第一話
『深夜の校舎』
第三章



「けっかい?」
「結界」
「……どういう字、書くの?」
「結ぶって字に、世界の界」
「で、要するに、ソレって何なわけ?」
 あたしたちの会話は、たいてい、そこで途切れる。
 譲木くんちの、茶の間。リビングなんてしゃれたもんじゃない。台所と一体になった、八畳くらいの茶の間である。
 んでもって、そこの中央にあるちゃぶ台を挟んで、あたしと譲木くんは向かい合い、さっきみたいな会話を飽きるくらいに繰り返している。
 静かだった。
 まるっきり、何の音も聞こえない。音も無く、昼下がりの春の日差しが、さんさんと木製のサッシを通して、この茶の間の畳を照らしてる。周りに家がないから、すごく日当たりはいい。
 覚醒期なんで、昼寝したいとは思わないけど、普通の人が昼寝したくなる気持ちは分かる。そんな雰囲気だ。
 でも、あたしはそんな呑気な気分じゃない。
 譲木くんを尋問してるからだ。
 訊きたいことは、山ほどあった。それこそ、手紙のことなんか、一時的に忘れちゃうくらい。
 譲木くんちに踏みこんだ人たちは何者なのか。
 譲木くんはどうしてその人たちに追われてるのか。
 そして、その人たちはどこに消えたのか。
 あたしが壊したままのドアの外には、あの人たちが乗っていたと思しき車が止まってる。派手な色で塗られた、いかにも宅配便の人が使いそうな、四角い車だ。でも、御影さんを含め、あの人たちの姿はどこにもない。
「あの連中はどこにも行ってないよ。むしろ、消えたって言うんなら、消えたのは僕たちの方さ」
 靴をはいたままの足を、畳の上に投げ出すように座った姿勢で、譲木くんは言った。
「僕たちの方が、普通の世界から、この結界に消えたのさ」
「それって……だから、何?」
 何度目かの、問い。
「結界っていうのはね……つまり……何て言ったらいいだろ」
 あたしが知るかい。
「要するに、すごい小規模な別世界だと思ってくれればいいよ」
「別世界ぃ?」
 普段の日常で使わない言葉に、あたしはおっきな声を出す。
「別次元て言ってもいいかな? 通常の世界をコピーするようにして作られた、限定された異世界」
「作られた、って……?」
「この世界は、僕が作った世界なんだ」
 言われて、あたしはぐるりと周囲を見まわした。特にどうということはない、ぼろっちい借家の部屋の中。
「普通の世界と同じように見えるだろうけど、実際は、この家をすっぽり囲むくらいの広さしかないんだよ」
「はあ?」
 疑ってる、と言うより、譲木くんの言ってることが理解できなくて、あたしは妙な声を出した。
「試してみる?」
 譲木くんが、いたずらっぽく笑う。
 なんだか……教室で見せる表情と、ぜんぜん違ってた。



 あたしは、譲木くんに言われるままに、外に出た。
「もうすぐ、結界のふちに当たる」
 譲木くんが、訳のわかんないことを言う。
「びっくりするかもしれないけど、とにかく、まっすぐ歩いて。そうすれば、大丈夫だから」
 何が、だいじょぶなんだか。
 とにかく、あたしは、譲木くんの挑戦を受けるようなつもりで、道路に出た。
 そのまま、言われた通りに、真っ直ぐ歩く。
「え……」
 急に、視界がぼやけてきた。
「霧……?」
 まるで、足元にスモークをたかれたように、唐突に視界が白いもので覆われる。
 不安に思って振り向くと、背後にも、霧は立ち込めていた。
 一歩足を踏み出すたびに、霧は濃くなっていく。
 なんで? なんであんなに晴れてたのに、急に霧が出るの?
 まるで、夢の中みたいにシュールな状況。だけど、どうしようもない。あたしは、歩くのを続けた。
 霧はますます濃くなり、自分の足元さえ見えなくなりつつあった。陳腐な言い方をするんだったら、まるで白い闇だ。方角や時間の感覚どころか、上下感覚さえもおぼつかない、そんな気分。
 それでも、あたしは歩いた。ちょっと、意地になっていたかもしれない。
 視界は、ますます白一色に占領されていき……そして、徐々に視界が開けてきた。
 思わず、安堵のため息をついた。足取りも軽くなる。
「おかえり」
 正面から、笑うのをがまんしてるような譲木くんの声が聞こえた。
「あ、あれ、あれえ?」
 霧が晴れると、目の前に、譲木くんの家があった。その玄関に、にこやかな笑みを浮かべた譲木くんがいる。
 おかしい。だって、あたしは確かにまっすぐ進んでいた。なのに……。
 もしかして、全然別の家かとも思ったけど。間違いなく譲木くんの家だ。ドアが外れてて、家の前には、例のかくかくした車が止まってる。
「分かった? ここは閉じた世界なんだ」
 わかんない。わかんないわかんないわかんない。
 頭がおかしくなりそうだ。
 いや、もうとっくに、頭はおかしくなってるのかもしれない。
「世界はね、紙の表と裏みたいに、二つの面があるんだ。目に見える世界と、目に見えない世界と」
「……」
 なによ。なに言い出すの、譲木くん。
「目に見える世界は、物質の世界。そして、目に見えない世界は……ちょっと違うんだけど、心や、精神の世界、って言っても、いいみたい」
「ここは……その、心の世界なの?」
「違うよ。ここは、そのどっちにも属さない。紙の表と裏の間に割り込ませて作られた、人工的な世界なのさ。水と空気の間の泡みたいなものだよ」
「……」
「それが、結界さ」
「……譲木くんが、この世界を作った、って言ったわよね」
「うん。普通は、『結界を張る』って言うんだけどね」
「出られるの?」
「心配しないで。出ようと思えば、すぐ出られるよ。結界ってのは不安定な世界だから、張るのはともかく、解くのはすぐなんだ」
「じゃあ、早く出してよ!」
 あたしは、譲木くんにつかみかからんばかりの勢いで叫んだ。
「どーゆーつもりか知らないけど、人を勝手に、そんな訳のわかんないとこに連れてきて! 今すぐ、あたしをもとの場所に戻して!!」
「そ、そんなこと言っても……」
 譲木くんは、かなりうろたえてる。
「まだ、外には、例の連中がいるかもしれないんだよ」
「知らないわよ、そんなこと! だいたい、例の連中って誰!?」
 答えない。このごに及んで、おーじょーぎわが悪い。
「……どうせ、人類結社とかいう人たちでしょ」
「!」
 黙っていても、顔には出てた。
「当たりね」
 と、その時だった。
「……なんで、そんなこと、知ってるんだ?」
「ひゃああああア!!」
 人間、本当に驚いた時は、すごい声を出す。あたしは、花の女子高生が出すにしては、色気にも可愛げにも欠ける声をあげていた。
 目の前に、いきなり男の人が現れたのだ。
 物陰から姿を出した、って意味じゃない。何もないところに、前触れも無く、いきなり出現したのだ。
「乾さん」
 譲木くんが、その人の名を呼んだ。そう。まるで、安っぽい特撮のように、ぱっと空中から現れたのは、あの乾さんだった。
「見られたか……」
 乾さんが驚いているのかどうか、その口調や表情からは、よく分からない。ただ、すっごく不機嫌そうには見えた。もともと、そーいう顔なのかもしれないけど。
「……何で、結界の中にこいつがいるんだ?」
 目の前にいるあたしをこいつ呼ばわり。
「いや、その、成り行きで……」
 譲木くんは、すごく答えにくそうだ。かわいそ。
「乾さんが言ったとおり、連中、僕の家に来たんですけど……その前に、彼女がやってきて」
「一緒に結界に逃げこんだって言うのか? まあ、成功したからよかったものを……」
「こんなに上手く張れたのは初めてです」
「喜んでる場合じゃない。下手をすれば、まとめて殺されていたんだぞ」
「すいません」
「……ま、説教は、俺のガラじゃないか」
 そう言い捨てて、乾さんは家の前の車に目を向けた。
「この車は?」
「連中の車です。外では、もうなくなってますか?」
「ああ。連中が乗ってったんだろうな」
「……『外』っていうのは、結界の外ってこと?」
 そう訊いたあたしを、じろ、と乾さんがにらむ。
「そうだ」
 もう、乾さんはあたしに隠し事をする努力を放棄したらしい。かと言って、積極的に何かを教えてくれるって態度じゃないけど。
「一度結界が張られれば、結界の外で起こったことは中には影響を与えず、中で起こったことは外には影響を与えない……そういうこと、でしょ?」
 あたしは、そう二人に確認を求めた。譲木くんが、驚いた顔してる。それが妙にカワイイ♪
「ずいぶんと、物分かりがいいな」
 乾さんが、そう言う。覚醒期のあたしの頭は、自分でも驚くような回転を見せるのだ。
「サンプルが、ほかにもあったから……あの夜、二人がミミズと一緒にいたのは、結界の中だったんでしょ」
「ああ」
 あっさりと、乾さんが認める。
 よっしゃ!
 これで、割れたガラスの謎は解けた。つまり、あたしは何でか、結界の中に入り込んでしまった。そして、その結界の中では、すでに二人とあのミミズが、大暴れしていて、それで机や椅子が吹っ飛び、ガラスが割れたってことだろう。
 でもその結界の中の騒ぎは、結界の外には影響を与えなかった……。
 だけど、だけど根本的な疑問が残る。
「……二人とも、何者なの?」
 とても、答えてもらえそうもない質問だったけど、乾さんはあっさりと口を開いた。
「D.D.」
 でも、結局、何のことだか分からなかった。
「それって……」
「譲木、結界を解け」
 訊きかけるあたしを無視して、乾さんが言った。
「連中を探さなくてはならん。車のナンバーを変えられないうちに、行動だ」
 こく、と譲木くんが肯く。
 その瞬間、空が、急に夕焼けに染まった。
「うわ……」
 急激な、時間のスキップ。そっか、結界の中では、時間まで止まっちゃうんだ。
 見ると、乾さんが言っていた通り、車が無くなってる。無くなってるって言うより、あたしの感覚だと「消えた」わけだけど。
 譲木くんが、結界を解いた、ということだろう。自動的に、あたしたちは結界の外……いつもの、普通の世界に戻って来た、ってことだ。
 で、消えた車の代わりに、飾り気の無いバイクが路上に現れていた。
「後ろに乗れ、譲木」
 バイクにまたがりながら、乾さんが言う。そっか、乾さんのだったのか。
「……もう、深入りするなと言っても、手遅れだな」
 乾さんが、仏頂面をあたしに向けながら、言う。
「お前さんは、充分、深入りしすぎた。おとなしくしていてほしいが、それも無理そうだ」
 あは、分かってらっしゃる。
「何かあったら、電話しろ」
「電話?」
 聞き返すあたしに、乾さんは十一ケタの番号をまくしたてる。でも、覚醒期のあたしは、きちんと憶えてられた。
「もう一度、言おうか?」
「えっと、大丈夫です」
 答えながら、あたしは、携帯電話にその番号を記録した。
 乾さんが、バイクのエンジンをスタートさせる。
「如月さん!」
 今まさに、バイクが走りだそうとしている時、不意に、後ろの譲木くんが声をあげた。
「気をつけて……!」
 遠ざかる譲木くんの声が、エンジン音でかき消される。
 二人の姿が見えなくなり、そしてエンジンの音も、いつしか聞こえなくなった。



 さって、状況を整理しようか。
 乾さんと譲木くんは、ペアを組んで、あの夜、ミミズのお化けと戦っていた。で、そのとき、結界とかいう異次元を、自分で設定したらしい。結界を設定したのは、譲木くんのセリフからすると、乾さんの方だろう。
 結界を張った理由は……拳銃を使ったりするのに、周りに銃声を聞こえなくするように、だろうか。
 そして、なんでか知らないけど、忘れた手紙を取りに戻ったあたしは、その結界に迷い込んでしまった。
 一方、人類結社って組織が、譲木くんと、多分、乾さんのことも狙ってる。こっちの人たちも、ピストルを準備するような危ない人だけど、サイレンサーを用意するところを見ると、譲木くんみたいに結界を張ることはできないらしい。
 人類結社が、譲木くんたちを追いかける理由は、不明。
 百科事典の記述が本当なら、人類結社なる団体は、悪い人たちじゃなさそうなんだけど……結局、あたしも陰謀論者の仲間入りだろうか?
 んで、美形の御影さんが、その人類結社の人たちに協力してる。協力してるだけで、同じ組織の人、って感じではなかった。そして、乾さんと御影さんには、なんだか因縁があるみたい。
 んでもって、乾さんと譲木くんは、黙って逃げてるわけでもないらしい。隙があれば、逆襲に転じるんだろう。譲木くんも乾さんも、拳銃を手にしてる。
 ディー・ディー。乾さんの残した言葉。
 「D.D.」だろう、多分。何の略か知らないけど。譲木くんと乾さんは、D.D.なのだと言う。
 結界を張ることができて、ミミズの怪物を倒して、んでもって人類結社に追われてるのが、D.D.だってことだろうか?
「つまり、謎の組織に命を狙われてる、超能力戦士、ってこと?」
 言葉にしてみると、えらいこと陳腐だ。
 しかもその超能力ときたら、念動力で敵をふっとばすでもなく、瞬間移動で敵から逃れるんでもない。ただ、異次元空間を作るということだけ。
 ふみゅう。
 まだまだ、データが足りない。
 あのミミズのお化けは、結局のところ何なのか?
 なんでそれが学校に現れたのか?
 人類結社の行動目的は何なのか?
 そして、御影さんはどういう立場にあるのか?
 えっと、他にも、何か重大な疑問があるような気がするけど……ま、いいや。
 とにかく、全ての疑問は、乾さんではなく、譲木くんに、より深く関わってる。ミミズが現れたのは譲木くんが通う学校だし、人類結社が狙ってたのも、御影さんが探っていたのも、譲木くんだ。
 譲木くん。
 そうだ、目の前に譲木くんの家がある。そして、人類結社の人たちは、ここを家捜ししたのだ。
 その、家捜しの跡を見極めれば、何かが分かるかもしれない。
 クラスメートのプライバシーを侵害することに、多少、ためらいがないではない。でも、今の事態は、そういう常識論が通じるもんでもないと思う。……うん、これを言い訳にしよう。
 あたしは、きょろきょろと辺りを見回して、それから、きちんと靴を脱いで、譲木くんの家に上がった。
 茶の間やお風呂場、おトイレには、手がかりはない。
 手がかりがあるとしたら、譲木くんの部屋だ。
 とは言っても、この家には、茶の間以外には六畳間があるきり。そこに、譲木くんのものとおぼしき万年床と、机と椅子、それからちっちゃな本棚がある。本棚と言っても、収められてるのは、マンガ半分、CD半分だけど。
 お、譲木くん、わりと軟派な曲、聞いてるんだ。
 いや、違う違う、あたしの求めてる情報は、そんなんじゃない。
 机の上を見る。明らかに荒らされた形跡は無いけど、どこか、不自然な感じ。
「なんでだろ?」
 かなり暗くなってきた室内で、ぼそっ、とつぶやいてみる。あうー、自分の声なのに、ちょっと怖い。
 スイッチを点けると、電気が灯った。
 その明かりで、もう一回、机の辺りを観察する。
「……分かった」
 シートの、下だ。
 よく、事務机の上にある、書類を下に入れとくための、透明なシート。それが、譲木くんの机の上にも敷かれている。その下のプリントの類が不自然なのだ。
 不自然て、どこが?
 どこが、だろう……。ああ、なんだか、わけもなく焦る。
 そうだ、配置!
 空いてるスペースがあるのに、重なってるプリント類がある。それも、何箇所も。さらには、空いてるスペースは、ちょうどB5からA4くらいのおっきさである。
 つまり、空いてるところから、何か書類が抜き取られたのだ。あの、人類結社の人たちに。
 何が、盗られたんだろ?
 答えは、すぐに出た。問題の透明シートに、プリントの字がうつってたのだ。プリンターやコピーで刷られた書類を突っ込むと、トナーがシートにくっついて、よくこういうことになる。
「座席表……」
 あたしと、譲木くんのクラス。つまり、F組の座席表だ。それ以外には、盗られたものはなさそう。
「人類結社の人……学校に、忍びこむつもりなのかな……?」
 きっと、そうだ。座席表で、譲木くんの机でも探るつもりなんだろう。
 譲木くんが、盗られて困るものを、学校に置いているかどうか、それは分かんない。まあ、あたしが気にすることじゃないけど。
 気にすることじゃ……。
 まさか。
 まさかとは思うけど、もし、例の手紙を回収したのが譲木くんで……それで、その手紙を、学校に置きっぱなしなんて……。
 まさか、そんなコト、ないと思うけど……。
 そう思いながらも、あたしは、この部屋の中で、あの手紙を探していた。机の引出しや、本棚の中のファイルの間、ゴミ箱の中まで。
 ここには、無いみたい。だったら、学校に置きっぱってことも、ありえないことじゃない。
 もし、あれが、あの人たちの手に渡ったら。
 恥ずかしいとか、あたしまで狙われるとか、そういうコトは考えなかった。
 ただ、正当な権利を侵害されることへの怒りのような、不思議な感情がある。
(あれを開封していいのは、あたしだけなのに……!)
 あたしは、多分、この譲木くんの部屋の中で、すごく思いつめた顔をしていたと思う。
 その思いつめた顔のまま、学校前に停まるはずのバスに乗り込んだ。



 ここで言い訳しとこう。
 覚醒期、あたしの脳は、どういう具合だか、妙に冴えてる。自分でも驚くほどに頭が回転し、素早く決断することができるのだ。
 問題は、それらの思考や決断が、常に正しいってわけじゃないことだ。
 はっきり言って、この時期、あたしのアタマは暴走気味である。要するにハイなのだ。思いつめると、後先考えずにつっぱしっちゃう。
 睡眠薬でも服んで、一日に一回、少しでも眠ればいいんだろうけど……昨日は、貫徹だったなあ。
 興奮状態にある人間の判断は、やっぱおかしくなる。
 学校の前まで来て、あたしははたと気づいた。まだ夕飯時。学校には、帰りの遅い先生が残ってる。
 そろそろ帰る時間だろうけど、あと少なくとも一時間はしないと、学校は無人にならない。
 あたしの胃袋が、切なげに空腹を訴える。
「腹ごしらえ、すっか」
 そう口に出して言って、学校の近所にあるファーストフードの店に寄った。
 フィッシュバーガーにウーロン茶という、かなり栄養の偏った夕ごはんを食べながら、自分の携帯電話を眺める。
 連絡したものかどうか……。
 制服姿のまま、ファーストフードの店で、一人ケータイを眺めながら溜息をつく女子高生。このシチュエーションからは想像できないような悩みを、あたしは抱えてる。
 やめとこ。まだ、何かコトが起こったわけじゃないんだし。
 教室のとこまで行ってからでも、現場を確認してからでも、遅くはない。それに、連絡すれば、止められる。止められても、やるだろうけどさ。
 安っぽい容器に入ったウーロン茶を飲み干し、その氷が溶けるのを、MDを聞きながらぼおっと眺めて、時間をつぶす。
 長い長い一時間。
 あたしのアタマの中では、とりとめもない思考が浮かんでは、ぶくぶくと泡みたいに消えてく。
 何か、ひっかかる。
 結界に関する、何かが。
 そりゃ、あれだけ非常識なことだもん。疑問は尽きない。だけど、ものすごく基本的なことで、確かめなきゃいけないようなコトが……。
 ダメだ。のーみそが暴走して、一つのことに集中できない。
 ちら、と携帯電話の時間表示を眺める。そろそろ、いい頃合いだ。
 あたしは、再び深夜の校舎に潜入すべく、きちんとトレイの上のゴミを片付けて、お店を後にした。

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