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Diary
クニ子の日記




2010年12月29日(水)
「最近、胃が弱くなったような気がする……」
「それをきっかけに、腹八分目を心がけてはいかがでしょう?」
「そうすべきだとは思うんだけど……何て言うか、満腹するまで食べないともったいないような気がするんだよ」
「何がもったいないんですか」
「いやー、どうなんだろう。享受できる快楽は全て享受すべし、という俺ルールに反していて、それがもったいないというか……」
「意地汚いだけじゃないですか」
「あ、そう言えば、寝坊して朝飯を食い損ねると、一生のうちの食事回数を損したような気がしてもったいないと思っちゃうなあ」
「……腹八分目にして、早寝早起きすべきですね」
「まあ、この日記を書いてる時間が、すでに午前2時なんだけどね」



2010年12月23日(木)
「何か久しぶりにTRPGした」
「例によって『ソードワールド2.0』ですか」
「そう。ルールブック見たときは“こんなのどうやって倒すんだ”って思ってた魔物を、PCが普通に倒してた。みんな、強くなったなあ……」



2010年12月18日(土)
「今日、購入した後藤羽矢子せんせーの『アソコのプロジェクト』と久住昌之・水沢悦子両せんせーの『花のズボラ飯』が面白い」
「両方とも、可愛いけどちょっと残念な感じのヒロインさんがご主人様のツボなわけですね」
「よく分かってるじゃないか」



2010年12月10日(金)
 僕の大好きなマンガに、主人公が、その超絶的なテクニックによって違法に“先生”と呼ばれ、活躍する作品がある。
 主人公がそのように活躍することは、社会的にとうてい認められることではない。主人公自身も、そのことは重々承知している。しかし、主人公は、自らのポリシーとある種の情熱によって、社会的道義に従おうとはしない。信念を持って、違法に“先生”であり続けている。言葉の正しい意味での確信犯である。もちろん、主人公も人の子であるので、時に、その確信に揺らぎが生じることもある。主人公の行為に眉をひそめる者達も少なくない。しかし、それでも、主人公は、いつも隣にいる未熟だが掛け替えのないパートナーを心の支えとし、内なる声に従って、“先生”として人を救い続ける。作品は、主人公が、違法に“先生”であることを全力で肯定する。このマンガの作者は、少なからず、その主人公に我が身を重ね、そして、主人公を愛していると思う。
 『東京都青少年の健全な育成に関する条例』の、今回問題になっている「刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張する」マンガやアニメを規制しようというそびえ立つクソのような改正案の本質は、上記のような主人公(を描くマンガ)も現実の法によって裁こうというものではないだろうか。俗に、非実在犯罪を取り締まろうとするというアレだ。
 もちろん、改正案が規制しようとしているのは、違法な性行為と(違法とはされていないけどなぜか)近親相姦である。だが、青少年が被害者・加害者となりうる犯罪は、性犯罪だけではない。その資格や免許もないのに、それが必要な職業の真似事をするのも、状況によっては重大な犯罪になりうる。知識も無しにメスを振るうことで人を傷付けることと、強姦によって人を傷付けることには、双方とも不当な暴力であるという点で、本質的な差異はない。そもそも、性的興奮を覚えながら刃物を振るって人を傷付けるのは性犯罪か否か。
 いや、僕が挙げたマンガ、すなわち、『ブラック・ジャック』には、深いテーマがある。マンガの神様・手塚治虫先生の名作である。徒に性欲を喚起することが目的のエロマンガとはまるで違う。違法行為を「不当に賛美又は誇張」しているわけではない。だから、規制対象にはならない。――このような主張も、無意味である。深いテーマがあるなら、無免許医という存在を許すのか。そもそも深いテーマとはどこにあるのか。目に見えるモノなのか。数値化できるモノなのか。それを誰が判断するのか。どれくらいのテーマ性なら、無免許医という犯罪者が大活躍するという作品の反社会性を帳消しにできるのか。そこに恣意や独善はないのか。担当職員が僕みたいな手塚治虫信者だったら不公平にならないか。
 もしかすると、テーマ性というものは計れるのかもしれない。僕の思いもよらないような方法で、都の職員が、様々な事例から「これはアウトでこれはセーフ」という、誰が運用しても間違いようのない事細かな基準を作るのかもしれない。それによって、個々のマンガやアニメの中で犯される罪を、18歳未満の青少年の目に触れるべきものかどうか判定することが可能なのかもしれない。僕はエロマンガ愛好家ではあるが、カエルの小便よりも下衆な某国の都知事と違って柔軟な思考の持ち主たらんと絶えず努力している人間なので、その可能性を否定はしない。
 そして、巷には、「この子にはまだ早い」という本があるのかもしれない、ということも、僕は否定しない。個人差はあれ、青少年には未熟な部分があり、ある種のフィクションが毒になるということも、ありうるのかもしれない。だから、そういう場合は、その子にその本を読ませないという判断もあるだろう。
 でも、そのルール作りや判断って、その青少年の保護者がすべきことではないだろうか。
 都の職員だってただ働きはしない。ダンボーがお金で動くように、税金で動く。そういう、公の人的資産を、各々の家庭で行うべき仕事をさせて消費するのはもったいないと思う。他に色々やらせるべきことがあるはずだ。そもそも、個々の青少年の――子供達の成長の度合いや個性、性格を最も把握しているのは、その保護者であるべきだとも思う。だから、その子がどんな本を読むべきで、どんな本を読むべきでないかを決めるのは、保護者であるべきだ。それでもマンガを勝手に買うんだというなら、小遣いを与えなければいいんだし、おっぱいプルンプルンなアニメを観るんだというなら、テレビをお茶の間にだけ置いて深夜にはプラグの穴に南京錠をかければいい。保護者は、躾のためであれば、子供に嫌われても構わないという信念を持って、家庭の中で様々な規制を行えばいい。それに伴う苦労を社会に押し付けるべきではない。だって、社会にはあんたの子供と縁もゆかりもない人間が多数いるんだから。そして、知恵と勇気をもって保護者の規制をかいくぐり、犯罪者が活躍するようなマンガやアニメを盗み見ることに成功した青少年は――それは、もう大人だから、許してあげるべきだと思う。
 さて、ここで、最も恐ろしいのは、じゃあこの際だから『ブラック・ジャック』も規制しましょうとか言い出す頓珍漢が現れることである。
 だが、安心してほしい。僕が冒頭で例に挙げたマンガは、しっかり「成年コミック」マークが付いていて18歳未満には販売されない、『キャノン先生トばしすぎ』だからである。



2010年12月8日(水)
「バカ都知事とその周辺のバカどもがまたバカ言ってるという記事を読むだけで目を洗いたくなるしその話を聞くだけで耳を濯ぎたくなる」
「東京都青少年健全育成条例関係のアレですね。って言うか、感情先行の発言ですねえ」
「ちょっとここのところ忙しくてこの件については論点をまとめる時間がなくてな。まあ、そんな世知辛い世の中なんだが、『パンティ&ストッキング』の挿入歌の『D City Rock』を聴くと勇気が出る」
「良い歌ですよね〜。PV風のアニメも面白かったですし。……ちょっと、というかだいぶ下品なところもありましたけど」
「それがウリだし。でも、サビのところの歌詞には、不覚にもウルっときちゃったな」
「英語、分かったんですか?」
「あ、いや、ニコニコ動画の和訳コメを読んだんだけどね」



2010年12月7日(火)
「ちょっと前の話だけど、常用漢字に、“淫”って字が追加されたんだってね」
「追加された196文字のうち、真っ先に話題にするのがそれですか」
「まあ、他にも、“艶”とか“尻”とか“股”とか“勃”とか気になる漢字は結構あるけどね。あと、“玩”とか“喉”とか“腺”とか“唾”とか“溺”とか“匂”とか“蜜”とか“弄”とか“羞”とか……」
「どういう基準で選んでるんですか」
「どーいう基準で選んでると思う?」
「うう、セクハラです……」



2010年12月3日(金)
「オレ、下戸なんだけど、ビールに合う、って言われるようなお菓子が好きなんだよね」
「味が濃くて油っこい感じのものが、ってことですか?」
「そういうわけだけど……改めて言われると健康に悪そうだなあ」
「何を今さら」
「しかし、そういうお菓子って、やっぱ水とかお茶とか牛乳とは、あんまり合わない気がするんだよね」
「まあ、そうでしょうねえ。ビールに合うように作ってるんですから」
「最近は、一応、ビールも最初の一杯くらいは不味いと思わずに飲めるようになったんだけど……さすがに何杯もガブガブ飲めるようにはなってないんだよね」
「つまり、ビールに合うお菓子に合うビールでない飲み物が欲しい、と?」
「そんな感じ」
「……ノンアルコールビールとかどうです?」
「何を言って――あ、いや、意外といいかもな。今度、試してみよう」



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