フリーのエロテキストライター巽ヒロヲのページ
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
男は逃げていた。昼間でさえ日の差さぬような暗い路地裏を深夜に、息を荒げ、今にも飛び出してきそうになる心臓に鞭打って。
何故?答えは簡単だ。もし今ここで足を止めたなら待っている物は間違えない「死」だけだ。
男の名前は榊と言った。禿げ上がった頭、少し出てきた腹、何処にでもいるサラリーマンと言った風貌だった。実際、榊自身も商社勤めのサラリーマンだ。
初めに榊がその「死」を感じたのは、二・三日ほど前の事だった。初めは気のせいか、とも思ったが間違えない、その「死」は自分を追ってきていた。そして今日「食事」を終えたその時、「死」と目が合ったのだ。
榊は逃げた。逃げた。逃げた逃げた逃げた・・・・・だが「死」は自分を追いつづけた。何処に逃げても、何処へ逃げても、まるでこれから自分が何処へ逃げるか見透かされているように。
(こっ・・・・ここまで来れば・・・・)
榊はそう思い後ろを振り返った。気配はない、助かったのだ。自分は「死」から逃れられたのだ。自然と口から笑みがこぼれる。そして榊が振り返ったその時だった。
「なっ・・・・・!?」
榊は足を止め目を剥き、呆けたように口をあけた。これから自らが進もうとしている道の先に「死」が立っていたのだ。
180cmほどある身長、黒い皮製のパンツに黒いタンクトップ、そしてその上に黒い皮製のロングコート、ブーツまで黒い皮製・・・まるで存在そのものが闇であるかのような男だった。
そう・・・榊が「死」と認識していたのは人間だったのだ。何故その男を「死」と感じ取ったのか、それは榊自身が一番知っていた。何故ならその男からは匂いがしたからだ、自分と同じ・・・それでいて酷く異質な。
「・・・・榊さんだな?・・・・」
男が錆びた声で話し掛けてきた。路地裏にいるせいか声が酷く響いて聞えた。
榊は黙っていた。だが男はそんな事気にもせずに話を続けた。
「特務局の者だ。悪いが付いて来てもらう・・・・・」
「・・・・・け・・・・・」
「言っとくがあんたに拒否権はない・・・・わかるな?」
「・・・・・・・どけ・・・・・・」
「分ったんならさっさと・・・・」
「どけーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
男の言葉を聞いていた榊が咆えた。そして男の方に向かって突進すると殴りかかってきた。だが男はまるでそれを読んでいたかのように、コートのポケットに手を入れたまま、その一撃を後ろに飛んですんなりと避けた。
ドガッ!!
一瞬大きな音が路地裏に響くと、ついさっきまで男が立っていた地面がえぐれていた。その上には拳を地に突き立てたままの榊がしゃがみ込むような格好でいた。地面をえぐったのは榊だったのだ。そんなこと人間が出来る筈はない。そう榊は人間ではないのだ。
榊は、男の方に顔を向けた。その顔はとても人間と呼べるような物ではなかった。異常なまでに発達した犬歯、顔中に浮き出た毛細血管、異様な光を見せる瞳、まるで物語に出てくる吸血鬼のような姿・・・・いや吸血鬼そのものだ。
「グゥゥゥゥッッッッ・・・・・」
血なまぐさい息をはきながら威嚇してくる異形の者である榊に、男は驚きもしていない様子だった。
「言葉の途中に向かって来るなよ・・・・・」
男は呆れたように呟いた。榊はそんな言葉、気にもしないように体を男の方に向けると、その身体からは、とても想像できないような跳躍を見せた。そして男の前に立ち次々と攻撃を繰り出してゆく、しかしその全てを男はかわして行った。
「グワッ!!」
榊は会心の一撃を放った。最高の速さで最高の力を込めた一撃を、
「ちっ・・・」
男は少し後ずさりをした。そしてちらっとコートの裾を眺めた。そこには少し切れ目がついている。体は反応し避ける事が出来たが、コートまで避けさせる事はできなかったらしい。
「あ~あ・・・・・この服高かったのに・・・・」
少しでも触れたならたちまち大怪我を追いかねない攻撃を、あれほど受けておきながら男は何の感情の変化も表さず、たんたんと喋りつづけた。
榊は恐れた。何故この男は自分に恐怖しない、何故この男はこんなにも冷静なのだ、何故・・・・何故この男がこうも「恐ろしい」のだ。力を手に入れてから感じる初めての恐怖に榊は頭がおかしくなりそうだった。そんな事を思っていた時だ。
すぅっ・・・・・
男がポケットから右手を出すと、榊のほうにその右手を向けた。
「弁償してもらうぞ・・・・」
榊は恐ろしかった。逃げ出したかった。この名も知らぬ男が次に何をするのか、それすら分らないのに、なのに叫びたかった。助けを求めたかった。
「・・・・炎上姫(レッドオデット)・・・・・」
男が小さくそう呟いた。その瞬間だった。
ボッ!!
何かが激しく燃える音がした。そしてそれは現れた・・・・。男の手のすぐ上、そのあたりに、まるで炎で出来た美しい彫刻のようなそれが、それは女性の形をしていた。まるで女神のような姿を。だが確かに炎なのだ。女性が炎をまとっているのではない、炎が女性を模しているのだ。
その時榊には自分が感じていた恐怖の存在がなんなのかはっきりわかった。酷く恐ろしく、そして酷く美しいその炎こそが自分が感じていた恐怖の正体だったのだ。それは悪魔と呼ぶにはあまりにも神々しく、女神と呼ぶにはあまりにも・・・禍禍し過ぎた。
『キャァァァァァァァァァァァ!!!』
その時急にその炎が叫んだ。まるで何かに歓喜するかのように。その瞬間榊の体が激しい炎を上げた。榊はその場にのた打ち回った。体についた火を払おうと必死に、しかしそれは無駄だった。火は収まるどころか益々酷く燃え盛っていく。そして遂に榊は動かなくなった。だがその体をなおも炎は焼きつづけた。
炎の姫君は何時の間にか消えていた。男はポケットに手を入れ戻すと、今はただ炭になった榊の傍に近づいた。そしてブーツでその炭をつついた。炭は崩れ落ち灰になって闇が支配する空へ飛んでいった。
「弁償してもらったよ・・・・命でね・・・・」
男は体を後ろに向けると歩き出したが、すぐに足を止めると体を曲げ何かを拾い上げた。それは薬だった。まだパックに入ったままの、どうやら榊の物らしい、激しく動いている最中に落としたのだろう。既に何錠か飲んでいるらしく、切れ目に沿ってちぎった後がある。男はそれをコートの内ポケットに入れると、再び歩き出した。闇の中へ・・・・闇に溶けるように・・・・。
男は歩いていた。長い廊下を一歩一歩・・・・そこは地下だった。表向きはある外資系の企業が買い占めたとされている、あるビルの・・・・23階立てのそのビルの部屋には全てテナントが入っていた。最上階から地下3階にいたるまで全て、しかしその更に下、備え付けられているエレベーターとは違う物でなければいく事の出来ないその廊下を、男は歩いていたのだ。先と何の代わりもない黒い出で立ちのまま。
暫く歩くと巨大な扉の前についた。RPG(ロケットランチャー)でも破壊する事が出来ないであろうと言うほどの扉の前に、男はその扉の端の方にある四角いディスプレイのような物に手を置くと、目の前にある画面にめんどくさそうに呟いた。
「九堂栄二・・・・認識番号0388675・・・・」
男・・・九堂が話し終わらない内にディスプレイから光が発せられた。すると画面に指紋が表示されその横には「OK」の文字が記されていた。その下には英語で声紋、番号と表示され、ともにOKと記されていた。すると、その頑丈な扉が音を立てて開き始めた。
九堂は再び歩き始めた。扉の内側へ、九堂が入ったのを認識すると、扉が自動的に閉じ始めた。九堂は横目でそれを見ながら奥へと進んでいった。廊下には堂々とした文字で「特務局」と記されている。ここはその名の通り都内に何箇所かある秘密国家機関「特務局」の研究施設だ。
特務局とは、何百・・・・いや何千人に一人の確立で生まれる特殊能力者を「保護」する機関である。しかし保護とは名ばかりで、実情は特殊な能力を持つ彼らを看視し、必要によってはその力を使うかなりダーティな物だ。しかしそんな事は、この組織にいる能力者全員が知っている。知っていてここにいるのだ。何故なら得意能力を持つ彼らを世間は認めよう筈がないからだ。彼らはそれを身にしみて知っている。
九堂はある部屋の前で足を止めた。そこには「第三研究室」と書かれたプレートが下がっていた。九堂は自動ドアの開閉ボタンを押すと、中に入った。部屋は酷い有様だった。そこら中に資料や研究材料が転がっている。
「弓塚・・・・いるか?」
九堂は顔をしかめながら言葉をかけると奥にあるソファーから一人の男が起き上がった。
「んぁ・・・・・んっ・・・?・・・・あっ・・・?・・・」
男は半ば寝ぼけたように声を上げた。年齢は九堂と同じくらい、寝癖頭に白衣をまとったその男は胸のパスに「弓塚春臣」と書かれていた。ある世界においてこの名前を知らない人間はいない。六歳の頃中学適性検査で満点。その後中学教育を六週間で終え高校へ、そして高校を十三週で卒業、大学に入った後は十三歳になるまでに五つの博士号を取った所謂天才と言うやつだった。
「おっ・・・おーおー九堂ちゃん如何したの?」
弓塚は目を擦りながら九堂に話し掛けた。九堂は呆れながらも内ポケットからある物を取り出すとそれを弓塚に投げた。
弓塚は大げさに受け取ると、それを見つめた。
「薬?」
「ああ・・・・」
それは榊の落とした薬だった。
「悪いけど調べといてくれるか?」
「何これ?ビタミン剤?」
「分らないから頼みに来たんだろ」
それだけ言うと九堂は部屋を出て行った。その姿を見ながら。出て行った後の誰もいない扉を見つめ弓塚は呟いた。
「・・・・オーライ・・・・」
そこには音楽が鳴り響いていた。九堂にとっては酷く耳障りな、
(・・・・失敗だったか・・・・)
九堂はあるクラブにいた。あの後・・・弓塚に薬を渡した後、九堂は行きつけのバーに行った。そこはりゅうらにも話した事のないバーだ。無機質な感じの店内にありとあらゆる酒がおいてあり、店内にはいつも古いブルースハープの音が鳴っている。九堂はそこでマスターの作ったハギスを食べながら酒を飲むのが好きだった。
しかし今日店に行ってみると「臨時休業」の看板がかかっていた。仕方がないのですぐ近くにあった若者向けのクラブに入ったが、どうもこの感じは好きになれなかった。酷く淫猥で陰雑なこの感じが。しかし来てしまった以上文句を言っても仕方がない、九堂は黙って酒を飲み思い出していた。この事件の始まりを・・・・・。
「きゅうけつき?」
「そう吸血鬼・・・・」
素っ頓狂な声を上げ聞き返してくる秋月りゅうらに香我美が答える。
香我美慶介、あのケルベロス事件において新島が特務局を脱走した後、かわりに九堂とりゅうらの上司になった男である。なんでも元KGB極東支部のエージェントだったらしい。耳の下あたりまである髪をオールバックにし、いつもベルサーチのスーツを身に付け、グレのカボティーヌと言う香水をつけているのが特徴と言えば特徴だ。
「ここ二・三ヶ月急に増えてきてね・・・・」
香我美はそう言いながら自分のデスクの引出しを空け、中からコイーバのランセロスと言う葉巻を取り出すと、HAVANAのシガーカッターで吸い口を切り、それを咥えダンヒルのRL2542Cと言うライターで火をつけた。皆高級品ばかりだ。
「元は第八機密機関と呼ばれる酷く排他的な機関が担当しているのだけど、如何言うわけかこちらにお呼びがかかったんだ」
香我美は紫煙を燻らすと、話を続けた。
「ほかに日本で大きな奴でも動いているんだろう、こんな小物は僕達に任せたい、って言うのが本音だろうね・・・」
「・・・・・・・」
「でだ・・・この事件は君達二人に任せる、頑張ってくれたまえ」
香我美は特務局に配属になった時持ってきた英国製の皮製の椅子に深く腰をかけると微笑んだ。
尻拭いの尻拭いとりゅうらは怒ったが、九堂はそれをいさめ事件の捜査にあたった。
調べてゆくと、この事件がおかしな物である事に気がついた。資料を読む限り吸血鬼とは、物語に語り継がれる通り、血を吸って仲間を増やしてゆく、そして一度完全な吸血鬼になった者は二度と人に戻る事はなく、永遠とも呼べる時間の中を血の餓えと、日光への恐怖の中生きてゆく、となっているのだが・・・・。
確かに2・3匹そう言うのはいた。しかしその他の吸血鬼全てが首筋にあるべきの牙跡がなく、しかも昼間は普通に会社や学校に通っていたのだ。あの榊も昼間は普通に会社に通っていた。
吸血鬼の中には日光すら恐れぬ者もいるとは書いてあったが、それはあくまで一部の者であり、こんなに多数いるはずもない。
(くそっ・・・・!)
九堂はいらついていた。あれから二週間たって掴んだ手がかりがあの薬ひとつだ。しかも、それも確かな物ではない。九堂は持っていたスコッチを一気に胃へ流し込んだ。そのときだった。
「きゃあぁぁぁーーーー」
九堂が座っている所とは反対側のほうから女の悲鳴が上がった。よくみると二人の男が喧嘩をしている。回りでは野次馬が二人を取り囲み、野次を飛ばしている。
初めは殴り合いだったが、だんだんと一方的なものになり始めた時、店の奥から黒服が現れた。
「お客さん困りますね・・・・」
いかつい顔をした黒服が凄みの聞いた声で殴っているほうに話し掛ける、しかしその男は気にも止めずひたすら倒れている男に暴力を繰り返す。
「止めろって言ってるだろ!!」
黒服が男の襟を掴んだそのときだった。
ボキッ・・・・・
乾いた音がした。それは黒服の腕が折れた音だった。丸太ほどもある黒服の腕を、男があっさりと、片手で折ったのだ。
黒服は叫び声を上げると、その場にへたり込んだ。だが男はその折れた腕を放さなかった。よほど強い力で握っているのだろう、掴んでいる手首がありえない方向に折れ曲がっていた。
「邪魔すんじゃねーよ・・・」
男は口元に笑いを浮かべながらそう呟くと、へたり込んだままの黒服の首筋に噛み付いた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ・・・・・・」
黒服は涙と涎を垂れ流しながら叫んだ。それを見た客が一斉に出口に向かって駆け出してゆく、いや客だけではない、その様子を後ろから眺めていた他の黒服たちもだ。だが九堂はその人達を押し分け、その男に向かって走り出した。そしてコートを翻しながら高く跳躍すると、黒服の首から流れる血を飲みつづける男に飛び蹴りを放った。予期せぬ一撃を喰らって男は壁の所まで吹っ飛んでいった。
九堂は黒服の首筋に手を当てた。既に息耐えている。
「なんだぁ・・・・てめぇも邪魔すんのカぁ・・・・・」
男がへらへら笑いながら九堂に話し掛けた。男の顔は口から犬歯が飛び出し、毛細血管が浮き出ていた。
(こいつ・・・・・)
間違えない男は吸血鬼だった。九堂はそれが分ると男を睨み付けた。
「じゃますんだったら~・・・・・・」
男は両腕をだらしなくたらしている。脚はふらふらとし、おぼつかないような感じだ。
「ぶち殺す!!!!!!!!!」
だが急にそう叫ぶと先ほどとは比べ物にならないようなスピードで、九堂に突進してきた。
その時九堂の瞳が赤くなったような感じがした。九堂は力を使う時に極度の集中をするため目の毛細血管が膨張する、そのために起こる現象だ。
「炎上姫っ!!!」
九堂が叫んだ。すると虚空からあの姫君が現れた。そして姫君は己の体の前に紅蓮に輝く紅球を造るとそれを男に飛ばした。紅球は男の体に命中した。自分でも抑えられないスピードで動いたせいで、避ける事が出来なかったのだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁあ!!!!」
男は叫び声を上げその場に倒れこんだ。そして体の内部からも火を出すと崩れ落ちていった。
九堂は男が死んだのを確かめると、男の座っていた席を見た。そこには、
「・・・・・くそっ・・・・・・」
薬が・・・・あの薬が置いてあった。九堂はそれを持ち上げると掌の上で、その薬に意識を集中した。薬は音もなく燃えていった。
九堂がクラブから出ると。遠くからサイレンの音がする。どうやら誰かが警察を呼んだらしい。
「言い訳するのも面倒だな・・・・」
特務局で働いている九堂ならば、たとえ今捕まってもあっさりと出てこられるだろう。しかし、そのためにいちいち言い訳するのも面倒だと思い、路地裏に足を踏み入れようとしたそのときだった。
「・・・んっ・・・・・?」
九堂は何かを見ると足を止めその方向に走り出した。
(あいつは・・・・・)
「いっや~やばかったね~」
男が頭を掻きながらとぼけたように、横にいるもう1人の男に話した。目に掛かるほど伸ばした前髪に、ジーパンにパーカーと言うラフな格好だ。一方隣にいる男は、百八十ほどある身長に黒のトレンチコートをはおり。鎖骨のあたりまで伸ばした髪を後ろでまとめている。珍しい髪の色をしており頭皮に近くなればなるほど白くなっていっている。
「ほんと飄次郎ちゃんについて来て貰って良かったよ、オレ一人じゃやばかったって・・・・聞いている?」
男が飄次郎と呼んだ男の顔を覗き込んだ。飄次郎は男の声など無視するかのように見つめていた。ただ一点をじっと・・・・男がその方向に顔を向けるとそこには、九堂が立っていた。荒い息を静めながら二人をにらみ付けるように。
「・・・・お前この前俺が榊を殺った時も近くにいたよな」
九堂が言った。明らかに敵意をこめた声で。
あの後、榊を葬ったあと路地裏から出ると九堂は人の気配を感じ回りを見渡した。だが特に気になるような人物はいなかったのだが、今日二人が立ち去る姿を見て、その男の後ろ姿を思い出したのだ。あの時あの現場から離れていく男の後ろ姿を。
「にゃっ・・・・にゃんのことかにゃ?」
「とぼけるな!」
ふざけたように言う男に九堂が咆えた。
「こんなだ広い街だ。同じ人間をたまたま二度も見かけるなんてそうあるものじゃない・・・しかも『あんな』事があった後に二度もな・・・・」
男が頬を掻きながら言葉を探っていた時だった。飄次郎が一歩前に足を踏み出した。
「ちょ・・・・飄次郎ちゃん!?」
「どいていろ緑郎・・・・」
驚いたように話し掛ける男・・・緑郎に飄次郎が緑郎の体をさえぎるようにしていった。
「話しても無駄だ・・・・こいつからは敵意しか『匂って』こない」
そう言うと飄次郎は足を踏み出した。それにあわせ九堂も前に進む、
「ちょちょちょ・・・・二人とも・・・」
緑郎はうろたえるように話し掛けた。だが二人の耳にはすでにその声は入っていなかった。
「名前くらい聞いておこうか・・・・俺は犬月・・・・犬月飄次郎・・・・」
「・・・・・九堂だ・・・・・」
その瞬間だった。
ドガッ!!!!
二人はともに後方に飛び下がった。繰り出した拳が相殺しあい、衝撃が二人ともに伝わったのだ。だが犬月はすぐ体制を整えると、九堂に向かっていった。そしてまだ体勢が取れていない九堂に右ストレートを放った。だが九堂はそれを間一髪右に避けると、犬月の空いている左わき腹へフックを入れた。
「ぐはっ・・・・!」
犬月は痛みでよろけた。九堂はそこを狙って、ミドルキックを入れようとした。しかし犬月はその脚を、腕とわき腹で挟むと力いっぱい九堂の体を壁に叩きつけた。
「かっ・・・は・・」
九堂の口から少量の血が出た。
(くそっ・・・・息が出来・・・・・)
九堂は衝撃で息が出来ないため蹲りながら激しくむせた。犬月は蹲ったままの九堂の襟を掴み正面を向かせ、顔を殴ろうとした。しかし九堂は犬月のほうを向くと、犬月の耳の裏を反動をつけ殴った。犬月はよろめいた。人は耳の裏を叩かれると三半規管が狂うのだ。九堂はその隙に立ち上がった。しかし顔は青紫色になっている。チアノーゼを起こしたらしい。
「おおおおおおおおっっっっっっ!!!」
九堂は無理矢理息を吸い込むと、叫んだ。すると瞳が一瞬赤くなった。回りから焦げ臭い匂いが立ち込める、その時だった。
キイイイイイィィィ・・・・!!
タイヤが地面擦れる嫌な音がした。九堂が見ると、そこには73年型フォード・マスタング・コンバーティブルが止まっていた。
「飄次郎ちゃんのって!!!
緑郎が声を張り上げた。二人が戦い始めた後、緑郎はすぐ車を取りに走ったのだ。
「しまっ・・・・・・」
車に気を取られ犬月を見逃していた事に気付いた九堂が、犬月のほうを向くと、犬月はすでにその場所にいなかった。犬月は、くらつく頭を抑えながらフォードの後部座席に身を投げ出した。その瞬間緑郎はギアを入れアクセルを力いっぱい踏み込んだ。「ギュルルルルル」と言うタイヤが空回りした音が響いた後二人を乗せたフォードは凄まじい勢いで走り出した。
「くっ・・・!」
九堂が壁に手をつき大きな道路に出た頃には、車は既に消えてしまった後だった。
「くそ・・・・・・」
九堂は壁にもたれかかるように倒れた。
「ちょっと大丈夫、飄次郎ちゃん?」
緑郎が心配そうに後部座席をのぞいた。犬月は外傷こそ殆どないが、暫くは立てそうになかった。
「・・・・・・大丈夫だ・・・それよりあいつ・・・」
「あっ?・・・ああ九堂って人の事ね・・・・」
「知っているのか?」
緑郎の言葉に犬月が起き上がろうとした。しかし立てないのを悟るとまた横になった。
「多分あの人『九堂栄二』って人だと思うよ。特務局に勤めている人でね・・・・・」
「特務局?」
聞きなれない言葉に犬月が聞き返した。
「ああ特務局ってのは君とか綺羅ちゃんとか・・・あと葛城修三さんみたいな世界ビックリ人間大賞な人達を集めて働かせている所」
(葛城修三は普通の人間じゃ・・・・・)
犬月はそう思ったがあえて言うのはよした。
「で、九堂って人はそこに勤めている、裏社会じゃかなりの有名人だよ」
「そうなのか?」
「ああ・・・・・なんでも凄まじい発火能力の使い手で、彼に目をつけられた奴はみんな消炭になっちゃうってね」
少し大げさに言った緑郎に犬月は何の疑問も抱かなかった。後一分・・・いや一秒遅ければ、自分がそうなっていたかも知れない事を犬月は本能で知っていたからだ。
「まぁ何はともあれ無事でいかったいかった!」
緑郎は明るくそう言うと、フォードを事務所へ向け法定速度ぶっちぎりで走らせつづけた。
男は座っていた。体育館ほどはあろうかと言う前面ガラス張りの広い部屋に、たった一人で、奇妙な事に硝子は全て紫外線遮断措置を施してある。
男は上半身には何もまとっておらず、鍛えぬかれた美しい体を何の惜しげも無くさらしていた。そして美しい金髪を後ろへ靡かせながら音楽を聴いていた。
個人の物としては余りに大きすぎるアンプからその音楽は流れていた。エレキギターをかき鳴らした時に出る独特の音が旋律を奏でる、男が聞いていたのはヘヴィメタルだった。大音量で流れるアルペジオに耳を傾けながら男は目をつぶり何かを考えるように床に座っていた。
コンコンコン
「失礼します・・・・」
律儀にドアを三度ノックした後に、男が部屋に入ってきた。胸の社員証には「藤野」と書かれていた。
藤野は、きっちりとしたスーツに身を包み、手には書類を持っていた。
「・・・・如何した・・・・・」
男が藤野に話し掛けた。藤野は書類を開くとそれを読み始めた。
「特務局の人間が動き始めた模様です。それと素性の知れぬ二人の人間も何か探りを入れている模様ですが、・・・・・如何いたしましょう?」
「そうだな・・・・・・」
藤野の言葉を聞くと男は暫く考え込んだ。
「処分しておけ・・・・」
男は小さくそう言った。それを聞いた藤野は「はい」と短く言うと部屋から出て行こうとした。その時。
「おい・・・・・」
ヒュッ・・・・・・
男は藤野を呼び止めた。
「俺が音楽を聞いてる時は入ってくるな・・・・・」
だがその言葉を藤野は聞く事は出来なかった。藤野は既にいき絶えていた。眉間に男が放ったバタフライナイフを受けて。
大理石の床にはただ血が広がっていった・・・・。
翌日九堂は愛車のドゥカティ996SPSで、ある場所へ向かった。昨夜気を失い目を覚ました後すぐ携帯で連絡をいれた場所へ、国道を暫く走らせると九堂はドゥカティをある建物の前で止めた。そこは今はもう誰も住んでいないアパートだった。
エレベターが使えないため九堂は階段で屋上へ行くと、そこに立っているプレハブ小屋にはいっていった。
「見譜いるか・・・・」
うずたかく詰まれた漫画や今見つかったらやばい雑誌の数々を越えていくとその男はいた。壁一面のラックに入った盗聴器や三台並んでいるパソコンの前に、大仏のように座った男が。
身長自体は九堂や犬月と同じだろうが、明らかに横に行き過ぎている。男の名前は「見譜」一流の情報屋だが人間的に終っている男だ。
「ここにいるよ・・・・・」
見譜はドーナツを頬張りながら答えた。
「で・・・頼んどいた情報は?」
九堂は何とかそこまでたどり着くと見譜に問い掛けた。それを聞いた見譜は眼鏡を右手でクイッと上げた。
「おいおい・・・・それが人に物を頼む態度かい・・・・?」
「あっ・・・・?」
「人に何かを聞きたい時は、お教え下さいお願いします。だろ?・・・ったくこれだから・・・・」
九堂は眉間にしわを寄せると立ち上がった。そして神棚の上に飾ってあるフィギュアをケースごと掴んだ。
「燃やすぞ・・・・・!」
「ぎゃあ亜亞阿蛙唖吾ぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」
九堂の言葉に見譜は信じられないくらい機敏な動きで立ち上がった。そして九堂の腕を掴むと叫びつづけた。
「やめてやめてやめて、それは『万能無敵 ミルク・エンジェル』映画版『夢を届けて』で最後の十分だけ登場した特殊コスチュームを装着したミルク・エンジェルちゃんの六分の一フィギュアなの!しかもそれは限定100体しか生産されなかった。激レア商品なの!!!!」
九堂は一瞬時が止まった。しかしすぐ正気を取り戻すと、威圧的にいった。
「じゃあさっさと言えよ・・・このオタ!オタ!」
「わかったわかった分りました。だから手を離して!!!」
九堂はケースから手を離した。見譜はまるで恋人の命が助かったように溜息をつくと。元の場所に座り直し小さく呟いた。
「自分だってロリッ娘と付き合ってる炉利男のクセに・・・・・」
「やっぱ消炭にしとくか・・・・・」
またケースを掴んだ九堂に見譜がすがりつく
「やめて!御免なさい!ほんと御免なさい!まじ御免なさい!心の底から御免なさい!生まれてきて御免なさい!!!!」
「じゃあさっさと言え・・・」
「わかりました!」
見譜はそう言うとパソコンを操作し始めた。
「まず最近怪しい動きをしている製薬会社っていうのだけど、一つだけあったよ・・・・」
そう言うと見譜はモニターを九堂に向けた。そこにはある製薬会社の情報が記されていた。
「九鬼製薬・・・?」
「そう九鬼製薬・・・・・」
見譜は横に置いてあったバスケットの中からチョコリングを取り出すと、それを頬張った。
「九鬼って今業界最大手になりかけてるあの九鬼か!?」
九堂は驚いたように問い掛けた。九鬼製薬と言えば一昔前こそ名もない製薬会社だったが、今ではCMや広告もバンバン流している業界最大手の会社だ。知らない人間のほうが今は少ないだろう。
「その九鬼製薬の末端の会社がこの前臨床実験をしたらしいんだ。それでバイトを集めたらしいんだけど、帰ってこなかった人が何人もいるらしい・・・・」
「・・・・・・・」
「その実験が行われたのが八月らしんだけどね・・・・データをハッキングしたらそんな記録何処にもなかったんだ・・・」
九堂は黙り込んだ。
「んで、もっと不思議なのがそんなニュース何処も流してないってことなんだよね・・・・普通こう言うネタってマスコミは真っ先に嗅ぎ付けるもんでしょ・・・・・?」
見譜はそう言いながらもう一台のパソコンを操作した。
「さてさて一方この所起きています連続吸血事件ですが・・・・・・」
見譜はキーを叩きながら続けた。
「この事件が起こり始めたのは九月・・・・正確に言うと一連の流れの第一被害者は九月二日の午前一時十八分に襲われたらしい」
「・・・・・・・」
「で・・・・こっからが凄いんだけど・・・・臨床実験から無事帰ってきた人の友人ってのと連絡取れたんだけど、その人が言うには・・・・・帰ってきた人、呟くように「血が・・」って言ってたらしいよ。・・・・・」
九堂は窓際に立つとじっと何かを考え始めた。
「薬が八月その一ヵ月後に連続吸血事件・・・・どう思うよ・・・・?」
見譜は九堂に問い掛けた。
「それもこれも皆経営陣が代わってからなんだけどね・・・・」
「経営陣・・・・?」
「うん・・・・今年の一月に・・・・・」
そう言いながら見譜はパソコンの画像をプリントアウトしたらしき写真を九堂に手渡した。
「この会社が業績を上げ始めたのが、その写真の人が社長に就任してからなんだ」
九堂が見た写真には1人の男が写っていた。高級そうなスーツに身を包んだ金髪の美青年が、
「・・・・ミハエル・フィッツジェラルド・・・若干二十四歳の新社長・・・・・・」
九堂は、見譜から調べた結果を記した書類を受け取ると小さく「有難う」と礼を言って部屋を出て行こうとした。だがあることを思い出すと、振り返って見譜に話し掛けた。
「おい犬月って奴と緑郎って奴の事は?何かわかったのか?」
「あっ・・・?ああ・・・あの二人は探偵だよ・・・・」
「探偵?」
又別のドーナツを頬張りながら言う見譜に九堂が聞き返した。
「そう萌木緑郎・・・私立探偵で情報屋で何でも屋って感じの奴、こっちの世界じゃ有名だよ」
「犬月は・・・?」
「犬月飄次郎・・・萌木のボディーガードらしいってことまでは分ったけど、詳しくはまだ・・・一応分かった事はみんなプリントしてその中に入ってるよ」
「そっか・・・・・分った・・・じゃあな」
そう言うと九堂は部屋を出た。
アパートから出ると九堂はバイクの所に向かった。空は既に暗くなっていた。長居しすぎたかと思い、九堂は少し急いだ。
だが二・三歩進むと急に立ち止まった。
「誰だよ・・・・・」
人の気配を感じたのだ。しかも1人ではない少なくとも4人はいる。
暗がりから現れたのは厳つい連中だった。人数は4人、百八十ある九堂が小さく見える奴らばかりだ。男達はニヤニヤしながら九堂に近づいてきた。
「お前・・・・色々探っているらしいが、悪い事は言わん、この事件から手を引け」
「そうそう坊やは帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
髭面の男の言葉に皆が一斉に笑い出す。
「それとも・・・・・」
スキンドヘッドの男がにやけたまま言葉を続けた。
「俺が可愛がってやろうか!?」
スキンドヘッドはそう言うと九堂に飛びかかろうとした。しかし九堂はそれをスラリとした動きでかわすと、スキンドヘッドの股間に固いバイク用ブーツのつま先をめり込ませた。
スキンドヘッドはもんどりうって倒れた。口からは涎を流している。
「悪いね・・・・処女のまま死ぬのが夢なんだ」
笑いながら九堂が言うと、男達は明らかに敵意を剥き出しにして九堂を取り囲んだ。九堂は二・三度首をコキコキと鳴らすと、髭面の延髄に廻しげりを喰らわせた。髭面は鼻と口から血を出すとその場に倒れこんだ。その時後ろから二人の男が一斉に掛かってきた。九堂は其々の攻撃をかわすと、まず1人の腹にミドルキックを喰らわせた。食らわされた男は胃の内容物を吐きながら腰をくの字に曲げた。九堂はそこを狙って丁度いい位置に来た首筋に肘撃ちを繰り出した。男は勢い良く地面に倒れた。九堂は最後の1人を睨みつけた。
「たっ・・・・・頼む見逃してくれ・・・なっ?頼むよ・・・」
男は震え上がり、がちがちと歯を鳴らしながら壁に寄りかかった。そして必死に「頼む」と繰り返していた。
「誰に頼まれた・・・・言えよ・・・・」
「そ・・・それは・・・・」
九堂の質問に男は小さく言うと、いきなり懐からベレッタ92Fを引き抜き、九堂に向けてトリガーを引き絞った。九ミリ独特の細かい振動が男の腕に伝わる。
(やった!!!)
男は心の中で歓喜した。しかし銃弾は九堂の体に到達する前に。炎に包まれ弾けとんだ。九堂の目が一瞬紅く光る。男は失禁した。その時だった。
パチパチパチ・・・・・・
何処からか手を叩く音が聞える。誰かが今の光景を見て拍手を送っているのだ。
「誰だ!!」
九堂は叫ぶと音のした方向に意識を集中した。すると九堂の回りに、紅蓮の紅球が現れた。紅球は空中に赤い尾を引きながら音のした方角に飛んでいった。
バチッ!!
何かが弾けたような音が響いた。
(あたった?)
九堂は心の中で問い掛けた。確かに何かを燃やした感触はあった。しかしそれはとても妙な物だった。九堂はその方向から気を離さなかった。その時暗闇から女性が現れた。
「ちょっと~危ないじゃないですかー、普通いきなり攻撃します?」
女は少し頬を膨らませて九堂に話し掛けた。
「美しい」その形容詞だけで十分言い表せる女だった。長い黒髪にすらりと伸びた足。それを覆うようにはおったベージュのコート・・・そして白い肌に赤い瞳・・・・人間以外の存在である事を示す赤い瞳
(こいつ!!)
吸血鬼だと判断した九堂は意識の集中をさらに高めた。その瞬間あの美しい姫君が九堂の真上に現れた。
すると女は少し怒ったようになって話はじめた。
「だから話を聞いてくださいって!私は敵じゃありません・・・私は緑郎さんの頼みであなたを迎えに来たんです!」
「緑郎・・・・?」
聞いたことのある名前を出され気が緩んだ時だった。腰を抜かしていた男が急に立ち上がると一目散にその場を離れた。
「しまっ・・・・!」
九堂が男に炎上姫の標準を合わせようとしたときだった。男が曲がった路地のほうから叫び声が聞えた。どうやら逃げた男の物らしい。
「・・・・・・?」
九堂が訝しく思っていると女が微笑みながら話し始めた。
「『一体』放して置いたんです」
「はなす・・・?」
「はい・・・・」
女は懐から数枚の長方形の紙を取り出した。そしてそれを九堂に手渡した。
「これは・・・・?」
その紙には墨で、うにょうにょと、なにか文字らしき物が書かれていた。
「私の可愛い『式神』さん達です!」
女が「どうだ!」と言う風に言った。
式神・・・九堂は前に新島に聞いた事があった。式神とは陰陽道に用いられる特殊な精霊達の事で、術者の精神を媒体に実体化し、その意のままに動く。西洋では「コーリングビースト」と呼ばれているらしい・・・・と言うような事だ。
「さっきも、あなたの炎から守ってくれたんですよ」
そう言う女の立っていた場所を見ると、確かに焼け焦げ灰になった紙が落ちている。
「あんたいったい・・・・・」
戸惑いながら質問する九堂に女はにこりと微笑んだ。
「初めまして、私、冬条綺羅って言います。」
国道を車が走っている。ダッヂ・バイパーRT10だ。中に乗っているのは綺羅だった。その後ろを追うように九堂の運転するドゥカティが独特のLツインのサウンドを響かせ走っている。
綺羅は自分の名前を名乗ると、緑郎からあなたを迎えに行けと言われた。と言う旨を伝え、自分に付いてくるように言った。罠かとも思ったが、騙されてみるのも一興だと思い九堂は素直にその後についていった。
(冬条綺羅・・・・・どこかで・・・・)
九堂はバイパーを見失わないようにしながら、考えていた。
(冬条・・・・・確か局の資料の中にそんな名前が・・・・・・)
九堂は少しづつ思い出した。
「冬条」日本有数の退魔師の一族である。特に今は無き先代、冬条計都とその後を継いだ冬条綺羅の力に関しては、特殊局がそれを欲しがりスカウトに向かったほどだ。まぁ両者とも断られたらしいが・・・・。
九堂がそんな事を考えてきた時、バイパーのウインカーが点滅した。どうやら止まるらしい、九堂はそれに合わせてアクセルを緩めるとバイパーの後ろにドゥカティをつけた。
「ここですよ♪」
バイパーから降りた綺羅が楽しそうに言った。九堂が見るとそのビルには確かに「萌木探偵事務所」と言う看板が掛かっていた。
「付いて来て下さい」と言う綺羅の言葉に従い、九堂はゆっくりと階段を上がっていった。そしてある一室に通された。
九堂が部屋を見渡すと真中あたりに置かれているソファーに二人の人物が座っていた。それは萌木と犬月だった。
萌木は九堂と目が合うと満面の頬笑みを見せた。
「やあ!わざわざ来てくれ有難う!」
萌木は微笑んだままそう言うと九堂を自分の前のソファーに座るようにうながした。
「私にお礼は無いんですか~?」
綺羅が壁にもたれながら萌木に問い掛けた。萌木は心がまるでこもっていない声で「ありがとう」と言うと綺羅を無視して九堂に話掛け始めた。
「昨日は何か誤解があったみたいでね色々あったけど・・・・これからは仲良くやっていこうよ!ねっ?」
「・・・・・・・・・」
萌木の言葉に九堂は何も答えなかった。萌木は「ハハハハハ」と誤魔化し笑いをすると、横に座っている犬月の服を引っ張った。
「ほら・・・・飄次郎ちゃんもなんか言って・・・」
「・・・・・・・・・」
萌木の言葉に犬月は何の反応も示さず、ただ九堂を睨みつけていた。すると九堂が萌木に話し掛けた。
「俺を呼んだ理由は・・・?」
「いや・・・・だから仲良くなろうかな・・・・とか・・・」
九堂の言葉に萌木が答えた。
「言いたい事があるならはっきりいえ・・・別におべっか使ってもらうために此処に来たんじゃない・・・・」
九堂は萌木を睨みつけた。萌木は一度溜息を吐くと、コーヒーをすすった。
「わかったそれじゃ言うけど・・・・如何やらオレ達と君が追っているものは同じらしいから、オレが知っている情報を君にプレゼントしちゃおうかな?何て思っちゃったりしちゃったりして・・・・・・」
「・・・・・お前何を企んでる・・・・?」
何時もの口調で話しつづける萌木に九堂が問い掛けた。萌木は大袈裟に手をふった。
「いやだな~企んでるだなんて・・・・オレはただ君に知って欲しくて・・・・だから・・・・にゃのに・・・・うっ・・・」
萌木は両手で顔を覆うと嗚咽を洩らし始めた。犬月や綺羅は呆れた顔をしている。
「分った・・・聞くよ・・・・」
「そう?うれしいな~、やっぱり君とは分かり合えると思ってたんだよ!」
九堂の言葉を聞くと萌木はすぐ顔を上げ、横においてあった資料を広げ始めた。
「見て分る通りオレは探偵をやっているんだけど、実は二週間ほど前に依頼が来てね・・・」
「依頼・・・・?」
「そう依頼、行方不明になった息子を探して欲しいって奴だったんだけど・・・」
そう言いながら萌木は九堂に写真を渡した。そこには18・9の男性が映っていた。
「名前は田山邦治、某大学の一年生なんだけど今年の八月にバイトに行くって言ってから行方不明になっちゃったらしいんだ・・・・」
「バイト・・・・?」
「そう・・・・一週間ほどの泊りがけになるって言ってたらしいんだけど・・・・それが一ヶ月たっても帰ってこないってんで、オレの所に依頼が来たんだ」
萌木はそこで一度言葉を切ると、もう一口コーヒーを飲んだ。
「初めは若人にありがちな家出かとも思ったんだけどね・・・・まあ一応仕事なんで探してみたら・・・」
「・・・・見つけたのか・・・・?」
九堂の問い掛けに萌木は人差し指で頬を掻いた。
「一応ね・・・・いきなり血をくれって襲いかかって来たんだけど・・・」
「お前が倒したのか?」
九堂の言葉に萌木は一瞬驚いたように九堂を見つめると、「はっ」と思い付いた様に前髪を掻き分けながら言った。
「まっ・・・・まあね!・・・これでも一応探偵事務所の所長なんてかっこいいお仕事してるわけですから、それなりの・・・」
「俺が倒した・・・・」
犬月が呟いた。萌木は残ったコーヒーを全てのみ干すと何事も無かったかのように、話を続けた。
「・・・で彼自身は灰になって消えちゃったわけなんだけど、彼が閉じこもってたて言うか閉じ込められてた部屋の中にこれが・・・」
萌木は田山の写真などが入っていた封筒に手を入れると、中から取り出した物を九堂に見せた。
「・・・薬だよ・・・・・・」
九堂は顔をしかめた、如何やら自分が思っていた事は正しかったようだ。しかし酷く気分が悪い正解だ。
「で、調べてみたらこの薬は如何やらバイト先でもらった物らしいんだ・・・。そのバイト先ってのが・・・」
「九鬼製薬だろ?」
九堂の言葉に萌木が驚いた様に口をあけた。
「あら・・・知っていたの?」
「一応な・・・・でも末端の会社なんだろ?実験を行ったのは・・・・」
「『末端』なんて言ってるけど、本当は本社じゃ出来ないような色物形をするために切り離したような物だから、実質は本社の研究室ってのが正しいかな?」
九堂は全てが繋がっていくよな感じがした・・・・事件・・・・実験・・・・吸血鬼、後もう一歩だ。
萌木はそんな九堂の顔を見るとニヤリと笑みを浮かべた。
「後もう一歩って感じだね・・・・それじゃパズルの最後の1ピースをあげよう・・・・・」
萌木は彼独特の笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「依頼は終ったわけだから良かったんだけど・・・一応オレもプロなわけだから、色々と調べてみたんだ・・・・」
「色々・・・?」
「そ!・・・でね九鬼製薬の社員の中に奇妙な事をしてる人がいてね・・・・その人裏ルートで薬ばら撒いてるんだよね~新型麻薬とか言って、だから此処にいる飄次郎ちゃんと色々お話聞きに行ったら、結構面白いこと話してくれたんだよ・・・・・」
萌木はぐっと体を九堂に近づけた。
「『俺は社長命令でやってるだけだー』ってなことをね・・・・・」
「社長・・・・」
九堂は昼間見譜のところで見た写真を思い出した。九鬼製薬新社長ミハエル・フィッツジェラルドの顔を、
「でその薬なんだけど・・・田山が持っていた薬と形式番号が少し違うけど如何やら同じ物らしいんだ・・・・聞こうと思ったら話してくれた彼、港で体積倍になって見つかっちゃった」
萌木は肩をすくめた。
「如何言う原理か分らないけどあの薬を飲むとラリラリ~ってなって、人の血が飲みたくなっちゃうみたいだね~」
九堂の中で全てが繋がった。真の敵は九鬼製薬の社長ミハエルだ。その時、萌木は広げた書類や薬を全て封筒に入れなおすとそれを九堂に差し出した。
「これがオレの知ってること全部!はい君にあげる♪」
奇妙だ・・・。自分が調べた結果を人に簡単に譲る物だろうか?九堂はそう思いながらも書類を受け取った。
「何が目的かは知らんが、貰っておく・・・・」
九堂はそう言うとソファーから立ち上がりさっさと部屋を出て行こうとした。
「ちょっともう行っちゃうの~?せめてコーヒーくらい飲んでいけば、ランちゃんの入れたコーヒー美味しいよ」
九堂はそんな言葉など聞えないかのように部屋の扉に手をかけた。その時それまで黙ってドアの横の壁にもたれかかり、腕を組んで黙って話を聞いていた綺羅が、九堂にのみ聞える声で囁いた。
「萌木さんの事あんま信用しない方がいいですよ~・・・彼、裏表あるから・・・・」
「分ってるよ・・・・・」
綺羅の忠告に九堂は一言そう言うと事務所を出て行った。後にはただ廊下をブーツが叩く音だけが響いていた。
「いいのか・・・話してしまって・・・・」
犬月が呟いた。相手は萌木だ。犬月は事務所の前の道路からドゥカティを発進させる九堂を窓から見ていた。綺羅は既に出て行って、今事務所にいるのは萌木と犬月・・・そして奥で洗い物をしているランだけだ。
萌木は犬月の言葉を聞きながら二杯目のコーヒーを啜っていた。
「いいのよ~話があそこまででかくなっちゃうとオレじゃさばき切れないからね・・・・ホラ偉い泥棒さんも言ってたでしょ『オレのポケットにゃ大きすぎる』って♪」
犬月はそれを聞くと又黙って窓の外を見つづけた。萌木はそれを横目で見ながら、犬月にすら聞えないような小さな声で囁いた。
「面倒事は面倒な人たちに片付けても貰ったほうがね・・・・・」
萌木は少しだけ微笑んだ・・・・。
ドゥカティは九鬼製薬の本社ビルに向かっていた。昼間見譜から貰った書類によれば、社長は本社の一室に住んでいるらしい。九堂は解けた謎を整理した。つまり九鬼製薬はヴァンパイアになる薬を造りそれをばら撒いていたわけだ。だが理由はさっぱり分らない。
(こうなったら直接社長に・・・・・)
九堂はそう思うとアクセルを握りしめた。その時胸ポケットが振るえた。携帯だ、九堂は路肩にドゥカティを止めると、液晶画面を見た。そこには弓塚からの電話を示す文字が書かれていた。九堂はアンテナを伸ばすと、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あっ・・・九堂ちゃん?頼まれてた物分ったよ」
「頼まれ・・・・薬の事か?」
九堂は携帯を持ち直すと、通話音量を上げた。そして「頼む」と一言いうと弓塚が話し始めた。
「主な成分はリゼルグ酸ジエチルアミド・・・つまりLSDなんだけど、その他に数種類のウィルスが仮眠状態で入ってたんだ・・・」
「ウィルス・・・・?」
「そう・・・・そのウィルスが人体に入ると目を覚ましたウィルスが分裂増殖を繰り返しながら、プラスミドDNAを飲んだ人の細胞内に侵入させて、強制的に細胞の形質転換を促す・・・・ってんだけど言ってる意味わかる?」
「分るかよ・・・・」
「だよね~・・・・つまり簡単に言うと、あれ飲むと一時的にヴァンパイアになってしまうのだよ、けど、あくまで一時的なもので効果は四時間位しかないくせに、飲んだ人は人間に戻っても激しい餓えに襲われる。分った?」
九堂は小さく「ああ」と答えると電話を切った。そして携帯をしまうと、ドゥカティのエンジンをスタートさせた。目的地は九鬼製薬本社ビル・・・・・・。
男は待っていた。自分の退屈を紛らわせてくれる者を・・・男は退屈だった。まだ人間であった時、女を抱いても、薬をキメても、人を殴っても・・・・何をしても、そしてある時、人ではないものと知り合った。
(こいつなら・・・・・)
男はそう思いその者について行った。そして自らも人ではない者・・・・ヴァンパイアになった。しかしそこまでしても退屈は紛れる事は無かった。だが今1人の人間が・・・・自分が捨てた人間と言う生き物が自分の退屈を紛らわせてくれるかもしれないのだ。部下から貰った資料を見ながら男は歓喜した。その人間の名前は「九堂栄二」・・・・・
男は待っている、まるで初恋をした少女のように胸をときめかせながら・・・・男の名前はミハエル・・・ミハエル・フィッツジェラルド・・・・九鬼製薬の社長である。
ミハエルは部屋の中を歩き回っていた。片手にはバリソンのバタフライナイフを持っている、人間であった時から使用している品だ。ミハエルはそのバタフライナイフを器用に振り回しながら九堂を待っていた。部屋には大音量のへヴィメタルが響いている。
社員はおろか警備員も全て帰宅させた。もうそろそろ着いてもいい頃だ。
(まだか・・・・・まだか・・・・・早く来い・・・・・)
ミハエルは口元に笑みを浮かべながら、ひたすら心の中で呟いた。呟けば呟くほどナイフを振り回すスピードが上がっていく。ミハエルの回りにはカチャカチャと言う音が鳴り続けていた。
その内に音楽が終わり部屋の中を静寂が支配した。そしてミハエルがナイフを元の形・・・・ブレードをしまい込んだ形に戻した時だった。
ガチャ・・・・・・
ドアが開く音がした。ミハエルは鳴り続ける鼓動を抑え、音のする方へ顔を向けた。そこに立っていたのは、九堂だった。
黒いコートに身を包んだ九堂が部屋の中央へと向けて歩き出す。一歩踏み出すたびにブーツが大理石を叩くコツンと言う音が部屋に響いていく。
「待っていたよ!」
ミハエルが両手を広げ流暢な日本語で叫んだ。
「お前がミハエルか?」
「そうだよ・・・九堂栄二君・・・・」
自分の事を知っているミハエルに九堂は顔をしかめた。それを見ながらミハエルは嬉しそうに微笑んだ。
「君に事は何でも知っている、身長・体重・血液型・・・付き合っている女性から好きな食べ物までね・・・・・勿論特殊能力も・・・・・」
「・・・・・・・・」
二人の距離が近づいていった。30・・・・20・・・・10・・・・そして5メートルにまで近づいた時、九堂は立ち止まった。
「聞きたい事がある・・・・」
「なんなりと・・・・・」
九堂の言葉にミハエルが答える。九堂を見つめるミハエルの目は恋する少女のようだ。
「何故・・・・・何故、薬をばら撒くなんて事をしたんだ・・・・・・・」
九堂は全ての感情を込めていった。するとミハエルは少し首を傾げてから、思いついたように笑った。
「退屈でさ・・・・・・」
ミハエルの言葉が終らないうちに、九堂が間合いを詰めた。そしてミハエルの顔に向けて右ストレートを放った。だがミハエルは首の動きだけでそれをかわした。九堂は拳を戻しファイティングスタイルをとると、次々と拳を繰り出した。ジャブ、ストレート、フック・・・しかしミハエルは全て避けると、小さく手を振り上げた。そして後ろに飛ぶと、九堂と距離をとった。
九堂はもう一度ファイティングスタイルをとりなおした。そしてふと左手の甲を見ると、そこには傷が出来ていた。目をミハエルの方に戻すと、ミハエルの手には何時の間にか刃を出したナイフが握られていた。そのナイフには九堂のものであろう血がついている、ミハエルはその血を上手そうに舐め取った。
「どうした・・・?出せよ『炎上姫』を・・・・・」
嘲るように言うミハエルを無視すると、九堂は又向かっていった。だが今度はミハエルが攻撃を仕掛けてきた。ナイフ戦独特の頚動脈を狙いつづけるやり方で、九堂はフットワークでそれをかわして行った。そしてミハエルが右上にナイフを構えると、振り下ろしてくる手を左手で受け止めた。
九堂は右手でわき腹に狙いをつけ殴ろうとしたが、ミハエルはパンツの後ろポケットからもう一本バタフライナイフを取り出すと、目にも止まらぬ速さで刃を出し、それを逆手に握りなおすと、九堂の首筋に向け刃を振り上げた。
九堂は体をそらしそれを避けたが、それによって左手が緩みミハエルの右手が開放されてしまった。ミハエルは距離をとると反動をつけ九堂の鳩尾に蹴りを放った。
「かはっ・・・・・・」
九堂が嗚咽を洩らした。そして両手で鳩尾を抑えると、体を曲げ、後ずさった。
「くたばれ!!!!!」
ミハエルは高く跳躍すると、叫んだ。そして右手のナイフを逆手に持ち直すと、九堂めがけ振り下ろした。
「断る!!」
九堂は痛みを抑えながら叫ぶと、体を横に回転させそれを避けた。狙いがずれたミハエルはすぐに体勢を取り直すと、左に移動した九堂の方に体を向け、またナイフで攻撃をはじめた。
九堂は痛みをこらえながら、その攻撃を避け続けた。そして細かな反撃を繰り返すが、殆どは避けられ、当たったとしても効果は得られなかった。
その時ナイフの連打を繰り返していたミハエルが廻し蹴りを放った。九堂は身をかがめそれを避けた。しかしミハエルは蹴りの回転を利用し、身をかがめている九堂の首筋にナイフを突きつけた。
「おい・・・なんで使わない・・・・なんで炎上姫を使わない!!!」
ミハエルはいらついていた。自分が求めていたのはこんな戦いではない。その気持ちが溜まっていったのだ。
「俺には使う価値無いってのか・・・・あ!?・・・いらつくぜ、畜生!FUCK・・・・FUCK!!!」
苛立ちのため使っていた言葉が英語に戻り始めた。九堂はそれを悟るとナイフをもっているミハエルの両手を掴み、額にヘッドバッドを喰らわせた。
「ぐあっ・・・・・」
ゴチッ!と言う鈍い音がした。ミハエルはナイフを落とすと額を抑えよろめいた。九堂は急いで立ち上がると、ミハエルから距離をとり呼吸を整えた。見るとミハエルの額には血がついている。九堂は自分の額をそっと触れてみた。軽い痛みがあり、手には血がついた。どうやら額が割れたらしい。それはミハエルも同じ事だ。しかしヴァンパイアであるミハエルはすでに傷口がふさがっている。
「くそっ・・・・くそっ!・・・・畜生・・・・」
だがミハエルは激しく目を擦っていた。傷はふさがったが流れた血が目に入ったらしい。九堂は走った。一直線にミハエルに向け、そしてミハエルの腹に狙いを定めると、拳を握り連打を繰り返した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
九堂は咆えながら殴りつづけた。肝臓・横隔膜・腎臓・心臓・・・主要臓器に狙いを定めて。
「かはっ・・・・・」
ミハエルは血を吐いた。殴られるたびに嘔吐しそうになる、だが歯をかみ締めると。パンツのポケットに手を入れた。
「なめるなーーーーーー!!!!!!!!」
ポケットから新たに二本のナイフを取り出すと。刃を出し、殴りつづける九堂に斬り付けた。
ザッ・・・!
肉を切り裂く音と共に、九堂がよろめいた。左頬から右のこめかみにかけて傷が出来ている。
ミハエルは口の端から血をたらしながら、荒げた息を整えていた。目もだんだんと回復していっている。そして視力が完全に回復した時あることに気がついた。
「貴様・・・・・」
ミハエルが九堂の顔を見て呟いた。顔に出来た傷を抑えている九堂の瞳は赤色をしていた。つまり炎上姫を発動しているのだ。そしてミハエルは気がついた、自分の周りに数え切れないほどの火種が撒き散らされている事に。
「お前の周りには1000強の火種が張り巡らしてある・・・・・動くなよ、一つでも発火すれば全て発火するよう仕掛けてあるからな・・・・・」
九堂が血を拭いながら言い放った。ミハエルは信じられないと言った表情で九堂を見つめていた。
「貴様・・・・・初めからこれを狙って・・・・。」
「初めから炎上姫を出すのは簡単だ・・・だけどあんたなら火すら避けるかもしれないからな・・・・動かなくなるのを待ってたんだよ・・・・」
ミハエルの問いに九堂が答えた。それはケルベロス事件の後必死の修行で身につけた技だ。
「は・・・・・はっ・・・・ははははははは!最高だ!やっぱり最高だよ、お前!ははははは・・・・」
ミハエルは狂ったように笑い出した。九堂は傷を抑えながら、笑いつづけるミハエルに話し掛けた。
「もう一度聞く・・・・なんであんな事をした・・・・本当に退屈だったからなのか?・・・・」
「あっ・・・・?知るかよ・・・・あいにく俺は下っ端でね・・・俺自身退屈だったてのは本当だけど・・・・」
ミハエルは笑いながら答えた。
「下って・・・・お前の上に誰かいるって事なのか?」
九堂は驚いて問い掛けた。九堂はミハエルこそが事件の真犯人だと半ば妄信的に思っていたからだ。
「そいつは一体・・・・・」
今度は九堂が信じられないと言った表情で呟いた。ミハエルはそれを聞くと、いっそう笑い顔を深めた。
「知りたいか?・・・・そんなに知りたきゃ教えてやるよ・・・そいつはな・・・・」
「そいつは・・・・・」
ボッッッ!!!!
九堂が聞き返し、ミハエルが言おうとしたその瞬間、ミハエルの体が燃え上がった。
「くそっ・・・・・くそぉ!!!やっぱりか、くそぉぉぉ!!!!!」
ミハエルが叫んだ。
「馬鹿な!!!!!!!」
九堂は目を見開いた。ミハエルは一歩も動かなかった。それなのに体には火がついている。自分の火が発火したのか?いやそれはない、もしそうなら自分の中の感覚がそれを告げるはずだ。だがそんな物は一切感じられなかった。
「くそっ!!!」
九堂は叫ぶと、自分の放った火種を全て解除した。そしてコートを脱ぐと、のた打ち回りながら叫びつづけるミハエルに近づき、その火を必死でコートで叩きつづけた。
「くっ・・・・ははは・・・やめろ無駄だ・・・・くははっ・・・」
ミハエルが炎の中から言った。九堂は無駄だと悟ると、叩くのをやめ、ただ黙ってミハエルが燃えて行く様を見つづけた。
「退屈な・・・・人生だったけどな・・・・・・お前との・・戦いは・・・楽しめたよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「お礼だ・・・・・・教えてやるよ・・・・・俺の上にいるのはな・・・・・・ノイン・・・・・テェ・・・タァ・・・・」
その時いっそう激しく炎が燃え盛り、ミハエルは灰となった。
「ノインテーター・・・・・・・・」
九堂は灰を見つめそう呟いた・・・・・・・・。
海から朝日が昇り始める。美しい光景だ。九堂はドゥカティにもたれかかりながら、その光景を見つづけた。
ミハエルが滅んだ後、九堂はドゥカティを港まで走らせたのだ。酷い夜だった・・・・そう思った。ただそう思い続けた。
その時、携帯が震えた。九堂は誰からの着信か確かめず、通話ボタンを押し、耳に当てた。
「もしもし・・・・・?」
「もしもし?栄二?今何処にいるの?」
「・・・りゅうら・・・?」
電話の相手はりゅうらだった。心配そうな声を出している。
「どうした・・・・・・」
「どうしたじゃないよ!帰って来もしないで・・・・心配したんだから・・・」
「そうか・・・・ごめんな・・・・」
泣きそうな声を出しているりゅうらに、九堂は優しい声で謝った。
「別に怒ってるわけじゃないよ・・・それより早く帰ってきなよ・・・・」
「悪い・・・俺今から行かなきゃいけない所があるんだ・・・・」
「行かなきゃ・・・って何処に!?」
「・・・・・・・・化け物退治・・・」
九堂はそう言うと、まだりゅうらが話しつづける携帯を電源ごと切った。そしてそれを胸ポケットにしまうと、ドゥカティに跨った。エンジンをスタートさせハンドルを握ると、独特の振動が体を揺らす。
「・・・・・待ってろよ・・・・ノインテーター・・・・・」
九堂の目が一瞬紅く輝いた。