それには、呪いを解かないと」
 背中の翅を忙しく動かして宙に浮かびながら、ナナミはあたしの耳に口を寄せ、言った。
「どうやって?」
 譲木くんが、野暮なことを訊く。
「そりゃ……やっぱアレ、かなあ」
 あたしは、苦笑しながら言った
「あれって……?」
「王子サマのキスよ」
「よく知ってるわね」
 あたしの言葉に、妖精さんのカッコをしたナナミが感心する。
「そりゃあ、知ってるわよ。このお城の塔のてっぺんには、魔女に呪いをかけられたお姫サマが眠ってるんでしょ。王子サマが来るのを待ってね」
「……あんた、タダ者じゃないわね」
 ナナミが、片方の眉を跳ね上げ、意味ありげな顔であたしの顔をにらむ。
「まあ、ね」
「もしかして……魔女の仲間?」
 あたしは、思わずがっくりとうなだれてしまった。



 あたしと譲木くん、そしてナナミは、連れ立って丘を渡る街道を歩いてる。
 妖精の名前は、やっぱ“ナナミ”だった。彼女自身がそう自己紹介したのだ。
 で、あたしたちは、運命の王子さまを探すべく、この世界を旅しているのである。
 夢の中では、時間の感覚がヘンになる。あたしたちは、そう大した距離を歩いたわけでもないのに、まるで何ヶ月もの間、いっしょに旅をしているような錯覚を覚えてた。
 譲木くんによれば、“夢が場面を変えた”のかもしれないということ。夢だけあって、何でもアリだ。
「しっかし、ますますロープレだ」
 なんだか困ったような顔で笑いながら、譲木くんが言う。
「ミッションがちょっとヘンだけど」
「何の話?」
「いや、別に」
 譲木くんはそうはぐらかした後、手近な丘に登って、周囲を見回した。
「……あっちにあるのは、村かな?」
「そうみたいね」
 額に手をかざす譲木くんの隣に立って、あたしが返事をする。
「あんなトコに王子はいないと思うけどなあ」
 あたしたちの周りをくるくる飛び回りながら、ナナミが言う。
「七宮さんは、その王子さまとやらがどこにいるのか知ってるの?」
「ナナミだってば」
 そう呼ばれるたびに、妖精ナナミは訂正する。
「じゃあ、あそこで情報収集する方がいいでしょ。村人に話を聞くのは基本だよ」
「あそこ、あんまりいい雰囲気じゃないのになあ」
 ナナミが、不満げにそんなことを言う。
「七宮さんは、あの村のこと知ってるの?」
「ナ・ナ・ミ! ……知らない。近付きたくないトコだし」
「でも、名前くらいは知ってるんじゃないの?」
 譲木くんの質問を、あたしが引き継ぐ。
「知ってる……」
 何だか、歯切れの悪いナナミの言い方。
「なんてえの?」
「ほんとうの村」
「なんじゃそりゃ?」
「だから、村の名前が“ほんとうの村”なの!」
 ナナミの甲高い声に、あたしと譲木くんは顔を見合わせた。



 村は、怪物に守られていた。
 いかにも牧歌的な、南フランスっぽい雰囲気の村の入り口にあった、トーガみたいな服をまとった男の人の石像。それが動き出して、あたしたちに何の警告も無く襲ってきたのである。
「ゴーレムに村を守らせるなんて、しゃれてるね」
 そんな訳のわからない軽口を叩く譲木くんの頭を、身長二メートルはありそうなその石像がぶん殴ろうとする。
 何千ものガラスが砕けるような、奇妙な音が響いた。譲木くんが張った障壁を、石像が叩いたのだ。
「こ、これ、DEMONなの?」
 どこからともなく拳銃を抜く譲木くんの背中に、あたしが叫ぶように訊く。
「違う! 多分これは若槻さんのイドだよ!」
「イド?」
「あの村に僕らが入るのに、若槻さんは無意識に抵抗を感じてる。だから、イドが出てくるんだ」
 そう言えば、イドってのは、無意識のエネルギーが形になったものだって、いつか聞いたっけ。
 そんなあたしの考えを、連続する銃声がかき乱す。うわあ、何度聞いても慣れやしない。
「キャーっ!」
 あたしの隣で、ナナミが耳を押さえてくるくる飛びまわってる。ちょっとしたパニックに陥ってるみたいだ。
 無論、そんな悲鳴に心を動かされた様子もなく、譲木くんはステップしてその石像の攻撃をかわし、至近距離から銃弾を叩きこむ。
 造りの粗い灰褐色のその体のあちこちに、亀裂が走っていく。何だか、みかけより脆いみたい。
「あ!」
 譲木くんが、思わず声をあげていた。
 銃声が、止んでる。弾が切れたんだ!
 あわててポケットをまさぐる譲木くんを、石像の拳が襲う。
「危ない!」
 あたしは、夢中でその石像と譲木くんの間に割り込んでいた。
「如月さん!」
 譲木くんが叫ぶ。でも、あたしだって何の算段もなしにこんなことしたわけじゃない。とにかく、譲木くんがピストルに弾を込め終わるまでは、壁になっとかないと!
 例の特訓で、どうにか自分の意志で張れるようになった障壁を、自分の目の前に展開する。
 その、あたしがとっさに張った障壁を、石像が叩いた。
 うああ。
 予想外の衝撃だった。すぐ目の前で、何か硬いもの同士が激突したみたいな感じ。何も触れていないはずなのに、肌に鈍い痛みを感じる。
 石像が、さらにあたしに迫った。右腕を、高々と振り上げる。
「こンにゃろお!」
 あたしは、多分、ちょっとしたパニックになってたんだと思う。
 何しろ自分から石像の懐に体当たりをかましたんだから。
 体が当たる前に、障壁が石像の表面にぶつかる。あたしは、さらに踏みこんだ。
 ぱアん、と派手な音が響いて、石像がよろめいた。
 え? え? え?
 石像が、半ば崩壊しながら、がっくりと倒れこむ。
 あたしは、びっくりして後を振り返った。譲木くんは、今ちょうどピストルに弾を込め終わったばかりだ。
「攻性障壁……」
 ぼんやりと、譲木くんはつぶやいた。
「なに、それ……?」
「障壁の次元断層を、攻撃に使う方法だよ。誰かに習った……わけじゃないよね」
 あたしは、ちょっと茫然とした顔の譲木くんに、あいまいに肯いた。
「やっぱ魔女じゃない」
 そう言いながら、妖精ナナミはジト目であたしをにらんだ。



 かくして、あたしたちは“ほんとうの村”に入った。
 ナナミは、ついてこなかった。よほどこの“ほんとうの村”を警戒してるらしい。
 村の入り口を守っていた石像が破壊されたというのに、村人たちは平気な顔だった。
 と言うか、なんとなくあいまいな輪郭の人たちが、ぼんやりとした表情で村のあちこちに突っ立ってる、というのが、この村の風景だったのである。
「……深いトコに入りこんだのかもしれないね」
「ふかいとこ、って?」
「深層心理、って言うんだっけかな? 無意識とか、そういうのにより近い領域」
 譲木くんの言うことは、よくわからない。
「……向こうからの動きはなし、か」
 そう言いながら、譲木くんが、村の大通りで顔を巡らす。
「どーすんの?」
「聞きこみでもしてみよっか? さっきも言ったけど、村人に会ったら話を聞くのが、このテの状況ではセオリーだから」
「ゲームの話?」
「夢の中でも、そうだよ」
 そう言いながら、譲木くんは手近な村人に話しかけた。
「こんにちは」
 灰色っぽい顔色をした、痩せた若い男の人が、ぼんやりとした表情のまま、譲木くんの方を見る。くすんだ緑色のシャツに麻布のズボン、髪を短く刈った、無個性な顔立ちの人だ。
「あのう、聞きたいことがあるんですけど」
「えっくすいこーるにーえーぶんのまいなすびーぷらすまいなするーとびーじじょうまいなすよんえーしー……」
 その人は、抑揚のない声で、ぶつぶつと何か唱え始めた。
「は?」
「あいまいみーまいんゆーゆあゆーゆあーずひーひずひむひずしーはーはーはーずいっといっついっと……」
「……ダメだな、この人は」
 肩をすくめて、譲木くんは別の人目指して村の中の道を歩き出した。
「な、なにアレ?」
 まだ何ごとかをつぶやき続けているその人を肩越しに振り返りながら、あたしは譲木くんに訊く。
「うーん、たぶん、こうじゃないかって思うことはあるんだけど」
「じゃ、もったいぶらずに言ってよ」
「外れてるとカッコ悪いから、言わない。あ、こんにちは」
 あたしが何か反論する前に、譲木くんは別の人に語りかけていた。
「えっと、ちょっと話、いいですか?」
「どうぶつのことだったら」
 あたしたちと変わらないくらいの年の、髪を二つに分けて結んだ女のコが、そんな風に答える。
「動物?」
「そう。どうぶつのことだけ」
「例えば?」
「あたしはネコがすき。イヌもちいちゃいのはすき。おおきいのはこわい。ネズミはきらい。ハムスターはすき。リスもすき。シマリスよりもエゾリスがすき……」
「……動物のこと以外は?」
「わかんない」
 あたしの問いに、そのコは子どもみたいにふるふると首を振った。
「ふーん……」
 ちょっと呆れてるあたしの横で、譲木くんが腕なんか組んでる。あー、なんかむかつくなあ、もう。
「ちょっとぉ、なんか分かってるんだったら、教えてってば!」
「だから、確証はないんだってば」
「ったく……」
「あ、すいません、こんにちはー」
 また、譲木くんが、別の人に話しかける。こんどは、普段着のサンタさんって感じの、白いひげの太ったおじいさん。
「えっと、何かお話してくれます?」
「……アヤは四つのころ、赤い毛糸の靴下が、大のお気に入りじゃった」
「は、はあ……」
 譲木くんが、調子を狂わされたような声を出す。
「冬が終わり、春になっても、その靴下をはこうとした。本当は夏にもはきたかった。それが、アヤの靴下に関する一番古い思い出じゃ」
「あの……ほかには?」
 続いて、あたしが訊いた。
「靴下は、足が濡れてる時にはくとはきづらい。まだ水気の残ってる足で靴下を履くことくらい、靴下に関することで憂鬱なことはそうそうない……」
「……そういや、そんなことブンちゃん言ってたなあ」
 どうしてそんな話題になったのか、今となっては思い出せない。たしか、中学校の修学旅行の話をしてたときだっけ?
「若槻さん、そんな話してたの?」
「あ、うん。修学旅行や林間学校でおフロに入ると、濡れた足で靴下はかなきゃいけないのがやだーって……」
「やっぱり」
 譲木くんは、深く肯いた。
「何がやっぱりよお」
「いや、だから、この村は、“ほんとうの村”でしょ。だから、村の人たちは、本当のことしか言わないんだよ」
「なにそれ?」
「本当のこと……つまり、若槻さんにとって本当のこと。若槻さんの記憶とか思考が、この村の人たちのセリフにダイレクトに反映されている、と」
「じゃあ、あの最初の人は……」
「試験勉強のための暗記でしょ。次のコは動物に関するコト専門、あのお爺さんは靴下専門ってわけ……だと思う」
「人によって、専門があるってこと?」
「多分ね。脳の中で整理されている記憶が、夢の中で人間の形をとって現われてる、ってとこかな?」
 と言いつつも、譲木くんにも確証があるわけじゃないみたい。
「じゃあ……王子サマ担当を、この村の中から捜せばいいわけ?」
「ずいぶんと直球勝負だけど、それがいいかもね。こういう形で、僕たちの前にこの“ほんとうの村”が現われたこと自体、若槻さんが僕たちに何かメッセージを送りたい、と思ってることになるんだと思うよ」
「それにしちゃ、回りくどいじゃない」
「それは、この夢はDEMONの支配下にあるからね」
「……それだけじゃ、ないかもよ。王子サマの名前なんて、そうそう人に言えるもんじゃないから」
 譲木くんは、きょとんとした顔をしてる。ああー、鈍い人だなあ。
「それって……どういうこと?」
「つまり、王子サマってのは、ブンちゃんの想い人ってコトでしょ」
「おもいびと……? ああ、そっか……なるほどォ……」
 あたしが付いてきて、本当に良かった。
 そんなふうに思いながら、あたしと譲木くんは、村の人たちに片っ端から話し掛けたのだった。

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