《Night Walkers 用語集》
異端審問官(Inquisitor)
異端審問のために教皇に任命される査問官。
異端審問とは、十三世紀以降、南ヨーロッパのカトリック教会が異端者の摘発・追及・処罰のために設けた裁判制度で、徹底した密告制度と過酷な拷問を伴う尋問が特色である。歴史上、その目的は裕福な「隠れユダヤ教徒」などを摘発し、その財産を没収することにあったとされる。
本作の世界観においては、その集団内における狂信的な一派が、偶然に「本物の魔女」に遭遇したことがきっかけとなり、「戦士としての異端審問官」が誕生することとなる。彼らは、その潤沢な資金と揺るぎない信仰心をもって、魔女と正面から対決することになる。その後、このような異端審問官たちは、攻撃対象を、魔女のみならずその他の「キリスト教と相容れぬもの」へと広げていった。
近代以降、表向き異端審問の制度は廃止されるが、「魔女との対決機関」としての異端審問官は連綿と生き続けている。なお、その闘争の過程で、異端審問官自身も少なからず神秘的・魔術的色彩を強めていった。(要するに、警視庁捜査四課の刑事が限りなく暴力団構成員に近付いて行くことと同様のことが起こったのであろう。)
現在、異端審問官はヴァチカンの教皇庁直属の戦闘員として、世界各国に派遣され、神と人類の敵を相手に死闘を繰り広げている。その戦闘方法は近代化され、一般にまだ出回っていない技術などを使用している場合もある。
ヴァンパイア/ヴァンピール(vampire/vampir)
広義には、「怪物としてよみがえった死者」であり、人ならぬ闇の存在として、「人狼」や「魔女」とも部分的に同一視された存在の総称。近代的・西欧的な意味においては、「吸血行為によって人間を同族とする不死身の怪人。即ち“吸血鬼”」となる。「ヴァンパイア(vampire)」は西欧における呼び名であり、スラブ語「ヴァンピール(vampir)」からの借用語である。スラブ語圏を含む東欧においては、この存在はより土俗的であり、映画で描かれるところのドラキュラ伯爵に代表されるような颯爽としたイメージとは程遠い。東欧における“吸血鬼”は概ね醜く、人間の姿を保っていない場合もあり、血を吸わないことさえある。共通するのは、「怪物となってよみがえった死者」であるという点のみである。
本作におけるヴァンピール(この種族はスラブ語圏を中心に活動しているため自らをそう呼ぶことが多い)は、前述の定義による「怪物となってよみがえった死者」の中でも、不老不死化において最も成功したグループを指す。その特徴として、「体組織の老化・腐敗の停止」「超生物的な再生能力」「人間の精神に対する催眠効果」がある。その特殊性の源となるのは、ヴァンピールという存在そのものの超次元性である。ヴァンピールは、この時空間における存在の“位置”を特殊化し、物理的な時間の影響を微細にコントロールできる存在であると言われている。ただし、ヴァンピールという存在の全てを究明した者は、当のヴァンピールの中にも存在しない。
ヴァンピールの超次元性は、その心臓の拍動と血液の循環(=「血流」)が発生させる特殊な次元波動に起因する。よって、心臓を破壊された場合、ヴァンピールはそれまで無視できていた時間エネルギーの影響(関係者にはこれは“時間エネルギーの負債”と言われる)を急激に受け、分解する。なお、その際、余剰エネルギーが通常空間に干渉して発生する「熱の無い炎」と呼ばれる発光現象が観測される場合が多い。
ヴァンピールは、対象の人間と血流を同調させることによって、他者をヴァンピールとしたり、逆にヴァンピールであることによる“時間エネルギーの負債”を他者に移したりすることが可能である。これが、ヴァンピールの「吸血」である。前者の吸血は、ヴァンピールの増殖をもたらし、後者の吸血は対象となった人間の死に繋がる。
吸血の効果は、人間以外の生物や、体外に摘出された血液に対しては生じない。(ヴァンピールが盃で血液を飲んでいるのを目撃したとしたら、それは純粋な趣味によるものである。)なお、ヴァンピールの中には、バラ科の植物に対し“時間エネルギーの負債”を移行させる能力を有したものもいる。
ヴァンピールは、その血流を乱されることを嫌い、恐れる。ヴァンピールが大蒜の臭気を忌避するのはそのためである。また、大量の液体の流れ・うねりを知覚することが、心理的効果として血流を乱す場合があるため、川や海、降水などを嫌うヴァンピールも多い。
ヴァンピールはこの次元世界に完全に重なって存在しているわけではないため、地面に影を落とすことが無い場合もある。また、鏡や写真に映らない場合もある。
ヴァンピールは、次元や時間の構造を部分的にコントロールすることが可能なため、それを応用して様々な特殊能力を開発・発揮する場合がある。ヴァンピールは人間からの攻撃を受けることが多いため、戦闘に関係する能力を開発するヴァンピールが大多数である。
ヴリコラカス(vrykolakas)
ギリシアの伝承に登場する怪物の名称。多くの地方では「吸血鬼(=怪物としてよみがえった死者)」のことであるが、「人狼(=肉食獣に変身する人間)」の意でこの言葉が用いられる地方もある。なお、これは南スラヴの「ブコドラク(vukodlak)」という名称も同様である。
本作においては、ヴァンピールであり、かつライカンスロープであるものを、便宜上こう呼ぶ。(ただし、これは設定上のみの存在であり、まだ登場していない。)
もともと人間をライカンスロープとする「λ(ラムダ)因子」は、細胞内構造、特にDNAやRNAなどに対して強い破壊力を有する。よって、λ因子によって恒常的にライカンスロープとなることができるのは、特殊な遺伝形質を有するごく限られた者のみである。ただし、ヴァンピールは、その再生能力によってλ因子の細胞破壊作用に対抗することができる。よって、遺伝形質に関係なくλ因子の恩恵を受けることができるのである。
ヴリコラカスは、人間という種が至ることのできる最強の存在であると言えるかもしれないが、最強が必ずしも最高を意味しないということは言うまでもないことである。とは言え、ヴリコラカスが「心臓を破壊されても死なないヴァンピール」もしくは「脳を破壊されても生きているライカンスロープ」であることは確かである。
カイン(Cain)
主は言われた。旧約聖書『創世記』に登場する人物で、弟のアベルとともに、アダムとエバの息子。農業を営んでいたが、弟のアベルばかりに神が目をかけた為、アベルに嫉妬し殺人を犯す。人類初の殺人者とされる。
「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲みこんだ土よりもなお、呪われる。土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」
カインは主に言った。
「わたしの罪は重すぎて負いきれません。今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会うものはだれであれ、わたしを殺すでしょう。」
主はカインに言われた。
「いや、それゆえカインを殺すものは、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」
主はカインに出会うものがだれも彼を撃つことのないように、カインに印を付けられた。カインは主の前を去り、エデンの東、ノドの地に住んだ。
本作において、カインは「全ての吸血鬼の祖」とされる。(これは、ゴシックパンクTRPG『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の設定を借用したものである。)これが、聖書の内容を借りた単なる伝説なのか、幾許かの真実を含んでいるのかは、ヴァンピール達の間でもよく分かっていない。ただし、吸血鬼の活動領域が、ユダヤ・キリスト教の伝播とほぼ時を同じくして、エルサレム地方からバルカン半島、そして東西ヨーロッパへと広がっていった事は事実である。このことから、吸血鬼という存在がユダヤ・キリスト教と深い関係を有することは疑いがないように思われている。ただし、その関係性の正体についてははっきりと分かっていない。
葛城流柔拳術
日本列島の先住民の格闘術・戦闘術を起源とする格闘技。単独(もしくは少数)対多数の格闘を想定した実戦的な技術大系であり、短時間で相手を戦闘不能にすることを真髄とする。(「一撃」「必殺」にこだわっているわけではなく、あくまで「短時間」「戦闘不能」である。)
古代から現代にかけて、相撲、小具足、柔術、空手などの技術を貪欲に吸収し、独自の方法論によって「葛城流」として組み入れてきた。
特徴は、人差し指と中指を突き出し、鉤状に曲げた手の構え。これは、状況によって拳や貫手、掌底の形に変化する他、相手の衣服を掴んだり、体の部位を抉ったりするのに適した形である。
近世より一子相伝の格闘術とされてきたが、現在の継承者である葛城修三によって葛城家の血統以外の者に伝承されているとのことである。
吸血鬼
英語「vampire」の訳語。
本作においては、ヴァンピール及びモロイを包括した名称。
吸血鬼ハンター(vampire hunter)
その名の通り、吸血鬼を発見・攻撃・殲滅することを目的とする職業者。
本作においては、吸血鬼は人間社会に少なからぬ影響を与えるほどの脅威であると一般に認識されている。その脅威を排除することを目的として成立したのが吸血鬼ハンターである。ただし、「吸血鬼の脅威」の大きさは過大評価されているという意見もあり、吸血鬼に対する攻撃は、実際は人類の吸血鬼に対する本能的・生理的嫌悪感のような、感情的理由によるものであるという見解も存在する。
吸血鬼ハンターの存在は、一般社会においては秘密となっている。これは、社会の無用な混乱を避けるため、及び吸血鬼側が吸血鬼ハンターの動静を探るのを妨げるため、とされている。また、吸血鬼ハンターはその活動中に違法な行為を行うことが多く、その武装なども当然法律で許されたものではないため、存在を秘密にせざるを得ないという事情も間違いなく存在する。
多くの吸血鬼ハンターは数人のグループを作って活動し、情報の収集、吸血鬼との戦闘、現場の隠匿などを全て自らで行う。その資金源は様々であるが、ほとんどの国では、吸血鬼の存在を知る一部の政府要人や財界関係者が、秘密の基金を設立してそれを吸血鬼ハンターの報酬に充てている。(日本においては宮内庁内に吸血鬼その他の超常的な存在に関係する事件の対策機関があるとされているが、詳細については不明である。)
クドゥラク、クルスニク、ダンピールなどは、先天的に吸血鬼ハンターとしての素養を有していることが多い。ここで言う素養とは、具体的には、吸血鬼の催眠効果に対するある程度までの耐性や、吸血鬼を人間と識別することのできる能力のことを指す。
異端審問官は、吸血鬼と対抗することもあるが、それを専門とした吸血鬼ハンターとは言えない。一方、第八機密機関は吸血鬼殲滅のための専門組織であり、多くの吸血鬼ハンターを擁している。
グール(ghoul)
アラビア語で「馬蛭」「吸血の精霊」「悪霊」を現す言葉。「食屍鬼」と訳されることも多い。人間に似た姿をした黒い肌の怪物で、死体や、時には生きた人間を貪り食うとされている。もともとは種族の名称であったが、「人間が、死後、グールとして甦る」という吸血鬼的な怪物としての解釈も現代においては存在する。
本作においては、グールは地下世界に住む、口吻の長い犬のような顔をした人間型種族のことである。その知能は人間と同程度で、性質も取り立てて凶暴と言うわけではない。ただし、人間的な倫理観・道徳観などは持ち合わせておらず、土葬の習慣のある国においては墓地から死体を掘り出して食べてしまうこともある。また、グールと長期間接触した人間が、グールからの何らかの影響力によって、グールとなってしまうこともある。
なお、モロイのことをグールと呼んだり、モロイとグールを同一視する者もいるが、両者は本質的に別の存在である。(そういうわけで、グールはその名称しか本作には登場していない。)
クドゥラク(kudlak)
ユーゴスラビアなどの伝承に登場する先天的な異能者。一種の魔術師。善の勢力を代表するクルスニクと、悪の勢力として年に一度対決するなどの伝説がある。クルスニクが白い羊膜に包まれて生まれてくるのに対し、赤い羊膜に包まれて生まれてくるとされている。もともとは人狼を指す「ヴコドラク」と同一語源であり、ここでも「人狼」「魔女」「吸血鬼」の混同ないし同一視という文化的状況が見受けられる。
本作では「死後、吸血鬼となる素養を有した一族の者」との意味で用いられており、「ストリーガ(striga)」「ヴェドゴニヤ(vjedogonia)」などの名称も、本質的には同じものを差す。血統的に「異界(=異次元)」に近しい存在であり、超自然的な能力を使う素養がある。なお、クドゥラクのうちその能力を利用して吸血鬼と戦うものを特にヴェドゴニヤと呼ぶ場合もある。
クドゥラクの全てがヴァンピールとして復活する訳ではなく、死亡時の状況などが大きく左右してくる。なお、死因がヴァンピールと関係ある場合、ほぼ確実にヴァンピールとなる。通常、ヴァンピールは、吸血した際にその対象をヴァンピールとするかどうか選択できるが、クドゥラクはヴァンピールの意思と関係なく新たなヴァンピールとなってしまうのである。
クルスニク(krsnik)
クドゥラクと同じく、ユーゴスラビアの伝承に登場する先天的な異能者。予言や病気を治すなどの能力を有していると言われる。善の勢力を代表し、年に一度、クドゥラクと対決するといった伝説があり、クルスニクが勝利すると、その土地の安寧や豊作が保証されるのだと言われている。白い羊膜に包まれて生まれ、その羊膜を左の腋の下に付けるか、水に溶かして服用することによって、その特殊能力を発揮するとも言われる。
本作においては、クルスニクはクドゥラクど同様に「異界(=異次元)」に近しい存在であり、その特性によって様々な能力を発揮する。ただし、その特性が吸血鬼の特性と親和力を持たず、むしろ反発するところが、クドゥラクと異なる。クルスニクは、吸血鬼を一般人と見分けることが可能であり、またその暗示の能力や吸血行為に対して耐性を有する。また、死後も吸血鬼などとして復活することはない。
黒小人
北欧神話に登場する妖精「アールヴ(alfr)」のうち、地中に住む「デックアールヴ(dekkalfr)」のこと。なお、地上に住むものは「リョースアールヴ(ljosalfar)」と呼ばれる。「ドヴェルグ(dvergr/英語ではドワーフ(dwarf)」とも同一視される。その外見は醜く、短躯で、長い顎鬚と膝まで届く長い手が特徴である。男しかおらず、子孫は粘土をこねて作るといわれている。鉱物に精通し、鍛冶や細工に長けている。
本作においては、ミアが、自らの銀の腕輪を作ったものとして言及している。その際、ミアは自らの髪を代償として与えたらしい。なお、ミアの言う「黒小人」が、本当にそういう妖精的種族なのか、それとも習俗や外見の似た民族のことなのかは不明である。
第八機密機関
本作オリジナルの組織。
「機密」とはキリスト教の正教会における秘蹟、礼典のことであり、「洗礼機密」「傳膏機密」「聖体機密」「告解機密」「神品機密」「婚配機密」「聖傳機密」の七つを指す。これらは、主教などの司祭達を通して教会によってのみ行われる宗教的儀式である。
そして、第八機密とは「再葬機密」のことであり、その起源はバルカン半島の諸民族の間にある土俗的習慣「洗骨習俗」などに求められる。再葬機密は、死後も腐敗せず、原形を保ち続ける異常な死体を、頭部の切断、胸や腹への杭打ち、焼却などによって「破壊」することであり、吸血鬼としての復活を阻止するために教会によって行われたものである。
この再葬機密を行う司祭達を直接の始祖とし、東欧各国の正教会の連合組織を母体として誕生したのが「第八機密機関」である。第八機密機関は吸血鬼の殲滅を目的とする戦闘組織であり、多くの吸血鬼ハンターを擁している。また、組織に属さない吸血鬼ハンターに資金や情報を提供するなどの活動も行っている。その規模や構成などは外部に対し一切秘密であり、非常に排他的な集団である。
ダンピール(Dhampir)
セルビア、アルバニア、およびジプシーの伝承などに登場する、吸血鬼と人間の間に生まれた子供。父親である吸血鬼を倒す能力を有するといわれている。なお、吸血鬼を倒す業は代々伝授され、それを家業とする一族もあったと言われている。
本作においては、ダンピールは、親である吸血鬼から高い身体能力と知覚能力を継承している。また、クルスニク同様、吸血鬼を一般人と見分ける能力も有している。何よりも重要なのは、ダンピールのほとんどはその生い立ちから吸血鬼全般を激しく憎んでおり、生来の吸血鬼ハンターとして活動するということである。
舞踏会
ゴシックパンクTRPG『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の設定“仮面舞踏会(Masquerade)”を借用したもの。ヨーロッパなどで各界に隠然たる影響力を有するヴァンピール達の秘密組織。ヴァンピールの保護と秘密の維持を目的としている。ただし、『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』におけるそれよりも規模の小さい組織であり、上層階級の一部に自らの代表を送り込んでいるに過ぎない。
魔女
「魔法」を使うことのできる「女性」の意。ただし、ヨーロッパにおけるウィッチ(witch)は、悪魔との契約などによって超自然的な能力を得たもののことで、女性であるとは限らない。とは言え、ウィッチのうち圧倒的多数が女性であることも確かである。これは、ウィッチと呼ばれる存在が、ヨーロッパにおいて否定されてきたある種の呪術的女性原理の歪んだ現れであるためとも考えられる。
本作においては、ヨーロッパにおける土俗的呪術大系と、正統教会が切り捨ててきた原始キリスト教的神秘主義が融合した「魔術」を使用する女性の総称。薬品や催眠暗示による精神・肉体のコントロールを主な活動内容とする。魔女となるには先天的な素養が必要であり、そのような素養は遺伝するとされる。なお、「クドゥラク」「ストリーガ」「ヴェドゴニヤ」など、「死後吸血鬼となるもの」は、魔女と同一視されている。これは、クドゥラクと呼ばれるような一族には、超自然的な能力を使う素養があるからであろう。(そのため、クドゥラクである冬条綺羅などはよくノインテーターに「魔女」と呼ばれる。)
モロイ(moroi)
「夢魔」を意味するスラヴ語「モーラ(mora)」を語源とする言葉で、ルーマニア、チェコの伝承などに登場する吸血鬼の名称。邪霊妖怪の総称でもある。(実は同じ地方の伝承に登場する「ムロニ(murony)」という名称の方が「吸血鬼に殺された者の霊」という意味なのでイメージに近いのだが、語呂が悪いのでこちらを採用した。)
本作においては、ヴァンピールに吸血されて殺され、かつヴァンピールになりきれなかった存在の意。身体の腐敗が進行しているため、非常におぞましい外見となる。理性や知性は失っているが、血液などに対する渇望に衝き動かされ、人間を襲う。再生能力を持たず、催眠暗示などを行うこともできないが、単純な戦闘力だけであれば、実は普通のヴァンピールとそれほど差異があるわけではない。特に、ヴァンピール同様に心臓を破壊されないと活動を停止しない点や、自らが傷つくことを全く恐れない点などが脅威となる。自らを吸血したヴァンピールと精神的な繋がりがあり、その「チャンネル」を利用して、モロイを手足のように使役するヴァンピールも存在する。
ライカンスロープ(lycanthrope)
ギリシア語の「狼(lycos)」と「人間(anthropos)」の合成語であり、「人狼」「狼男」の意。狼に変身する人間という想像上の存在で、世界各地に類似の伝承を認めることができる。もともとは、古代トーテミズム社会における、毛皮や脂を用いて自らを狼などの猛獣と同一視して身体能力を向上させるという呪術が起源であったと考えられる。これが、狩猟から農耕へと社会体系が変化するに従い、怪物として扱われるようになった思われる。
本作におけるライカンスロープは、「λ(ラムダ)因子」と呼ばれる微細な構造物によって、肉食獣のような姿に「変身」する人間のことである。λ因子は、細胞内において、その遺伝情報を書き換えて蛋白質合成などをコントロールするという点ではウィルスに似てはいるが、全く別のものである。λ因子は、盲目的に自己増殖をするわけではなく、「ホスト(不適切な言い方であるが)」とは共生関係にある。さらに、一人のライカンスロープの中に存在する無数のλ因子は、統一した作用をホストに発現させる。つまり、λ因子は群体として振る舞っているのだが、どのように情報を伝達しているかは不明である。さらには、λ因子はホストの「心理的要求」に応える形でその能力を発現させるのだが、そのことから、λ因子が一種の「精神的波動」のようなものを受信しているのだと考えることもできる。
λ因子はホストの生物学的能力を昂進させ、さらにその心理的要求に応じて身体を変化させるという「霊的進化作用」を発生させる。よって、ホストは、外見的には、強力な筋力、持久力、再生能力のほか、変身能力まで得ることになる。ただし、λ因子は、細胞内構造、特にDNAやRNAなどに対して強い破壊力を有する。よって、λ因子によって恒常的にライカンスロープとなることができるのは、特殊な遺伝形質を有するごく限られた者のみである。
なお、λ因子の能力は、男性のホストにしか発現しない。また、λ因子はホストや、ホストに近しい女性の精神的波動を受けて沈静化するという報告もある。
ラミア(lamia)
ギリシア神話に登場する伝説上の妖女。上半身は美しい女性だが下半身は大蛇であり、人の血を啜り、子供を貪り食ったなどと言われている。語源はギリシア語の「貪欲な(lamuros)」もしくは「死霊(lemures)」だと言われている。ただし、そもそもの起源は女の頭を持つヘビの姿の、バビロニア時代のリビアにおける大地母神であったとも言われている。その性質のうち「吸血」に注目され、「女吸血鬼」の代名詞としてこの語が使用されることもある。
本作において、ラミアに相当する吸血鬼は登場していないが、ミアはかつて「ラミア・アクモドンタム(lamia-acmodontum)」と呼ばれていたことになっている。これはラテン語で「鋭い歯を持つラミア(=女吸血鬼)」というほどの意味で、実は異端審問官の一人が勝手にミアのことをそう呼んでいただけという設定である。なお、ミアについては「カインの花嫁」という別の名称もある。
ミアの本当の名前については、未だ謎のままである。