年下の姉

 布団の中で目を覚ますと、最後に見たときと同じ外見の姉貴が、俺の隣ですやすやと寝息を立てていた。
「ぎゃあああああああ!」
 悲鳴を上げながら跳ね起きた俺が、洗濯物が脱ぎ散らかされた狭い部屋の端までワイヤーアクションばりの跳躍を見せたのは、姉貴が全裸だったことに驚いたからではない。いや、驚愕の中の数パーセントは姉貴のマッパによるものだったかもしれないが、割合的にそれは添加物と言って差し支えないはずだ。
 心臓が止まりそうなほどに俺が仰天したその理由は――姉貴が十六年前に死んだはずだからである。
「むにゅ……ったく、うっさいわねえ」
 拳で目蓋をこすりながら身を起こした姉貴が、カーテンの隙間から覗く窓と壁掛け時計を交互に見てから、俺に視線を向ける。
 肩の下くらいまで伸ばした黒髪に、ちょっと勝気そうな吊り目と大きな瞳。通った鼻筋の下で悪戯っぽい笑みを含んだ柔らかそうな唇。間違いない。あの時の姉貴と同じ顔だ。
「まだ四時前じゃない。アンタ、近所迷惑ってもんを考えなさいよね」
「なっ……あねっ……ここっ……いっ……」
 なんで姉貴がここにいるんだ――という当然の疑問を言葉にする能力すら、俺の口と舌は失っている。
「あの時の続きをしに来た……って言ったら、どうする?」
 一糸まとわぬ姿の姉貴が、細い体に見合った控え目な胸の膨らみやごく薄い陰毛に飾られた恥丘を隠そうともせず、俺に歩み寄る。
「あの時って――」
「アンタ、眠ってるアタシにチューしようとしたでしょ? お姉ちゃん知ってんだから」
 十六年前に封印したはずの記憶を容赦なく引きずり出され、俺は心の中で悶絶する。
「ち、違うんだって。あれは出来心で――」
「出来心でお姉ちゃんの唇を奪おうなんて、悪い弟ねー」
 気が付くと、全裸の姉貴は俺のすぐ目の前にまで来ていた。
 あの頃は俺のそれよりも少し上の位置にあった姉貴の両の瞳を、ごく自然な角度で見下ろす。十六年のうちに俺の身長は姉貴のそれを軽々と追い越していたのだ。そのことに俺はどういうわけか泣きそうになってしまう。
「こんなでっかくなっちゃって……ケン坊ってば、生意気」
 ほんの少しだけムッとしたような表情をその顔に浮かべながら、姉貴が俺の左の頬に右手を伸ばす。
 ひんやりとした感触の指先が俺の頬を撫で――全身に正体不明の震えが走る。
「こわい?」
「い、いや、その……」
 震えているのは体だけじゃない。声までがみっともなくおののいている。
「アタシね……ビビったアンタがキスしてくれなかったから、それが未練になって成仏できないでいんだよ?」
「はあ……? な、な、なんだよそれ……!」
「だからさあ――責任とってキスしてよ。そしたらアタシも満足してこっからいなくなっからさ」
「い、いや、その……」
 姉貴に消えてほしいなんて――またいなくなってほしいなんて考えてない。というか、頭の中が真っ白で何も考えられない。
 だが、本能的にというか直感的にというか、姉貴と今ここでキスをするのは正しいことのように思える。
 十六年前は、姉と弟でキスをするなんていけないことだと漠然と考えていながらも、湧き起こる衝動に抗えなかった。
 しかし今は――
「ほら、いつまで待たせてるわけ? 女にチューをお預けにするなんて、アンタ何様よ」
 焦れたように言いながら姉貴が俺の顔を両手で挟み、引き寄せる。
 そして俺は、最後の数センチの距離を、間違いなく自らの距離で縮めた……


「――って、ちっとも消えねーじゃねえか!」
 十六年前の流行歌をハミングしながらガスコンロに向かって夕飯を作っている姉貴に、俺は声を上げる。
「あー、だってあれ嘘だもん」
 ニュートリノの質量ほども罪悪感を覚えていない口調で姉貴が言う。
 俺は口をつぐみ、しげしげと姉貴の姿を見つめる。
 今現在の姉貴はきちんと服を着ている。ちなみに服は俺がネット通販で購入したものだ。
 あれから――つまり俺の寝床に姉貴が突如現れた夜、というか早朝から、今日で三日目である。この三日の間に起こったことは今思い返しても夢のようだ。
 求められるままに唇を重ねても姉貴の姿は心残りを解消した幽霊の定番の如く消滅したりはせず、その場に当たり前のように留まった。そして、一体全体これはどういうことなんだと改めて問いかける俺にまともに取り合うことなく、姉貴は部屋の中のスマホやノートPCや携帯ゲーム機などを物珍しそうに次々といじくり回し、そうこうしているうちに出勤の準備をしなければならない時間になった。
 職場ではまるで仕事が手に付かず、あれは夢だ、夢だったんだと思いながら部屋に戻ると、ブカブカの俺の服を着た姉貴が実にだらしない姿勢でカーペットの上に寝そべり、呑気にテレビなんか見ていた。その姿を前にしてなぜか全身から力が抜けてヘタヘタとその場に崩れ落ちてしまったのが一日目である。
 二日目である土曜日は姉貴の身の回りの品を揃えるのに費やした。男が直に買いに行くのはためらわれるような品々を「下着 通販 最速」で検索してヒットしたサイトで注文する俺に、姉貴はいちいち「SFっぽい!」「未来っぽい!」「ケン坊のくせに生意気!」と感心していた。
 三日目――つまり今日のことなのだが、俺は姉貴にせがまれていっしょに買い物に出かけた。だが、道行く人々の服装や駐車場に停められた車のデザイン、さらにはスーパーマーケットで売られていた食材なんかが悪い意味で予想の範囲内だったためか、しきりに期待外れである旨をこぼしていた。SFっぽくも未来っぽくもなかったことがお気に召さなかったらしい。ただ、スーパーのセルフレジに関してだけは感心していた。
 そして帰宅後、やや危なっかしい手付きで手料理を作り始めた姉貴の後姿に強烈な非現実感を覚え、俺は思わず声を上げてしまったのである。
「って言うか、いったいどうなってんだよ! どうして姉貴がこんな当たり前に俺の目の前にいるんだよ!」
「何よ、文句あるの?」
 口をへの字に曲げた姉貴が俺に向き直る。
「文句って言うか……姉貴、ぜんぜん俺に説明してくれないじゃないか。これまで何回も尋ねたのに、そのたびにはぐらかして……」
「十六年ぶりにお姉ちゃんに会えたってのに、嬉しくないわけ?」
「う……嬉しくないなんてこと、あるわけないだろ」
 俺はまるで子供の時にそうしたように唇を尖らせる。
「ただ、どうしてこういうことになったか教えてくれないとモヤモヤするっつうか……不安っつうか……こんなことありえないことなんだし……」
「ありえないかもしれないけど、アタシはちゃんと今ここにいるよ?」
 ガスコンロから離れた姉貴が、床に胡坐をかいている俺の前に、ちゃぶ台を挟むようにして座る。
「――料理の方、目を離して大丈夫なのか?」
「もう弱火でしばらく煮込むだけだから。――あとでうんと野菜食べさせてあげるかんね」
「いや、まあ、野菜なんてどうでもいいんだけど……」
「どうでもよくないっての。そんな不健康そうな顔しちゃってさ」
 そこまで言ってから姉貴は俺の顔を覗き込んだ。シャンプーの香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
「それとも仕事とかが大変なわけ?」
「うん、まあ、今の課長とかとちょっと合わないって言うか――」
「ケン坊、仕事の愚痴とかマジ生意気」
「そっちから話振ってきたんだろ!」
「だって……アタシだってケン坊の愚痴とか聞いてあげたいけど、アタシにはぜんぜんわからない世界だもん」
 姉貴の少し寂しそうな顔を見て俺は口をつぐむ。
 子供の頃だったら、このまま感情に任せて口喧嘩をしたかもしれない。しかし今の俺には三十路手前の男としての分別がある。それに、後先考えずに激しい言葉をやり取りするような元気も無い。この年になると言い争いをするのにもそれなりの準備というか覚悟というか、一種の勢いが必要になる。
「――やっぱ生意気」
 姉貴が俺の顔をまじまじと見つめながら言う。
「ったく、無精ヒゲなんて生やしちゃってさ。何様のつもりよ」
「しょうがないだろ。俺、今年で三十だぞ」
「うわ、オッサンじゃない」
 大げさに顔をしかめてから、姉貴は――クスリと笑った。
「だけど声とか顔とかはあんま変わってないね。っていうか、まだまだガキっぽいよ」
 ちゃぶ台に両肘をつき、両手で支えるようにした顔に、姉貴は安心したような笑みを浮かべている。
 だが一方で俺の精神状態は安心とは程遠いものだ。
「改めて訊くけど……姉貴は、いったいどうしてここにいるんだ?」
「――ケン坊とキスができなかった未練で化けて出た幽霊ってことでいいじゃない」
「でも、キスした後も消えてないだろ」
「それじゃあ、十六年前からタイムスリップしてきた時間旅行者ってのは?」
 姉貴が、まるで自作SF小説のアイデアを開陳していた時のような顔になる。病気が分かって入院する前は――いや、入院してからも、ノートに色々書きながらいつもこんな顔してたっけ。
「それだったら姉貴は病気のままのはずだろ? それに、お棺の中に入ってたのは何だったんだよ」
「超能力者の存在を隠匿するために政府の秘密機関が用意したんだよ。あと、アタシの病気は――えっと、この時代の最先端医療が跡形もなく治療したとか……!」
「残念ながらそこまで医学は進歩してないって」
「え、そうなの? だったら今までコールドスリープされてたってのも駄目かあ……」
 うーん、と考え込んでから、姉貴はピンと右手の人差し指を立てる。
「アタシの脳ミソが移植されたアンドロイドのボディー、っていうかサイボーグってのは?」
「ロボット技術の方もそんなに進んでないって」
「あー、もう、二十一世紀の科学者は何してんのよ! 怠慢にもほどがあるでしょ!」
「……とにかく、タイムスリップだのサイボーグだのってのは無理があり過ぎだって」
「はーっ……それじゃあやっぱ幽霊ってことにしといてよ」
「いや、そんなしょうがなくみたいな感じで言われても……」
 納得いかない、という感情が滲み出た俺の声に、シューッという音が重なる。
「姉貴! 鍋が噴きこぼれてる!」
「あ、ヤバッ!」
 ぴょこんと慌てて立ち上がり、あたふたとガスのスイッチを切る姉貴は、ちっとも幽霊には見えなかった……


 生前の――という言い方が相応しいものかどうかもはや俺には分からなくなってるのだが――姉貴の唯一の得意料理である豚バラと白菜の重ね鍋を平らげた後、姉貴はしきりに今現在の世界情勢を知りたがった。
 姉貴はもともと好奇心旺盛な質だったし、十六年前からこの現代社会にやってきたというのが本当なら今がどんな時代かを知りたがるのも当然だろう。それに、二十一世紀に入ってから起こったさまざまなことを説明するのに、当たり前のように俺がインターネットを使うのも珍しかったに違いない。もちろん姉貴が亡くなった――という言い方も相応しいものかどうか分からないのだが――十六年前にもインターネットはあったが、ここまで普及していなかった。
 そういうわけで、この日の夜も俺は姉貴に質問されっぱなしで、姉貴がいったい何者なのかという疑問についてははぐらかされたまま、就寝時間を迎えたのである。
 そして――
 一日目や二日目の夜同様、俺はバスタオルを適当に丸めたものを枕にし、毛布にくるまって床に寝ている。ベッドは姉貴に譲ったのだ。
「…………」
 頭の中に浮かんでは消える様々な考えを、俺は努めて無視しようとする。
 明日も出勤し、職場でいけすかない課長や言うことを聞かない後輩どもと顔を合わせなくてはいけない。その憂鬱さを少しでも軽減するためにも睡眠時間はちゃんと取るべきだ。
「……ケン坊、まだ起きてるんでしょ?」
 ベッドの方からそんな声が聞こえてくる。
「今夜は冷えるみたいだし、ちゃんとしたお布団の中でお姉ちゃんと一緒に寝よーよ」
「…………」
 俺はわざとベッドに背中を向けながら狸寝入りを決め込む。
 明日からは月曜日だ。長い一週間が始まるんだ。そんでもってたぶん、幽霊だか時間旅行者だかサイボーグだか分からない年下の姉との日常生活を送ることになるんだ。そのためにはやはり英気を養わないと――
「無視すんなー!」
「ぐえ」
 毛布の上からのしかかられ、俺はつぶれかけの蛙のような声を上げる。
「何すんだよ――おわあああああああ!」
 俺の胴体に跨っている姉貴が、部屋に出現した時と同じように全裸であることに気付き、俺は声を上げる。
「もーっ、花も恥じらう乙女のすっぽんぽんを見て悲鳴を上げるなんて、ホント失礼ねっ!」
「な、な、な、何で裸になってんだよ!」
「大人のオトコとオンナが一緒に寝ようって言ったらそういう意味でしょ!」
 姉貴がぐーっと俺の顔に顔を迫らせてくる。
「待て待て待て待て! おっ、俺たち――姉弟なんだぞ!」
「アタシが眠りこけてる間にチューしようとしたくせによく言うわね」
「だってあれは――」
 ヤバイ。姉貴の顔が物凄く近い。半開きの唇から漏れる吐息が肌に当たってる。
「あれは?」
「あれは……キスしたら目が覚めるんじゃないかって……」
 そう、気管切開を受けてマスクから解放されたその唇に口付けすれば、童話に出てくるお姫様みたいに、昏睡状態になった姉貴に奇跡が起こって目を覚ますんじゃないかと――当時の俺はそんなことを考えてしまったのだ。
「可愛いなぁ……ケン坊ってば」
 囁くように言ってから、チュ、と姉貴が俺の唇に唇を軽く触れさせる。
 唇を離して俺を見下ろす姉貴の口元にはニヤニヤ笑いが浮かんでる。でも、童話に出てくるチェシャ猫みたいに、笑みだけを残して消えたりしない。毛布越しに感じる体重もそのままだ。
「ほら、ケン坊、するよ」
「す、するって……」
「セックス」
 そのままズバリを姉貴が口にする。
「せ、せ、セックスって――」
「三十にもなってセックスくらいで動揺しないでよ」
「するって! それに、何度も言うけど俺たちは――」
「安心して。アタシ、ケン坊のお姉ちゃんだけど厳密には血はつながってないから」
「はあぁ?」
 驚く俺の顔をじっと見ながら、姉貴が少しだけ真面目な顔になる。
「本当はアタシ、脳じゃなくて四次元グリッドの位相ギャップで思考してる開放型空間生命体なの。でも、この時空連続体の存在と情報交換がしたくて、ヒトとしての体を自由原子合成しただけなのよ。まあ、最初の合成は母さんの子宮の中でやったから、普通にヒトの赤ん坊として生まれたように見えたかもだけどね」
「――――」
「ただDNA修復プログラムが甘かったから例の病気になっちゃって、それでいったん開放型空間生命体に戻っちゃったわけ。だけど、マックスウェルの悪魔方式でエネルギーを少しずつ貯めて、それを元に人としての体を十六年間こつこつ再合成してたんだ。そんでもってようやく三日前にケン坊の前に現れたんだよ」
「――何言ってんだ?」
「分かんない? これ以上ないくらい分かり易く言ったのに? だったらケン坊とスケベなことしたくて化けて出た幽霊でいいってば。この体はエクトプラズムを凝縮させて作ったモノだから、血の繋がりも何も無いでしょ?」
「い、いや、そういうわけにはいかないだろ!」
「あーもういちいちうっさいなあ。もうお姉ちゃん、テンポがチンポに見えるくらいスケベが爆発してんだかんね!」
 まるでこちらがその気を催さないようなことを言ってから――姉貴がくちんと悔しいくらいに可愛くくしゃみをする。
「うぅ~、体冷えたぁ~」
「そんな幽霊あるか」
「寒いよぉ~。ねえ、ケン坊、あっためてぇ~」
「まったく……」
 俺はため息をつき――そして、ベッドの上で姉貴と一緒に布団にくるまった。
「ふぃー、ぬくいぬくい」
 布団の中で、並んで寝ている姉貴が俺の体に腕を回してくる。
「いや、ちょっと、マジでカンベンしてくれよ」
「なぁによぉ、お姉ちゃんじゃ不満なわけ? その気になんないの?」
「いや……えっと……」
「それとも、その気になっちゃいそうだから困ってるわけ?」
「わ、分かってんじゃねーか」
「――いいじゃん、その気になっちゃえば」
 姉貴が片肘をベッドについて上半身をわずかに起こし、俺の顔を見下ろす。
「いいじゃんって……」
「アタシ、ケン坊とキスしたって消えなかったでしょ? だからセックスしたって消えやしないよ」
「あ、あれとこれとは――」
「同じだよ」
「…………」
 同じ――確かに同じかもしれない。そもそも実の姉にキスをしようと考えた時点ですでに俺は一線を超えてしまっていたのだ。
 そう……だったら、ここでこの体を抱いたとしても……
 などと考えているうちに、俺の体は姉貴の体を仰向けにし、その上に覆い被さっていた。
 そして、枕元にあったリモコンでエアコンの暖房スイッチを入れてしまう。
 こうなったらもはや言い訳のしようがない。俺はそれなりの理性を保った状態で姉貴とセックスしようとしている。無意識のうちに鼻息が荒くなるほどには興奮しているものの、室温に気を回すだけの冷静さは失っていない。
「ケン坊も、脱いで」
 俺は頷き、上体を起こして身に付けたものを脱ぎ捨てていく。露わになった肌が、まだ温まりきっていない部屋の空気でひやりとなる。
「あ……」
 すでに勃起してしまっている俺のモノを目にして、姉貴が小さく声を漏らす。
「な、何だよ」
「えっと……けっこう膨らむんだな、って思って……」
 姉貴の初々しい物言いにますますペニスを膨張させてしまいながら、俺は改めて姉貴の白い体に自らの体を重ねた。
「んくっ……」
 姉貴が小さく音を立てて生唾を飲み込むのを聞きながら、その股間に右手を割り込ませる。指先に触れるその部分の粘膜はかすかに湿っていた。
「あぅ……や、やっぱ入れる前にはいじるんだ……」
「そ、そういうこと改まって言うなよ。って言うか、イヤならやめるけど――」
「やじゃないよ。ケン坊の好きにして」
 姉貴が軽く眉根を寄せながら瞼を閉じる。
 さっきまでの勢いは何だったんだよ――って言うか、ああやって勢いをつけないとこんなことできなかったんだろうな……
 そんなふうに考えたせいか、この腕の中にいる年下の姉に対する愛しさが急激に高まり、そしてそれが全て性欲に変換される。
 俺は姉貴のクレヴァスをまさぐりながら、そのすべすべの頬や細い首筋に唇を繰り返し押し当てた。
「はうっ……んあ、あうぅ……や、やだ……うく……どんどんやらしい気持ちになっちゃう……」
 そんなあからさまな物言いこそが姉貴の最大の照れ隠しなのだということを、俺はすでに気付いている。
「はっ、はううっ、あふっ……あっ、あっ、あぁン……これ……これ気持ちイイ……ンふ……ずっとしてほしいかも……♡」
 その言葉通り、今や姉貴の割れ目は驚くほどに愛液を分泌していた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……でも……ずっとこのままじゃ、ケン坊が可哀想だもんね……♡」
 姉貴が瞳を開き、下から俺の強張ったものに触れる。
「分かってると思うけど……そっとだよ? お姉ちゃん、初めてなんだかんね」
「う、うん……」
「ケン坊は経験あるわけ?」
「まあ、少しは……」
「生意気過ぎ……! ――でも、かえって安心か。しょーがないから今回に限って許してあげる」
 何だよそれ、という代わりに、俺は姉貴の左右の太腿の間に腰を割り込ませた。
「ああっ……ちょ、何これぇ……! こんな潰れたカエルみたいなカッコしなくちゃいけないのぉ?」
 色気皆無なそんな姉貴のセリフに俺はなぜかこれ以上ないくらいにときめいてしまう。
「い、入れるよ……」
「うぐ……ま、ま、まだ心の準備できてないけど――こんなんじゃいつ覚悟決まるかわかんないし、ドンと来い……!」
「うん……!」
 姉貴と下半身でつながるべく、腰を進ませる。
「うぐっ……!」
 隠しようのない苦痛に、姉貴の顔が歪む。
 その膣口はまるでペニスの前進を阻もうとするかのようにきつかったが――俺はその抵抗を通過し、姉貴の中へと侵入していった。
「ンづづづづづッ……ちょッ、これ、マジで痛い」
「ご、ゴメン……!」
「バッカ、何謝ってんのよ。アタシのロストバージン台無しにしないでくれる?」
「でもさ……」
「いいから、アンタは自分がしたいようにしなさいって――あっ、あっ、何? まだ入りきってなかったのぉ?」
 ズリズリと姉貴の膣内をカリ首でこするようにしながら、俺はさらに肉棒を進ませる。
 そして、ほぼ根元近くまで俺のモノは姉貴の膣内に収まった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……こ、これで入りきったのよね……。ンぐぐぐぐ……ケン坊、感想は?」
「え、あ、あの……すごく熱くて……気持ちいいよ……」
「ならよろしい……♡ ふうっ、ふうっ、ふうっ……あー、何かちょっとマシになってきたかも……ンく……はー、すっごい……♡」
「姉貴……」
「何……?」
 優しい顔で俺を見上げる姉貴に、キスをする。
「ンむ……ちゅ……ちゅむ……ンんん……ンちゅっ……♡」
 唇を触れ合わすだけでは足りず、唾液に濡れた舌と舌を互いに擦り付けながら、俺は、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「ふぐぐッ、ンぷ、ぷはッ……あ、す、すごい……これ……ンぐぐぐぐ……これ何っ……? あくうぅぅ……」
「痛い?」
「ン……痛いことは痛い……けっこう痛いけど……でも、不思議……こんなに痛いのにガマンできるなんて……ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「いや、無理しなくても――」
「無理なんてしてないっての……ンあッ、あくうぅ……ンんんッ……これ、痛いのと違うのかな……? 変な……変な感じ……ンんんッ、ンあッ、あうぅン……」
 だんだん姉貴の声が喘ぎのような響きを帯びていき、俺はますます興奮してしまう。
「ンううッ、うくッ、うぐぐッ、ンくうぅ……ふぅ、ふぅ、ふぅ、ケン坊ったら、夢中になっちゃってぇ……♡ そんなにアタシのこと好きなわけ……?」
「ああ……好きだっ……!」
 腰を動かし続けながら、俺は思わずそう言ってしまう。
「あううッ♡ な、なッ、何マジになっちゃってんのよッ♡ ンんんんッ、ンくぅッ、あ、ヤバ、これヤバッ、はッ、はぐッ、あぐぐッ、あつ、熱い、うああッ、中、すごく熱くなってるうッ♡」
 俺がしつこいくらいに粘膜同士を摩擦させたせいか、それとも姉貴の体の中で何か変化が生じたのか、どこか切羽詰まったような声を姉貴が上げだす。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「あうッ、うッ、うくッ、ンあッ、あッ、あううッ、ンうッ、あッ、あうぅン……♡」
 俺の荒い息遣いに、姉貴の喘ぎ声が重なって響く。
 もう言葉を交わすような余裕なんて無い。俺はただひたすら、ある到達点を目指して腰を使い続ける。
「や、やッ、何これッ! あッ、ああッ、あああッ♡ あッ、あッ、あッ、あッ、あッ、あッ♡ ウソっ、ウソぉぉっ♡ こ、こんな、こんなのぉぉッ♡ おああぁぁぁッ♡」
 ギューッと下から姉貴が俺にしがみ付き、そしてその膣肉までもが俺のモノをきつく締め付ける。
「うぐ……で、出る……出るッ……!」
 俺は情けない声を上げながら、抽送のピッチをさらに上げる。
「いいよ……♡ 出して……♡ 出しちゃって、ケン坊っ……♡」
 姉貴のせわしない呼吸が俺の耳たぶをくすぐるのを、なぜか鮮明に感じる。
「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ、はあッ……う、ううッ……!」
「あッ……♡」
 ぶびゅっ! ――と姉貴の膣内で俺のペニスがザーメンを迸らせる。
「あッ……♡ あああッ……♡ あッ……♡ あああぁぁぁ……ッ♡」
 どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ……! と自分でも信じられないくらい何度も俺は射精し、そのたびに姉貴が甘い悲鳴のような声を上げる。
「うッ……うううッ……うううぅぅぅッ……」
 俺は、まるで絞り出すみたいに、姉貴の中に最後の一滴までザーメンを注ぎ込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「はぁッ……♡ はぁッ……♡ はぁッ……♡ はぁッ……♡ はぁッ……♡ はぁッ……♡」
 姉貴のどこか満足そうな息の音が、すぐ近くで響いている。
 俺はどういうわけか凄まじいまでの恥ずかしさに襲われ、姉貴が頭を乗せている枕の端に顔を押し付けたまま動けずにいた……


「――ケン坊はさ、経験済みだったんだよね」
「うん……」
 ちゃんとお互い寝巻を身に付け、並んで横たわりながら、俺と姉貴は囁くような声で言葉を交わす。
「それって、風俗の人だけ?」
「いや……そういうわけでもないけど……」
「生意気~」
 姉貴が、すぐ横で頬を膨らませたような気配がする。
「じゃあさ、じゃあさ、えっと――アタシみたいな、未経験の女とセックスしたことは?」
「それは無かったよ」
「ふふーん、じゃあ、お姉ちゃんはケン坊が初めて相手した処女だったわけだぁ~♡」
 嬉しそうに――本当に嬉しそうに、姉貴が言う。
「ケン坊の処女童貞はアタシがいただいたわけねー。ん、まあ、しょうがないからこれで許してやるかぁ」
 本当に――この世に何の未練も無いとでも言いたげな姉貴の声。
「え……?」
 俺は天井に向けていた目を姉貴の方に向ける。
 そこには――
 そこには、ニンマリと憎らしいくらいに可愛い笑みを浮かべた姉貴の顔があった。
「バーカ、こんなんじゃお姉ちゃん、満足して消えたりしないよ」
 つん、と姉貴が俺の額をつつく。
「い、いや、俺は別に――」
「だってさ、キスをしたらセックスしたくなっちゃうし、セックスしたらケン坊の赤ちゃん産みたくなっちゃうんだよ?」
 お前の心配などお見通しだ、という表情を浮かべたまま、姉貴は言葉を続ける。
「きっともし赤ちゃんが産まれたら、ずっとずっと仲良し家族のままでいたいと思うだろうし、いつまでだってこの世に未練が無くなるわけないじゃん」
「つまり姉貴って――そういう幽霊だっていうわけ?」
「さあね」
 くすっ、と姉貴が笑う。
「そもそもケン坊にアタシが何者かなんてこと分かるわけないのよ。アタシ、ケン坊が生まれる前からこの世界にいたんだかんね」
 ――そういうものなんだろうか。
 いや、そうかもしれない。
 俺が知っているのは、俺の体が触れた姉貴の体の温もりだけ――でも、それだけでいいんだ。
 姉貴が消えてしまうかもしれないなんて不安は無意味なものだ。十六年前は、姉貴が存在するということに何の疑いも抱いていなかったのに、姉貴はこの世から消えてしまった。だから――
「これからもよろしくね、ケン坊」
「うん……うん……」
 俺は姉貴の顔がグニャグニャに歪んでしまうくらい大量の涙を流しながら、何度も頷く。
 嬉しいんだか、悲しんだか、怖いんだか、切ないんだか、もう自分でも何が何だか分からない。子供の頃によく感じていた正体不明の激情が体中を満たし、熱い涙になって両目から溢れ出ている。
 そんな俺の頭を、十六歳も年下の姉は優しく抱き締め、よしよしと撫でてくれたのだった……


 ちなみに姉貴は、今も俺と一緒にこの安アパートに住んでいる。


あとがき