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Diary
クニ子の日記




2014年4月23日(水)
「ベクシンスキーって人の絵を観るたびに、何とも言えない気分になるんだ」
「ああ、ネットでけっこう話題になることがある、怖い絵をかく人ですよね」
「そう。画集とかは高くて手が出ないんで、もっぱらネット上で観賞してるんだけど……観るたびに、怖いとか気持ち悪いと思うと同時に、不思議な気持ちになるんだよね。産まれる前に見た風景を見せられているような、もしくは死んだ後に見ることになる風景を見せられているような」
「ぷっ……ま、また唐突にポエムなことを言いだしましたね」
「自分でも柄にもないこと言ってるのは分かってるよ。まあ、それだけ力のある絵を描く人なんだなあって思う」
「でも、ご主人様、本当に死後の世界とかあると思ってるんですか?」
「あるかないかは分からないから、こうなったらいいなあというのを信じることにしている。とりあえずは、嫌になるまで転生を繰り返してこれまで妄想してきたエロいシチュを片っ端から体験してみたいかなあ」
「とんでもないエターナル・チャンピオンですね」



2014年4月18日(金)
「昨日まで暑いくらいだったのに急に寒くなったな」
「極端ですねえ」
「“寒い”って感覚を忘れかけてたんで、ちょっと不意を討たれた気分だ」
「それはさすがに記憶力に問題アリじゃないですか?」



2014年4月14日(月)
「道で転んだ。しかもかなりみっともない感じに」
「まあ、カッコ良く転ぶって難しいと思いますけど」
「服の膝は破けちゃうし、ちょっと災難だったなあ。まあ、ケガしなかったのは不幸中の幸いかもだけど」
「気を付けてくださいね」



2014年4月12日(土)
ニュースキャスターがパワーポイントについて知ってるとか知らないとかいうことが話題になってるみたいだけど、最初に聞いた時は“サイオニック・エネルギーをゲーム的に表現した数値なんて知らなくて当然だろ”と思ってしまった」
「『D&D』のパワー・ポイントのことですね。分かりにくいなあ……っていうか、ここのところこのコーナーって“ご主人様の勘違い日記”ですよね」



2014年4月6日(日)
「この服し■むらで買ったんだ」
「あ、そーですか」
「しかし、思えば、ユニク□以外で服を買ったの、数年ぶりだなあ」
「たぶんその二つは同一カテゴリーに属すると思いますけどね」



2014年4月5日(土)
「いつもお世話になってる『とら○あな』通販ページに“アニマル特集”って文字があったんで、獣姦モノが特集するほどあるのかよと思いながら開いたら、動物をモチーフにした可愛いグッズのページだったでござる」
「もう何とコメントしてよいやらです」



2014年4月4日(金)
「膝が痛い……」
「とうとうですか」
「人の腹見ながら納得いったって顔でうんうん一人で頷くな! って言うか今さっき普通に“孕みながら”って変換したわ!」
「何を怒ってるんですか」



2014年4月3日(木)
手塚治虫『開かずの引き出し』から自筆の大量エロ絵『田中圭一も真っ青』な中身にファン興味津々だそうですよ」
「俺も興味津々だよ。って言うか、るみ子さんの“さすがに公開自主規制”の言葉に、素で“おい見せろよ”と画面越しの〈威圧〉判定しちゃったよ」
「ご主人様、ケモナーですもんね」
「ああそうだよ。いつかケモナー向け小説書きたいと思ってるよ。それはそれとして、録画してた『キルラキル』最終回を観終わったんで、ネタバレ感想書きます」

『キルラキル Kill la Kill』ネタバレ感想
 『キルラキル』ですが、とにかく面白かった、というのが素直な感想です。
 シーンごとに異なる蟇郡先輩の身長を持ち出すまでもなく、出鱈目で無茶苦茶。整合性より勢い。全体的に訳が分からない。なのに、いや、だからこそ、観てて楽しく、面白い。
 アニメは、言うまでもなく本当のことではありません。虚構であり、嘘の塊です。ドキュメンタリー作品であっても、「絵」が動いてるんですからやっぱりホンモノではないわけです。それを受け容れさせるために、リアリティーではなく、強烈なシンパシーを使った、そんな作品だったと思います。
 愛情の乏しい環境で育ったケンカの強い不良娘が、父の死の真相を知るために、強大な権力を持つ生徒会が支配する巨大学園に転校生としてやってくる。この不良娘は、本当は情に厚く、しかも実に少女らしい一面を内に秘めており、人間ではない相棒と、そして天真爛漫な同級生との交流によって、次第に心を開いていく。そして、圧倒的なカリスマを持つ生徒会長とそれに従う四天王との戦いの果て、不良娘は、その生徒会長が姉であること、さらには自らの母親が絶対的ともいえる悪の存在であることを知る。ラスト、不良娘は、これまで関わってきた全ての人々との絆を胸に母親と対決し、「世界の画一化」の妄執を打ち砕き、そして相棒と別離する……。これを、王道と言わずして何と言うのでしょう。そして、王道であるからこそ、視聴者は――少なくとも私は、キャラクターたちに強く感情移入し、共感しました。
 一方で、王道さえ外さなければいいだろうとでもいうようなハチャメチャっぷり。それが、本作品の面白さを産み出していると思います。
 人語を話す服。これはまあ、前例がなかったわけではありません。感想スレでもよく鮮血がピョン吉っぽいと評判でした。その服が、変形し、すごい露出度の状態になって戦う。しかもその正体は、天体に住む生物に寄生して繁殖を繰り返す宇宙生物に対抗すべく、その宇宙生物から作り出された生体兵器。そんなハチャメチャな設定を強引に押し通す、ストーリー展開とアニメーションの説得力。さらには、過去作品のパロディ要素などもブチ込み、視聴者を納得させる――というか、とにかくよく分からないうちに飲み込ませてしまう。これでコケないのは、精密に計算してバランスを取っているのではなく、全力で走っている自転車の如く、コケるより先に前に進んでいるから。そんなふうに感じたところです。まあ、そう思わせることも含めて計算なのかもしれませんが。
 というのは、よくよく考えてみると、本作はけして勢いだけのお話ではないんですよね。皐月の「服を着た豚」の演説(?)と生命繊維の件とか、満艦飾のコロッケと「わけの分からないもの」の件とか、流子がマコに生い立ちを語るシーンと「偽物の母の愛」で洗脳されるシーン(脱線:コレは他の何よりも羅暁の「吐き気を催す邪悪さ」を表現している本当に秀逸なシーンだと思います)の対比とか、意外と(失礼)丁寧に伏線を張り、そしてそれを回収していると思うんです。
 また、鮮血が、流子とだけではなく、皐月と会話ができたことにより、自らが「人でなく服でない=人であり服である」という存在であると気付いたシーンには、すごく深いテーマが秘められていると思いました。人間とは何か。いろいろ定義はあると思いますが、「人間は人間とコミュニケーションがとれるものである」という考えは、なかなかに興味深いです。イルカやクジラに人権を認めないのも、彼らと真の意味でコミュニケーションをとれていないから、という話をどこかで聞いたことがあります。もちろん、何らかの事情により人とコミュニケーションが取れなくなった人を人間とみなさないのか、という重い反論もあるのですが。いずれにせよ、服である鮮血の消滅に流子が涙したのは、コミュニケーションと、それに基づく共感、シンパシーによるものでしょう。そう考えると、流子が自らを鮮血と同じ生命繊維の化け物だと叫ぶシーンや、裸の太陽丸の甲板で二人きりでやりとりするシーンに、新たな意味が出てくるような気がしました。
 まあ、天然にせよ、計算にせよ、展開の速さによる濃密な面白さを堪能させていただいたのは確かです。毎週、次回を観るのが待ち遠しくなるアニメでした。
 ところで、まだ指摘している人がいないのでここで書いちゃうんですけど、蟇郡先輩の死(実際は気絶)の際のマコの壊れた水道みたいな涙の流し方って、『鉄腕アトム』のアトムが同じように涙を流して泣くシーン(『ゾロモンの宝石』でお茶の水博士が死んだとき)のパロディーかなあと思うんですが、どうなんでしょうね。


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