第一話
『深夜の校舎』
第四章



 闇の中に沈む学校の中を、あたしは注意深く歩いていた。
 前の時とは、違う。この学校に、あの人たちが侵入しているかもしれない。それが分かっていながら、暗い校舎の中、自分の教室を目指す。
 心臓が、どきどきする。
 全く同じ様相の、一階から四階までの廊下。そのうち、二階にあたしの教室はある。
 あの夜と同様、外に面した窓ガラスに、あたしの顔が映った。
 ここにも、別の世界……。
 二年F組の前に、来た。ぶるっ、と体が訳もなく震える。
 廊下側のすりガラスの窓が、ちょうど、細く開いていた。そこから、あたしは中を覗きこむ。
 教室に、人がいる。
 やっぱり、いたのだ。
 男の人が、四人。作業着を着た三人と、あと、スーツ姿の一人。言うまでもなく、人類結社の人たちと、そして、御影さんだ。
「こんなところをこれ以上探っても、何も出てこないですよ」
「……」
 御影さんの、忠告を装った嘲弄に対し、あとの三人は黙ってる。けっこうガマン強い。
「それとも、まさかD.D.T.の名簿が出てくるとでも思っていたんですか?」
 ディー・ディー・ティー?
 DDT? 殺虫剤? それともプロレスの技の名前?
 違う。名簿って言ってる以上、殺虫剤なんかじゃない。団体だか組織だか会社だか、とにかく人の集まりのことだ。
 乾さんの言っていたD.D.と、御影さんの言うD.D.T.。無論、無関係のわけが無い。
 あたしは、息をひそめて、じっと聞き耳をたてていた。
「我々も、それほど楽天的ではない」
 ようやく、人類結社の人のうち一人が、重い口を開いた。
「しかし、人名なり何なりが出てくれば、それだけでも、奴らの全貌をつかむための手がかりとなる」
「例えば、乾孝晃の名前とかですか?」
 タカアキ? どう書くんだろ? あとで、乾さんに訊いてみよ。
「君のその情報には感謝している。何しろ、奴ときたら、月並みな言いかただが、神出鬼没だからな」
「まだ、学生さんのほうが追跡調査もしやすいですからね」
「しかし、譲木とかいう生徒に関しては、外れのようだ。ここまでしても、何も出てこない」
 悔しそうな、おじさんの声。
「……D.D.を炙り出す策が、ありますよ」
 と、囁くような声で、御影さんが言った。
「何?」
「実績の確かな方法です。それに、実は、すでに準備はできているんです」
「……どういう、ことだ?」
「言葉では、説明しにくいですね」
 どこか、笑いをこらえているような声で、御影さんが言う。
「校庭まで、出て頂けますか?」
 しばしの、沈黙。
 なんで校庭? 御影さんは、どんな仕掛けをしたって言うんだろう?
 と、人類結社の人たちが、御影さんの申し出に同意する声が聞こえた。
 やばっ! こんな廊下じゃ、隠れる場所なんて無い! 階段ははるか向こうだ。
 今にも、教室の扉をがらがらと開けて、四人が出てこようとする。
 ええい!
 あたしは、タイミングを見計らって、隣の教室のドアを開けた。そのまま、体を滑りこませる。あの人たちが開ける音で、あたしがドアを開けたこの音を、ごまかせたかどうか……。
 長い長い、数分間が過ぎる。
 ……へいき、だったみたい。
 ふぃーっ。
 声を立てないように、あたしは安堵の息をついた。
 ちょうど、あたしが入った教室の反対側にある階段に向かって、四人の男の人たちが歩いていく。
 追うべき、だろうか?
 いや、この四人を追いかける必然性は、どこにもない。あとは、乾さんにでも連絡して、全てを任せればいい。
 そして、先に外に出た四人と鉢合わせしないように注意して、この深夜の校舎から脱出すればいいのだ。簡単な話。
 あたしは、携帯電話に記録した乾さんの番号をコールした。
 あう。つながらない。スイッチ切ってるか、電波の届かないとこにいるって、縁もゆかりもない女の人に告げられる。
 とりあえず、ここを移動しよう。校舎の中からだったら、見つからないように、外を観察することもできるはずだ。
 あたしは、常夜灯に緑色に照らされた廊下を歩き、やはり緑色の階段を下りた。
 もし、この緑の光の陰になっているところに何かが隠れてても、絶対に分からない……。
 走りたい。大声をあげたい。そんな衝動を押さえつけ、ことさら慎重に、昇降口を目指す。
 昇降口は、開いたままだった。
 男子トイレから脱出するほうが、鉢合わせの可能性は低いんだろうけど……避けられるものなら、できるだけ避けたいルートであることは確かだ。えい、みっからなきゃいーんだ!
 網入りガラスを通して、辺りをうかがう。よし、誰もいない。
 誰も、いない……。
 どこに、行っちゃったんだろ?
 御影さんは、校庭にしかけがあるって言ってた。なのに、ここから見える校庭には、人っ子一人いない。
 校庭でのお話は、終わったってことだろうか?
 うー……。
 小学生のころ、夜の学校に忍び込んでかくれんぼをした子がいたって話を、唐突に思い出した。
 最後に鬼になった子は、みんなを探して、探して、探して、それでも、見つからなくて……。そして結局、朝になったら、その子だけ、どこかに消えてしまったという、そういう噂話。よくある学校の怪談だ。
 ――よるのがっこうは、せいとをたべちゃうのよ。
 そのころからの付き合いのナナミが、舌足らずな声でそんなこと言ってたっけ。
 あたしは、ぶんぶんと頭を振って妄想を追い出した。外に出た人がいなくなってる。それは、要するに先に帰ったってことだ。それ以上、きちんとした説明はない。
 とりあえず、あたしはもう一度、乾さんに電話をかけた。
「はい」
 コール五回で、あの不機嫌そうな声が聞こえた。
「誰だ?」
「あたしです。如月です」
「きさらぎ?」
 あ、そう言えば、あたし、乾さんにきちんと名乗ってなかったっけ?
「譲木と同じクラスの、あいつか?」
「そうそうそう」
 知り合いと話せる、ってだけで、あたしは妙に心強くなってる。
「実は今、学校にいるんだけど……」
 あたしは、話しを続けながら、靴に履き替え、そして……昇降口から、出た。
 がくン。
 階段で足を踏み外したような感覚。そして、奇妙な不快感。
 そして……。
 目の前に広がる校庭に、突如として、四人の人影が現れた。そう、譲木くんの結界に現れた乾さんみたいに……。
「ほら、現れたでしょう」
 人影の、真ん中あたりにいる人が、笑みを含んだ声で言う。御影さんだ。
 そしてその周囲で、驚きを隠せない様子の、作業着の人たち。つまり、人類結社の人。
 御影さんの言葉と、他の三人の反応を見ると、この人たちにとっても、あたしは突然空中から現れたように見えたのだろう。
「結界……!」
 そうだ、あたしは、また結界の中に入り込んでしまったのだ。それも、御影さんの張った結界に。
 ようやく、あたしは、結界について訊きそびれていたことを思い出した。
 どんな人が、どんな条件で、結界に入ることができるのか?
 あたしはあの夜、偶然、自分の教室の中に張られた結界に現れた。一方、乾さんは、乾さんの意思で、譲木くんの結界の中に現れたらしい。
「ここに現れた以上は、あなたも、D.D.なんですね……」
 怖いくらい綺麗な微笑を浮かべながら、御影さんが言う。
 ちがう! あたしは、D.D.なんてモンじゃない!
 それが、何を示しているのか分からないけど……。
「結社の方々が、あなたのような方に、重大な用件があるそうですよ」
 その言葉を合図にしたかのように、作業着の男の人たちが、ジャケットの中から拳銃を取り出す。校庭を照らす屋外ライトの光を黒く反射したそれに、あたしの背中が凍りついた。あたしと四人の距離は、十メートルくらい。多分、ううん、絶対に逃げられない。
 みっつの銃口が、狙いを定めた。
 あたしに二つ。
 そして、御影さんに、一つ。
「どういうことだ? 御影君」
 銃を向けられても涼しい顔をしている御影さんに、三人の中で一番年上そうなおじさんが訊く。
「君が行使している能力は、D.D.とかいう非人類と同じものだ。すなわち、君も、我々が排除すべきものだということではないのか?」
「おやおや」
 御影さんが、芝居がかった仕草で手を広げた。
「協力者である私を撃つんですか?」
「人類でないものを消滅させることに、躊躇はない。たとえ、それが結社の長年の協力者であってもな」
 おじさんが、無感情な声で言う。
「ここまで尻尾を出しておきながら、よく言いますね」
 御影さんの声の調子も、変わらない。
「……そもそも、今回の皆さんの行動は、私を目標としたものじゃないんですか?」
「……」
「私が、あなたがたの言う、非人類であると……そう、信じてるんでしょう?」
「……」
「やれやれ」
 沈黙を続ける三人に、御影さんは肩をすくめた。
 あたしはと言えば、状況を把握しようとするだけで精一杯だ。
 御影さんの言ってることも、人類結社の人が言ってることも、よくわからない。とにかく、あたしを結界によって陥れた御影さんは、それによって、人類結社の標的となったらしい。あたしの側から言えば、敵対勢力の仲間割れ、ってことだろうか?
 でも、それにつけこむだけの力は、あたしにはない。さらに言うなら、御影さんにだって、三つの拳銃をどうにかする力はなさそうだ。
 しかし、そうではなかったのだ。
 突然、御影さんが、天を仰いで、どこの国の言葉とも知れない、奇怪な声をあげる。
「いあああああああ・ふるあ・なぐる・ぶる・ふるるるとぅるるうるぐくる・るるるるるるるるううううう!」
 無理やり文字にすると、こんな感じ。でも……それは、なんだか、人間の言葉ですらないみたいだった。
「黙れッ!」
 人類結社のうちの一人の叫びと、サイレンサーで抑えられた、ぶしゅ、という銃声が重なる。
 しかし、御影さんは平気な顔だ。
 どっ、という音ともに、声もなく倒れたのは、銃を撃った男の人の方だった。
「な、んだ……こいつは……!?」
 倒れたまま、動かなくなった男の人の背中の上に、大きな翼を持つ何かが、うずくまっている。
 この何かが、御影さんに銃を撃った男の人の体の上に、急降下してきたのだ。
 真っ黒い、妙にぬめぬめした肌をした、裸の人間に似た何か……。
 でも、人間じゃない。細部がぜんぜん違う。
 その手足の先にはぎゅうっと曲がった大きな爪が生え、背中では、まるでコウモリのような翼が動いている。それから、その身長と同じくらいの長さの尻尾と、髪の毛のない頭の両側から生えた、曲がった角。
 もし、その顔が、裂けた口から牙をはみ出させた凶暴なものだったら、まるで、物語の中の悪魔の一典型のような姿だったろう。
 でも、そいつには……顔が、なかった。
 顔があるべきところは、まるで、黒く塗られた卵のようで、いかなる隆起も器官もない。
「……ッ!」
 人類結社の残りの二人は、声にならない声をあげながら、引き金を引いた。
 小さく抑えられた致命的な音が連続する。
 顔のない怪物が、足元の体を蹴って跳躍する。当たり前かもしれないけど、そいつは、一切声をあげない。
 黒い体を、何発か、銃弾がかすめているように見えるけど、よくわからない。とにかく、それは、信じられないような速さで、低く宙を飛んだ。
 そして、二人のうち一人の顔に、両手両足でしがみつく。
 耳を抑えたくなるような悲鳴が響き、そして唐突に止んだ。
 あの、手足の先端にあった鉤爪のことを考えると、とてもそっちの方をまともに見れない。
 しかし、怪物は、そんなあたしの思惑など無視するように、あたしの視界を右から左へ横切った。その先には、残り一人となった人類結社の人がいる。あの、リーダーらしきおじさんだ。
 おじさんは、必死の形相で、両手で構えた銃を撃ち続ける。
 翼ある怪物は、その人の体に届く手前で、がくんと失速した。その体に、至近距離から何発も銃弾が撃ちこまれる。そのたびに、倒れたその黒い体が、びくん、びくんと動き、翼が地面を叩く。
 そして、怪物が、動かなくなった。
 その体の周囲に、まるでタールみたいな真っ黒な液体が、じわーっと広がっていく。
「これで……」
 言いかけたおじさんの背後に、上空から黒いものが舞い降りた。
「げッ!!」
 短い、それでいながら、この先、絶対に忘れることのできないであろう、悲鳴。
「二体が同時とは、限らないでしょう……」
 嘲笑、と言うには綺麗すぎる顔で、御影さんは笑ってた。
 あたしの角度からだと、そのおじさんが、背中にどんな攻撃を受けたのか、よく分からない。ただ、おじさんはよろよろとよろけ、驚いた顔のまま、がっくりと後ろに倒れた。
 倒れたすぐ近くの地面に、例の、コウモリの翼を持つ顔なしが、うずくまっている。その両手の爪の先からは、ぽたぽたと赤いしずくが滴り落ちていた。
 つるんとした顔が、あたしのことを、見てた。その究極の無表情の奥に、限りない敵意と悪意が感じられるのは、あたしの気のせいだろうか?
 倒れたままの、三人の作業服の男の人と、一匹の顔のない怪物。そして、うずくまったままの怪物が一匹……。
「さすがに、震えてますね」
 御影さんにそう言われて、初めて、自分の体が小刻みに震えていることが分かった。
「もともと、私の目的は、私の正体を探り、排除しようとしていたこの三人だけでした。あなたに危害を加えるつもりはないのですが……」
 信じられる、だろうか?
 いや、どうだろう。これだけの死体を前に、まだ薄く笑ってるこの人を信用するのは、危険すぎる。
 死体。
 そうだ、倒れてるこの人たちは、もう、死体なんだ。
 みんな、すごく不自然な格好で倒れていて、しかもぴくりとも動かない。びっくりするほどの量の血が、地面に、音もなく流れ続けている。
 当たり前のように、死体が夜の校庭に転がっている、非日常的な風景。
 大声で悲鳴を上げたかった。でも、その悲鳴が大きすぎて、喉の奥から出てこない。
「いいんですよ……悲鳴をあげても」
 あたしの心を読んだみたいに、御影さんが言う。
「思いきり、叫び声をあげなさい」
 ダメだ。
 今、声をあげたら、そのまま気が狂う。
 直感的に、あたしはそう覚っていた。でも、限界はすぐそこまで来ている。
「さあ……」
 ゆっくりと、御影さんがあたしに近付いてくる。あの怪物の何もない顔よりも怖い、すごく綺麗な微笑を浮かべた顔……。
「きゃ……!」
 とうとう、あたしが声をあげそうになった時、
 がきン!!
 ものすごい音が、耳元で響いた。
 振り返ると、なんの前触れもなく現れた譲木くんが、銃を構えて何かを叫んでいた。だけど、耳がじーンとして、何も聞こえない。あたしの耳のすぐそばを、銃弾が通過したのだ。
 視界の端で、例の顔のない怪物が、翼を広げて動き出す。
 音でなく衝撃で、あたしは、譲木くんがそいつに銃を連射しているのを感じた。
 空中で、何度か体勢を崩しつつも、そいつはあたし目掛けて宙を飛ぶ。えええ? なんであたし!?
 譲木くんが、あたしをかばうように前に出る。
「危ない!」
 あたしがそう声をあげたときには、怪物はまともに譲木くんにぶつかっていた。
 何枚もの薄いガラスが一どきに割れたような、硬質な音が響く。
 譲木くんは、怪物の攻撃を正面から受け止め……信じられないことに、それを跳ね返していた。
 彼の周囲で、微妙に世界が歪んでる。まるで、そこだけが水の中で、光が屈折してるみたい。
 ちょっとひるんだ様子の怪物に、今度は横から何発もの銃弾が浴びせられた。そのまま、怪物が、全身から黒い体液を噴き出しながら、倒れる。
「ワームだけでなく、ナイトゴーントなんか召喚しやがって……」
 まだちょっと調子のおかしいあたしの耳に、不機嫌そうな声が聞こえる。言うまでもないけど、乾さんだ。
「御影、お前は一体、何者なんだ?」
「……さすがに、D.D.は違いますね」
 御影さんは、乾さんの質問には答えない。
「ここは一つ、退散するといたしましょう。また会うこともあるでしょうが……」
「待てッ!」
 乾さんが、ごつい銃を御影さんに向ける。
 しゅばっ、という、空気が激しく動いたような音が聞こえた、ような気がした。
 その音を合図にしたように、御影さんは、その長い足で思いきり走り出した。逃げる姿まで、なんだかキマってる。
「ダメです、乾さん!」
 走る御影さんを銃口で追う乾さんに、譲木くんが叫んだ。
「結界が解かれました。銃声が周りに聞かれます!」
「くそっ!」
 悪態をつく乾さん。
 御影さんは、かるがると校庭のフェンスを越え、夜の街の中へと消えていた。
「……結界に引きずり込めば、よかったんでしょうか?」
「いや、奴は自由に結界を出入りできる。無駄だったろう」
 譲木くんの問いに、乾さんは答え、そして溜息をつく。
 足元には、人と、怪物、合わせて五つの死体が転がっていた。



「あの御影って奴が何者なのかは、僕たちにも分からない。僕たちを利用したってことは確かなんだろうけど、ね」
 携帯電話で、どこかに連絡をとってる乾さんから少し離れたところで、譲木くんが話してくれた。
「僕たちは、前にも言ったように、D.D.……この次元の構造を、ちょっとだけ操ることのできる能力者だ。結界や障壁を張ることで、DEMONと対抗できる」
「しょうへき? でもん?」
「障壁っていうのは……何て言うかな、バリアーとかシールドとか言った方がいいかな? 攻撃を跳ね返す、見えない壁。一種の次元断層なんだって、聞いたことがある」
 原理は分からないけど、あたしはそれを見た。あたしをかばってくれた譲木くんの周りにあった、アレのことだろう。
「それで、DEMONっていうのは、異世界からやってくる怪物たちの、D.D.の間での暗号名。ほら、あの顔のない悪魔みたいな奴も、DEMONの一種さ。前に君が見たって言う、でっかいミミズもそう」
「……」
「僕たちは、この能力を使って、DEMONと戦ってる。DEMONの中にも結界を張る奴はいるし、その結界に侵入できるのは、D.D.だけだからね」
「じゃあ……」
 声が、ちょっと震えてるのが、自分でも分かる。
「じゃあ、あたしは?」
 しばしの沈黙の後、譲木くんがゆっくりと口を開いた。
「……D.D.だよ、君も」
「え……?」
「少なくとも、その素養があるんだ。普通の人は、結界に入り込むことはできないはずだから」
「そんな……」
「D.D.は、狙われてる」
 譲木くんは、感情を抑えた声で言った。
「今の社会には、超能力者を受け入れる余地なんてないんだ。DEMONに対抗することができないようにね」
「じゃあ、人類結社は……」
「あの人たちは、あの人たちの正義で動いてる」
 ちら、と譲木くんは、地面にある何かを見た。あたしは、極力、そっちに目をやらないようにする。
「あの人たちは、人類を守ろうとしている。特殊な能力なんか持たない、ごく普通の人間をね」
「それで……譲木くんや、乾さんを……?」
「人類結社にとって、D.D.は、守るべき『人類』じゃないんだ。だから、脅威になる前に、排除しようとしている……。そう、言われてる。本当のところは、分からない」
「……」
「D.D.T.も人類結社も、お互いに、その全てを知ってるわけじゃないんだ」
「そう、それ、D.D.T.!」
 あたしは、思わず大きな声を出してしまった。
「御影さんが言ってた。D.D.T.って、何?」
「俺たち、D.D.の活動を支援する秘密組織だ」
 いつのまにか電話を切っていた乾さんが、面白くもなさそうに言った。
「何の略称なのかは、知らん。冗談で、ディメンジョナル・ディフェンス・トループスなんて言う奴もいるけどな」
「?」
「次元防衛軍、だよ」
 ふン、と乾さんは鼻で笑った。
「別に、俺は世界を守ろうなんてつもりはないんだ。ただ、DEMONを倒せば、D.D.T.から報酬が出る。それで、やってるだけさ」
「……電話、つながりました?」
 譲木くんが、乾さんに訊く。
「ああ。すぐに来る」
「何が、です?」
 乾さんが、あたしに、凄みのある笑みを見せた。
「ゴミ収集業者だよ」



 D.D.T.は、外部にいろいろな協力者がいるらしい。乾さんが話をつけていたのは、そのうちの一つだって話だ。
 ゴミ収集業者。
 その言葉の意味は、すぐ分かった。夜中の街にはひどく場違いなゴミ収集車が現れたのだ。校庭の門は、あらかじめ乾さんが開けていた。乾さんは、南京錠なんてカンタンに開けちゃうような技術の持ち主らしい。
 収集者に乗っていた、数人の青い作業着の人たちは、黙々と、校庭に転がる死体を片付けていった。まるで、本当のゴミであるかのように、次々と収集車の中に突っ込んでいく。
 さすがに、例のゴミを巻き込むギミックは使ってなかったみたいだけど……本気で、気持ち悪くなった。
「ワーム……お前さんの言うミミズも、連中が片した。教室のクリーニングと一緒にな」
「……」
 青い顔をしてるはずのあたしに追い討ちをかけるように、乾さんが言った。
 校庭に流れた血の痕すらも、乾さんの言うところの「業者」の人は、手際よく始末している。地面から何かを拾い集めているのは、あとで聞いたんだけど、銃の薬きょうを拾ってたんだって話だ。
 結界が解かれれば、結界に持ち込まれた全ての物が、現実世界に現れる。そういうことらしい。
 あたしは、ちら、と譲木くんの顔の方を向いた。
 額に包帯を巻いた、柔らかそうな髪の、どことなくやさしげな顔……。
 その顔が、なんだか、すごく遠くに見えた。

終章へ

目次へ